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ジム・キャリーがウィル・スミスを激しく批判。「訴訟してやりたい気分」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロックを引っ叩いてまもなく、主演男優賞受賞者として舞台に上がったウィル・スミス(写真:REX/アフロ)

 アメリカで、ウィル・スミスへの強烈な批判が止まらない。スミスがクリス・ロックに平手打ちをした出来事については多くのセレブからさまざまな声が上がっているが、今度はジム・キャリーがテレビのインタビューでスミスとハリウッドを激しくバッシングした。

 現地時間27日のオスカー授賞式で、スミスは、プレゼンターとして舞台に立っていたロックが妻ジェイダ・ピンケット・スミスに向けて言ったジョークに腹を立て、突然舞台に上がっていき、ロックに平手打ちを食らわせた。それからしばらくして、スミスは主演男優賞受賞者として再び舞台に上がり、涙ながらのスピーチを延々と行っている。

 それを見た時の気分について司会者に聞かれると、キャリーは「気分が悪くなった。みんな総立ちで拍手を送ったんだよ。ハリウッドは骨抜きだと思ったね。僕らはもうクールなクラブじゃないんだというのがはっきりわかった」と、目の前で暴力を振るったばかりのスミスに対し、何事もなかったかのように拍手した会場の人々に怒りをあらわにした。

 それを受けて司会者が「別の人だったら、あの場ですぐに会場から追い出されて逮捕されたはずと言う人もいますよね」と言うと、キャリーは「彼に対してもそうするべきだったんだ」ときっぱり。司会者が「でも、クリスは被害届を出したくないと言いました」と言うと、キャリーは「彼は面倒なことにしたくなかったんだよ。僕はここでウィルに2億ドル(の損害賠償)を要求する訴訟を起こすと発表したいくらいだけどね。だって、あの映像は永遠に残るんだよ。あの侮辱は長いこと残る。誰かに気に食わないことを言われたからって、舞台に上がってその人に平手打ちをする権利はないんだ。その『言葉』を言ったから、って」と述べた。

 さらに彼は、「ウィルのことは全然嫌いではない。彼はすごいことをいっぱいやってきた。でもあれはダメだ。あのせいでみんながダメージを受けた。あそこに上り詰めるために、みんなすごく努力をしたんだよ。そうしてあの輝く場所に来られたんだ。オスカーにノミネートされるのは、楽なことじゃない。本当に全身全霊を捧げて頑張らないといけない。それが、(ウィルの)身勝手な行動で台無しにされてしまった」とも語っている。

受賞スピーチで妻の勇気を讃え、ジョークに反撃すればよかった

 スミスのせいでほかの人たちの最高の瞬間が損なわれたというのは、非常によく聞かれる意見だ。それは正論。彼による前代未聞の行動のせいで、今年のオスカーは永遠にそのことで記憶されることになってしまったのである。将来、「2022年のオスカーはどうだったか」と振り返る時、人が「『コーダ あいのうた』が作品賞を取った年」ではなく、「ウィル・スミスがクリス・ロックを殴った年」として思い出すのは間違いない。

 誰よりもダメージを受けたのは、あの出来事の直後に受賞者として舞台に上がったクエストラブだろう。クエストラブが監督した「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」が長編ドキュメンタリー賞を受賞することは、スミスが主演男優賞を受賞することと同じくらい(ついでに言うなら『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞を受賞することとも同じくらい)、確実視されていた。「サマー・オブ・ソウル〜」は、1969年夏のハーレム・カルチュラル・フェスティバルを振り返る、反人種差別のメッセージと黒人文化の祝福に満ちた作品。黒人である授賞式のプロデューサーが、この部門のプレゼンターにロックを選んだのは、偶然ではなかったはずだ。

「サマー・オブ・ソウル〜」で長編ドキュメンタリー賞を受賞したクエストラブ
「サマー・オブ・ソウル〜」で長編ドキュメンタリー賞を受賞したクエストラブ写真:ロイター/アフロ

