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なぜ中国がTPPに加盟申請?唐突ではない「アジア太平洋自由貿易圏-APEC」と「一帯一路FTA」構想

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
2014年11月に北京で開かれたAPEC会議。当時TPPが強力に進められていた(写真:ロイター/アフロ)

中国がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に加盟を申請した。

多くの人にとっては、TPPとは、アメリカが主導した「中国包囲網」と映っているだろう。オバマ大統領が推進した戦略だが、2017年トランプ氏の大統領就任と同時に、アメリカが離脱してしまった。

それでも日本が主導して、アメリカ抜きでも11カ国の「TPP11(CPTPP)」として始動させた。これは日本の素晴らしいリーダーシップと言ってよいだろう。

それなのに今、中国がTPPに加盟申請。

中国は何を考えているのだろうか。

「中米が共同して」

転機は、トランプ大統領がTPPからの離脱を表明したことだ。

総じて中国メディアでは、アジア・太平洋地域における「メガFTA(巨大な自由貿易協定・貿易圏)」の構築で、中国の役割に期待する論調が目立ったという。

対外的に発展しようとする戦略上、中国が最も警戒しているのは、反グローバリズム、保護主義の台頭とその拡大である。

中国は世界最大の貿易大国。保護主義の台頭は、中国にとって見逃すことの出来ないゆゆしき事態なのだ。

しかし、中国は、突然にTPP参加のアイディアを思いついたわけではない。ここに至るには、30年近くにわたるアジア太平洋地域での、長く地道な研究や政府間の話し合いがあってこそだった。

それはAPEC(エーペック・アジア太平洋経済協力)を舞台にしたものだった。

トランプ政権がTPPを離脱した当時、中国の研究機関やFTA研究者による、最大公約数的な見解はこうだ。

「世界第1位と第2位の経済規模をもつ米中両国が、グローバル・ガバナンスで協力するか否かは、世界経済を決定することになる。さらに開放的、かつ一体化した未来を手にするか、それとも、孤立主義に陥るか」。

つまり、中米両国が共同してFTAAP=アジア太平洋自由貿易地域を構築してこそ、アジア太平洋地区のグローバル・バリューチェーンの整合と、ウィン・ウィン関係の構築が可能となるーーというものだったのだ。

ここで出てくる「FTAAP」とは一体何だろうか。

APEC(アジア太平洋経済協力)がもたらした果実

FTAAP、すなわち「アジア太平洋自由貿易地域」は、英語でFree Trade Area of the Asia-Pacificの頭文字をとったものだ。

これは一体何かというと、APEC(エーペック・アジア太平洋経済協力)で提唱されたものである。

APECとは、アジア・太平洋地域では最も古い政府間フォーラムである。1989年に創設された。創設には、日本の大平正芳首相と、オーストラリアのホーク首相が中心の役割を果たした。

(余談だが、英語のWikipediaに大平首相の名前が全く出てきません。誰か執筆権のある方、書いて頂けませんか)。

現在、21の国と地域が参加している。

発足当初の12カ国は、日本・オーストラリア・韓国・アメリカ・カナダ・ニュージーランドとASEAN(東南アジア諸国連合)6カ国だ。

(当時のASEANは、シンガポール・タイ・マレーシア・フィリピン・インドネシア・ブルネイだった)。

91年に中国・台湾・イギリス領香港(当時)、93年にメキシコ・パプアニューギニア、94年にチリ、98年にロシア・ペルー・ベトナムが参加した。

APECの参加国。Wikipediaより
APECの参加国。Wikipediaより

台湾や香港は「国」とはみなされないため、「21カ国」とは呼ばず、「21エコノミー」と呼ぶ。

APECの特徴は、拘束力がなく、同意に基づいて政府間で協力する枠組みであることだ。TPPやRCEP(東アジアの地域的な包括的経済連携協定)は、法的な拘束力のある条約であり、両者の性質は全然異なるものだ。

