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ウィル・スミス、アカデミー追放の可能性も?クリス・ロックは被害届を出さず

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 アメリカ中が、ウィル・スミスの話題でいっぱいだ。テレビをつけても、新聞の一面を見ても、出てくるのは彼。だが、それは、念願のオスカー主演男優賞を受賞した、誇らしい彼の姿ではない。授賞式のまっただなか、クリス・ロックの顔に平手打ちを食わせるという、信じられないことをした瞬間の様子だ。

 きっかけとなったのは、長編ドキュメンタリー部門のプレゼンターとして舞台に上がったロックが、最前列に座っているスミスの妻ジェイダ・ピンケット・スミスを見て、「G.I.ジェーンの続編が楽しみだよ」というジョークを言ったこと。「G.I.ジェーン」の主人公は丸刈りの女性で、脱毛症に悩むピンケット・スミスも同じようなヘアスタイルにしている。これを聞いた直後、スミスは笑ったのだが、横にいる妻が苦い顔をしていることに気づくと、突然舞台に上がり、ロックに歩み寄って、平手打ちを浴びせたのだ。

 この瞬間、見ている人は、果たしてこれは最初から決まっていた演出なのだろうかと混乱した。そうではないとわかったのは、席に戻ったスミスが、ロックに向かって「俺の妻の名前を出すな」と叫んだ時だ。彼は放送禁止用語を使ったため、テレビ局ABCは音声を遮り、視聴者には彼がなんと言っているのか聞こえなかった。しかし、今はソーシャルメディアの時代。直後には、音声をそのまま流した日本の中継映像がツイッターに飛び交い、拡散されて、多くの人がしっかりと彼の言葉を聞くことになっている。

 スミスはそのまま授賞式に残り、予想されたとおり主演男優賞を受賞して、6分にも及ぶ受賞スピーチをした。そのスピーチで、彼は、アカデミーと候補者仲間には謝罪をしたが、ロックには謝っていない。普通ならば、受賞した後はプレスルームで記者の取材を受けるのだが、それもすっ飛ばしている。平手打ちのことについて聞かれるのを避けたかったのだろう。おかげで、演技部門の受賞者4人が揃うはずの写真からも、スミスは抜けている。

 格式高いオスカー授賞式でこのような言語道断の行動をしたにもかかわらず、アカデミーはスミスを会場から追い出すことをしなかった。公式ツイッターでも「アカデミーはいかなる暴力も許しません」という、ひとことのメッセージを発信しただけだ。そのようなアカデミーの対応については、ソーシャルメディアで多数の批判が出ている。

 CNNが報じるところによれば、アカデミーのリーダーは、暴力事件の直後にスミスを会場から追放することを検討したのだという。だが、主演男優部門の発表が迫っており、リーダーらは離れた席に座っていたため、決断を下す時間がなかったとのことだ。また、主演男優部門の発表の時にスミスがいないとなると、騒ぎをさらに大きくしてしまうという懸念もあったようである。

 そして一夜明けた現地時間28日、アカデミーは、「昨夜の授賞式でのミスター・スミスの行動を、アカデミーは強く非難します」という、スミスを名指しした声明を発表した。声明はさらに「私たちはこの出来事についての公式な調査を始めました。私たちのルール、行動規範、カリフォルニア州法に従い、今後、私たちはさらなる措置を取ることも検討します」とも述べている。

Deadline.comが報道するところによると、「さらなる措置」には、スミスのアカデミー会員資格を一時停止すること、あるいはアカデミーから追放することも含まれる。ただし、昨夜受賞したオスカーの返還を要求されることはおそらくないようだ。幸いなことに、今のところ、スミスが警察に逮捕される心配はない。授賞式会場にいた警察がロックに被害届を出すかと聞いたところ、彼は出さないと答えたからだ。ただし、もしロックが半年以内に考えを変え、起訴に至った場合、スミスは最大で懲役6ヶ月と10万ドルの罰金に直面する可能性がある。

スミス、警察、プロデューサーにも批判が

 スミスの行動、そして警察の対応については、ソーシャルメディアにさまざまな意見が寄せられている。そもそもジョークが悪趣味だったというロックへの批判も見受けられるものの、マーク・ハミルが「コメディアンはヤジを受けることには慣れっこだけど、暴力を受けることには慣れていない」、キャシー・グリフィンが「コメディクラブに出演する時、ウィル・スミスみたいな人が客席にいないかどうか、私たちはこれから心配ね」とツイートしたように、ジョークに腹を立てたとしても暴力はいけないという意見が大半だ。

 ロックが被害届を出さなかったことについては、「被害者にプレッシャーをかけるのでなく、さっさとウィル・スミスを逮捕すべき。目撃者はたくさんいる。テレビでも流れた」「ウィル・スミスとクリス・ロックは別格なのか。普通なら被害届がなくても逮捕されるのに」「金持ちには違うルールがあるんだよ」と、警察への批判が目立つ。ロブ・ライナーは「ウィル・スミスはクリス・ロックに平謝りをするべきだ。あの行動に言い訳はできない。クリスが被害届を出さないと決めてくれたのはラッキー。彼の言い訳はでたらめだ」と、スミスが受賞スピーチの中で家族への愛のためにやったことだと言ったことに怒りを見せた。

 過去に妻が不倫をしているのを許していたスミスが、ジョークごときで自分の特別な夜を台無しにしたことへの疑問や揶揄もある。ある人は「俺の妻と寝ても良いが、丸刈り頭についてのジョークは言うな」、別の人は「今週、ジェイダは誰と寝るんだろうね。絶対ウィルではないよ」とツイートした。

 今年の授賞式のプロデューサーを務めたウィル・パッカーにも批判の声がある。授賞式終了直後、彼は、スミスの出来事を受けて「ほら、退屈にしないと言っただろう?」と、冗談っぽいツイートをしたのだ。それに対しては、「授賞式の最中に起こった暴力についてジョークを言うなんて」「初めてアフリカ系アメリカ人がオスカーをプロデュースしたら、黒人が黒人に対して暴力を振るった年として記憶されるものになった」などというコメントが寄せられた。中には、「『ドライブ・マイ・カー』の濱口の受賞スピーチは2分程度だったのに、途中3回くらい終わらせようとした。でも、生中継中にプレゼンターに暴力を振るった人には延々と話すことを許した」とのコメントも見られる。

 軽率なツイートを反省してか、パッカーは翌朝、「黒人は、辛いことを反抗的なユーモアのセンスで扱おうとする。そういうことがあまりに多いから。それについて詳しく説明する必要は感じないが、今、僕は、多くの意味でとても辛い思いをしていることをはっきりさせておきたかった」と投稿した。

 たしかに、パッカーは今、本当に頭を抱えているのだろう。だが、こんなことは誰も想像できなかった。これはまさに前代未聞のことだ。オスカーの歴史に泥を塗ったこの出来事は、今後どんなふうに展開していくのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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