 しかし、クエストラブの人生で最も特別なその瞬間、会場にいる人たち、そしてテレビを見ている人たちの頭は、「さっき起こったことは何だったのか」ということでいっぱいで、彼の受賞スピーチに集中できなかった。そんな邪魔をしたのは、皮肉にも、黒人のトップスターだったのである。

「L.A. Times」のグレッグ・ブラクストンは、スミスがやったことは人種差別をなくすために闘ってきた人々の努力に水を差すと指摘。「タッカー・カールソン(超保守派のテレビキャスター)が、『ほら見て!黒人に暴力を振るうのは白人じゃないんだよ!黒人による黒人の犯罪だ。あいつらはお互いに暴力を振るうんだ』と喜んでいる姿が目に浮かぶ」と、記事の中で書いた。ロックのジョークが悪趣味と思うかどうかは別として、スミスの行動が行き過ぎていたことは誰もが認めるはずというブラクストンはまた、スミスの主演男優賞受賞はほぼ確実だったのだから、受賞スピーチで妻の勇気を讃え、ジョークに反撃すればよかったのだとも述べている。

カリーム・アブドゥル=ジャバーもスミスを批判

 スミスは黒人の子供や若者のヒーローだっただけに、あの行動がコミュニティに与えた影響はさらに大きかったと残念がるのは、やはり黒人コミュニティのヒーローである伝説のバスケットボール選手カリーム・アブドゥル=ジャバーだ。

 オスカーの翌日、アブドゥル=ジャバーは、自分のウェブサイトSubstackに「Will Smith Did a Bad, Bad Thing(ウィル・スミスはとても悪いことをした)」というタイトルの意見コラムを掲載。その冒頭で、彼は、あの一発の平手打ちでスミスは「暴力を推奨し、女性を虐げ、エンタメ業界を侮辱し、黒人に対するステレオタイプを強化したのだ」と述べた。

 あの振るまいは妻への愛からきたとスミスは言い、それを信じる人もいる。しかし、彼によれば、それは間違い。「もし、ロックがピンケット・スミスに肉体的暴力を振るおうとしたのなら、スミスが間に入って彼女を守るのは良いことだろう。だが、ロックを引っ叩くことで、彼は、彼の妻が言葉に対して自分で対抗できないと世間に言い放ったのだ。私が何年にもわたって見てきた限り、ピンケット・スミスは有能で、タフで、頭が良い女性。アカデミー賞授賞式で出た情けないジョークに、彼女は十分ひとりで対応できたはずだ」。

 アブドゥル=ジャバーは、スミスは妻のためでなく、自分のエゴのためにあのような行動を取ったのだと見る。もし妻のためであれば、「そのような行動がジョークよりもずっとネガティブな影響を自分たち夫婦に及ぼすとわかるはず」。それが「本当の意味で家族を守るということ」だ。

 黒人コミュニティが受けた打撃は大きかったとも、彼は述べる。「黒人の子供たちは、自分のアイドルが、たかだかジョークのために別の人を引っ叩くのを目撃した。そしてそのアイドルは、誰かを守るためだったとその行動を正当化したのだ。その子供じみた振るまいを、その子たちは真似るようになるだろう」という言葉に続き、それを証明するものとして、スミスの息子ジェイデン・スミスの「And That’s How We Do It(これがうちのやり方)」というツイートを彼は挙げる。

 アブドゥル=ジャバーは、28年前、テレビドラマ「Fresh Prince of Bel-Air」に出演した時に初めてスミスに会ったとのこと。スミスの家に行ったこともあり、スミスのことも、彼の映画も好きだと、アブドゥル=ジャバーはいう。だが、この出来事を思い出さずして彼の次の映画を見ることはできないだろうと、今は思っている。そんな彼は、「このミスのせいで彼が懲らしめられるのを見たいわけではない。間違った行動を美化してはいけないと警鐘を鳴らしたいだけだ。そして私はスミスに、自分が他人を傷つけたことを認めてほしい。そうしてこそ、彼は真に他人を守る人間となる」という言葉でコラムを締めくくった。

 これらの言葉を、スミスはどう受け止めるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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