香港で日本馬2頭に騎乗するジョッキーの双子の弟との物語
天皇賞の行われる今週末、香港では3つのG1が行われる。
日本馬も3頭が遠征しており、クィーンエリザベス2世盃に出走するダンビュライトとチェアマンズスプリントプライズに挑戦するファインニードルに騎乗する騎手がトミー・ベリーだ。
24日、沙田競馬場で行われたバリアトライアル(実戦式ゲート練習)で落馬。心配されたが翌25日には元気な姿をみせ、ファインニードルの追い切りに騎乗した。
今回は彼の双子の弟との物語を紹介しよう。
弟と共にジョッキーとなる
1991年1月21日、オーストラリア生まれの37歳。元騎手の父ケビン・ベリー、母ジュリーの下、2人の姉と双子の弟ネイサンと共に育てられた。
「物心がついた時、父は調教師になっていました。母も馬に乗っていたので自然に騎手を目指すことになりました」
弟のネイサンも同じ道を歩んだ。
父の厩舎で見習い騎手となると、優秀な成績を残し、見習いを卒業してみせた。
「父を含め多くの人のサポートのお陰でいきなり沢山勝たせてもらいました」
助けてくれた人の中には一緒に騎手デビューをした弟・ネイサンもいた。
「レースを終える度にネイサンと復習をしました。それもとても勉強になりました」
弟の助言にも助けられて香港で大活躍
2012年にはゴールデンローズSを優勝し、自身初となるG1勝ちを飾った。
「エポレットという馬で勝ったのですが、その馬の調教師のピーター・スノーデンは幼馴染みでした。幼い頃、彼が調教師となり、僕は騎手となって一緒にG1を勝とうと語り合った仲で、実際に夢がかなって喜び合いました」
翌13年にはシドニー地区のリーディング調教師であるゲイ・ウォーターハウスからも騎乗依頼を受け、G1を勝利した。
「ゲイの馬でG1を勝った時は、レース後にネイサンが出迎えに来て祝福してくれました」
このようにオーストラリアではトップジョッキーの1人となった彼が、父親の厩舎にいたある日のことだ。突然、電話が鳴った。
かけてきたのは香港のジョン・ムーア調教師。いきなりの騎乗依頼だった。
こうして香港での騎乗を決めるとその初日に、ミリタリーアタックでクィーンエリザベス2世盃を勝った。さらに翌14年も香港に呼ばれると、今度はデザインズオンローマで香港ダービーを優勝した。
知らぬ土地でいきなりの大活躍。相当のメンタルの持ち主かと思えば、意外にも「そんなことはない」と本人は言う。
「プレッシャーに対する強さはネイサンの方があったと思います。香港で乗りたがっていた彼にプレッシャーの対処法を聞いたりもしたものです」
弟ネイサンとの物語
14年に香港ダービーを勝った直後に事件は起きた。一本の電話が入り、ネイサンがノース症候群という奇病に侵されて遠征先のシンガポールで倒れたと聞かされた。
「かなり厳しい状態でシドニーに緊急搬送されたと聞き、一命だけは取り留めて欲しいと願いながら慌てて駆け付けました」
そんなトミーの願いはかなえられなかった。4月3日、トミーら家族が見守る中で、ネイサンは呆気なく逝ってしまった。僅か23年の生涯だった。
「人生で最も辛い時期でした。そんな精神状態のまま香港に戻って乗るべきか、そのままシドニーで休んだ方が良いのか悩みました」
悩んだ結果、香港へ戻って乗ることにした。その理由を次のように語る。
「香港はネイサンが乗りたがっていたところです。彼は乗りたくてももう乗れないのに、乗ろうと思えば乗れる自分が休むのは彼に対しても失礼だと考えました」
香港に戻った初日、デザインズオンローマに乗りクィーンエリザベス2世盃を連覇した。さらにその翌月にはネイサンが倒れたシンガポールへ遠征。ダンエクセルに騎乗しシンガポール航空国際Cに挑戦した。
「装鞍所にいた蝶が、本馬場入り後、ゲートまでついてきました。ネイサンの使いのような気がして、心強く感じられました」
結果、トミーはこのレースを優勝した。日本のトウケイヘイローも出走していたので覚えておられる方も多いだろう。
「今日の僕にはネイサンがついてくれていました。彼が見えない力で導いてくれたのだと思います」
レース後にそう語るトミーの目からは涙が止めどなく溢れていた。
その後も彼はヴァンクーバーでゴールデンスリッパー(G1、15年)を優勝。
シャトークワではT・J・スミスS3連覇(G1、15~17年)やマニカトS(G1、15年)、チェアマンズスプリントプライズ(G1、16年)を勝利。タヴァゴでオーストラリアンダービー(G1、16年)、インフルエンスでランドウィックギニーズ(G1、17年)ほか、数々の大レースを優勝し、すっかり一流の騎手となった。
そして、今回の香港では日本馬ダンビュライトとファインニードルの手綱を取る。
「志半ばで逝ったネイサンのためにも世界中のG1を勝ちたい」と語るトミー。今週末、日本馬と共にそのコレクションが増えることを期待したい。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)