難民危機を武器に使うプーチンの悪巧み EUはバルカンルートを封鎖か
EU・トルコ首脳会議
第二次大戦以来、最悪の難民危機に対処するため、欧州連合(EU)とトルコの首脳が7日、ブリュッセルに集まり、緊急首脳会議を開きます。昨年、EU域内での難民申請者は計132万1560人にのぼりましたが、トルコは1国でそれを上回る約269万人のシリア難民を受け入れています。
トルコの難民キャンプからゴムボートでギリシャの島々に渡った難民は今年に入って、すでに12万5819人。犠牲者は321人にのぼっています。昨年1~3月にギリシャに渡った難民は1万535人で、これから海が穏やかになり、気温が上昇してくると、いったい、どれぐらい多くの難民がギリシャ経由で欧州を目指すのか見当もつきません。
英BBC放送が入手した首脳会議声明の原案には「難民が欧州を目指す西バルカンルートは封鎖される」「EUはギリシャを支援する」と記されているそうです。
シリアでは停戦が発効したとは言え、(1)同国のアサド大統領、イラン、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ(以上シーア派勢力)、ロシアのプーチン大統領と、(2)シリアの反政府勢力、トルコ、サウジアラビア(以上スンニ派勢力)、クルド人勢力、米国、欧州(3)国際テロ組織アルカイダ系ヌスラ戦線、過激派組織IS(以上スンニ派勢力)の複雑な思惑が絡み合い、いつまた火を噴くか、誰にも予測できません。
プーチン大統領は、シリアの混迷がどれだけ深まろうと、難民がさらに拡大しようと何一つ困りません。アサド大統領にとって最も重要なのは体制を維持することです。「エスカレーション・ドミナンス」を握るプーチン大統領は、何も恐れずに敵対行為をエスカレートさせることができるので、相撲で言えば常に上手をとっている状態です。
目の上のたんこぶ
ドイツのメルケル首相はウクライナ危機をめぐる対ロシア経済制裁に関して厳しい姿勢を貫いているため、制裁解除を目指すプーチン大統領の目の上のたんこぶです。原油価格の下落と経済制裁のダブルパンチにプーチン大統領は強がっているものの、実は青息吐息なのです。
プーチン大統領の前に立ちはだかるメルケル首相は難民危機で上限なしの受け入れ政策を表明しました。このため、ロシア寄りのハンガリーのオルバン首相をはじめ、旧東欧諸国、オーストリアとバルカン諸国など難民ルート上の国々だけでなく、ドイツの政権与党内からも突き上げられています。まさに四面楚歌の窮地に陥っています。
シリア停戦はプーチン大統領にとってメルケル首相から妥協を引き出す切り札です。停戦合意の対象外であるISやヌスラ戦線をターゲットにしていると言えば、いつでも好きなときに空爆を再開できます。空爆を再開すれば難民が大量に発生し、メルケル首相の立場はますます苦しくなります。
こうした構図は「プーチン大統領は難民問題を武器に使っている」と表現されるようになってきました。北大西洋条約機構(NATO)のフィリップ・ブリードラブ欧州連合軍最高司令官は米上院軍事委員会で次のように証言しています。
「欧州を圧倒し、欧州の決意を打ち破る試みのために、ロシアとアサド政権は意図的に難民問題を武器にしている」「アサド大統領の無差別兵器とロシア軍が使用する正確ではない兵器によって難民を生み出し、誰か他の人の問題を作り出そうとしている以外に理由を見つけられない」
有刺鉄線で封鎖される国境
EU加盟国と周辺国はプーチン大統領とアサド大統領の思惑通り難民を押し付け合い、国境管理が強化されています。オーストリアやスロベニア、ハンガリー、マケドニア、ブルガリアは有刺鉄線のフェンスで国境を閉鎖しています。それでなくても財政が苦しいギリシャには北上できない難民が滞留し、EUの追加支援がなければ破綻してしまう恐れがあります。
ギリシャのマケドニア国境では1万3千人が足止めを食っています。ギリシャのチプラス首相はEUが助けてくれないなら、ロシアに頼るしかないと再びプーチン大統領に接近するかもしれません。対ロシア制裁強硬派のメルケル首相を孤立させ、EUを分断するのがプーチン大統領の思惑です。
EU・トルコ首脳会議では、EUが30億ユーロの支援を実施する見返りにトルコが国境管理を強化して欧州への難民流入を抑制するよう求める見通しです。紛争地ではない「安全国」からの経済難民についてはトルコに送り返し、その代わりトルコで受け入れた難民のEU域内への再定住を進める計画も協議されます。
しかしEUが昨年10月に合意したギリシャ、イタリア、ハンガリー内の難民16万人の振り分けについてすら、まだ700人も実現していないのが現状です。
(おわり)