難民危機から2年 極右政党・団体 激増する嫌悪犯罪 二分する市民社会【イチから分かるドイツ総選挙】
「西洋のイスラム化に反対」
[ドイツ・ドレスデン発]9月4日の月曜日、ドイツ・ザクセン州の州都ドレスデンを訪ねました。2014年10月に「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国主義者」(ペギーダ)というページがフェイスブックに登場、毎週月曜日に集会が行われるようになってから、ドレスデンは世界中の注目を集めるようになりました。
第二次大戦の爆撃で大きな被害を受けたものの、観光都市として人気を集めるドレスデンを前回訪れたのは約2年前の15年11月下旬。100万人を超える難民が欧州連合(EU)域内になだれ込み、反難民の排外主義が高まる中、犠牲者130人を出したパリ同時多発テロの惨劇が発生した直後でした。
その時、エルベ川沿いの劇場広場に赤地に黒と金の十字をあしらったペギーダの旗、ドイツやロシアの国旗を掲げる人々が4750~5500人も集まっていました。ドレスデンが受け入れた難民は7400人(当時)。6カ所に難民キャンプが設けられ、さらに6カ所増設する予定でした。
重い政府債務に苦しむ南欧ギリシャやイタリアと異なり、ドイツ経済は非常に好調です。適度な経済成長、物価の安定、東西統一後最も低い失業率、財政収支と経常収支の黒字を達成し、経済も財政も短・中期的には文句のつけようがありません。
昨年3月のEU・トルコ合意で難民の流れが止まりましたが、9月24日に投票が行われるドイツ総選挙最大の争点は難民・移民と社会統合です。
ドレスデンを訪れたのは、アンゲラ・メルケル首相の4選は揺るがないとは言え、ペギーダの運動と難民の生活がどうなったのか非常に気になったからです。
「ドイツを変えるのは我々だ」
聖母教会の近くにあるノイマルクト広場に5000~6000人が集まりました(ペギーダ創設者ルッツ・バックマン氏)。15年1月のフランス風刺週刊紙シャルリエブド襲撃直後に参加した2万5000人に比べると随分減りましたが、まだまだ勢いは衰えません。
ベルリンの壁が崩壊し、旧東ドイツのドレスデンはいまだに共産主義から資本主義への変化に戸惑っています。
ペギーダには過激な排外主義者、民族主義者のほかロシアのウラジーミル・プーチン大統領を崇拝するロシア系住民も加わっていますが、参加者の中には難民が増えたことに不安を覚える保守的な一般市民の高齢者や若者も少なくないのです。
口ひげをつけてヒトラーをマネしたり、難民を「ゴミ」や「愚かな雌牛」にたとえて起訴されたりしたペギーダ創設者バックマン氏は前回同様、筆者の取材に応じてくれました。
「我々はメルケルだけでなく、大連立を組むキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)をはじめ、すべての既存政党の退場を求めている。ペギーダは、反イスラム・難民を鮮明にする新興政党『ドイツのための選択肢』を応援する」
「イスラムをドイツから追放しなければならない。ドイツを変えるため、ペギーダと『選択肢』は協力する。普通の人の声に耳を傾けているのは『選択肢』だけだ」
「(さらに極右化する党の軌道修正を図ろうとした)フラウケ・ペトリ共同党首が影響力を失ったのは当然。彼女はすべての政党と取引しようとした」
「そんなことをしたら、もはや野党ではなくなる。『選択肢』は強い野党でなければならない。集会への参加者は夏には減ったが、再び増えている。人々は益々声を上げるようになった。ドイツを変えるためには街頭に繰り出し、ペギーダの集会に参加しよう」
9月2日夕、フランクフルト郊外のオーバーウルゼルで開かれた選挙集会でペトリ共同党首にもインタビューしました。党内の主導権をさらなる極右勢力に奪われたペトリ共同党首は党内対立について、こう語りました。
「今それに立ち入る時ではなく、総選挙で良い結果を出すために力を合わせる。国民は真の野党を求めている。世論調査の結果を見ると、8~11%の得票率で連邦議会に15~16議席を獲得することは可能だと思う」
ドイツで起きた難民・移民に対する嫌悪犯罪は昨年、3533件。1日に10件近く発生しています。子供43人を含む560人が負傷し、住居への攻撃は988件にのぼりました。難民を支援する団体やボランティアへの攻撃も217件起きています。
「月曜日の喫茶店」
ペギーダの集会が開かれる月曜日、ドレスデン市民と難民が交流する「月曜カフェ」が15年8月から市民団体の手で催されています。ドレスデンに難民の社会統合を進める機会をつくるためでした。
毎回100~200人もの人が集まるようになりました。3分の2が難民、3分の1がドレスデン市民だそうです。9月4日、ペギーダがデモ行進している目と鼻の先の広場で、小さな屋外パーティーが開かれました。
「月曜カフェ」のスタッフと難民たちが作ったサラダや煮込み料理を市民に振る舞うのです。
シリア難民のアブドラさん(28)は「イドリブの自宅は爆撃でなくなりました。今は独り暮らし。とてもシリアに帰れる状況ではありません。ここに残りたいです。毎月300ユーロの生活支援金をもらって、食料や衣服をやりくりしています」と話しました。
イラン出身のメハラッドさん(25)はセロリを細かく切りながら、「現在、車で配達をして生計を立てている。結構、儲かるよ。ドイツの大学で、イランで学んでいたIT(情報技術)の修士号を取ってIT関係の仕事を見つけたい」と表情を崩しました。
学校でドイツ語を教えてもらっている年配の女性教師に連れられて参加したシリア難民の若者もいます。
みんな楽しそうに笑顔を浮かべましたが、ドイツにいつまで滞在できるのか心配です。難民認定されても3年間の期限付きの滞在許可しかもらえず、ドイツ語を完全に習得して仕事を見つけない限り、滞在延長が認められない恐れがあるからです。
「社会正義の実現を」
ドレスデンで活動を始めて1年になる「月曜カフェ」のバーニャ・ザットカムさんはこう話しました。
「大きな都市では難民と住民の交流が行われていますが、地方都市では難民は孤立しがちです。住居や食事など、難民を取り巻く社会的な問題はかなり改善されましたが、法的な問題はまだまだ残っています」
「ペギーダに参加している人は不安を抱えています。ペギーダは、外国人が増えて、仕事が奪われるかもしれないという不安につけこんでいるのです。だから私たちは難民と地元住民が集まって話す機会を作っています」
「政策によってドイツの社会格差は広がっています。課税と配分は決して平等とは言えません。総選挙で一番大切な争点は社会正義です。すべての人が平等に教育や住居などの基本的な権利にアクセスできるようにする必要があると思います」
メルケル首相の過去3期を採点すると、債務危機、難民危機を抱えながらも、欧州の結束を維持し、ドイツ経済をほぼ完璧と言える形で回復させました。
これからイギリスのEU離脱という難交渉が待ち構えますが、メルケル首相の国内課題は何と言っても、難民の統合を進めながら、より公正かつ公平な社会を実現し、ペギーダや『ドイツのための選択肢』を雲散霧消させることに尽きるでしょう。
(おわり)