アメリカが提案する広域FTA

APECは政府間フォーラムだったのに、2006年の第14回APEC首脳会議では、突然、前述の「アジア太平洋自由貿易地域(FTAAP)」という構想が浮上した。

これは、もともと内部で提言があったのだが、顧みられなかった案が、アメリカの政策転換によって取り上げられたものである。ブッシュ大統領(子)が推進した。

理由は、通貨危機の時代だったためや、アジアでアメリカ抜きの貿易圏の様々なプロジェクト(のちのRCEP)が進んだことに危機感をもったため等と言われている。

しかし、実際に具体的に進んだのは、APECにおけるFTAAPではなくて、別件のTPPのほうだった。APECは参加数が多い上に、アメリカ、中国、ロシアが入っている。これだけでも、自由貿易圏など、簡単に実現する訳がないことがわかるだろう。

2009年に大統領に就任したオバマ氏が息を大きく吹き込んで、TPPは急激に成長した。オバマ政権の戦略は、西海岸の太平洋ではTPPを、東海岸の大西洋では欧州連合(EU)とともにTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)を結ぶという、壮大なものだった。

そしてこの時代に、TPPは「対中包囲網」と言われる性質をもつようになった。

焦る中国が、APECを活用する方向へ

習主席は焦ったのだろうか、オバマ時代の2014年、第23回APEC北京会合では、APECが貢献するFTAAP実現に向けた「北京ロードマップ」の策定を、主要な課題とした。

それに先立つ2010年の首脳宣言「横浜ビジョン」では、将来的にFTAAPの実現を目指すことで一致したが、具体的な道筋については明らかではなかったのだ。

議長国となった中国は、北京で強力にFTAAPを具体化しようと努力した。首脳宣言に「FTAAP実現の目標時期を2025年」と明記し、作業部会の設置も盛り込むよう主張した。

しかし、日米などがTPP交渉への影響を懸念し強く反対したため、表現はFTAAPの「可能な限り早期」の実現を目指す、と書かれるにとどまった。

すっかり骨抜きにされてしまったようだが、それでも作業部会では、TPPやRCEPなど複数の経済連携を踏まえて、どのようなFTAAPへの道筋が望ましいかについて、研究を行うことになった。

ただ、研究と実際の交渉は別問題、というのが日米の立場だったという。研究はしても、実現するつもりは(限りなく当分の間)なかったと思われる。

習主席の狙いは、TPPに揺さぶりをかけて、牽制することだったかもしれない。アメリカに主導権を握られて、中国が孤立するのを恐れたのだろう。

そんなとき、トランプ大統領が登場して、TPPから離脱してしまったのだった。

好機を捉えようとする中国

そんな当時、中国の研究機関やFTA研究者による、最大公約数的な見解は、以下のようなものだったという。詳細に説明する。

◎TPPとRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の関係について


 アメリカの参加しないTPPは、21世紀の貿易ルールを代表しない。かつ、RCEPとTPPは、競合しつつも補完的なところもあるが、FTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)を実現するという方向性は共通している。

アメリカのTPP離脱で、短期的には、RCEPがアジア太平洋地域でのメガFTA候補といえるが、TPPにとって代わるには不十分である。アメリカ抜きのRCEPは不完全である。

RCEPは、ASEANを中心とした「ハブ&スポーク構造」で成っているが、それぞれのFTA間の相違が極めて大きく、かつ、大国の指導力を欠いている。

◎FTAAPへの道筋について

RCEP協議では、今後の拡大発展を重視し、FTAAPへの発展の道筋を探るべきである。RCEPが先行するという状況下で、RCEPをレベルアップしつつ、(アメリカ参加の)TPPとの融合を求めるべきである。

世界第1位と第2位の経済規模をもつ米中両国が、グローバル・ガバナンスで協力するか否かは、世界経済を決定することになる。さらに開放的、かつ一体化した未来を手にするか、それとも、孤立主義に陥るか。

中米両国が共同してFTAAPを構築してこそ、アジア太平洋地区のグローバル・バリューチェーンの整合と、ウィンウィン関係の構築が可能となる。

資料は https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/gtir/2014/pdf/2014-2_rev.pdf を参照。
資料は https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/gtir/2014/pdf/2014-2_rev.pdf を参照。

ーーこのように、総じて、RCEPの構築を急ぎ、その過程で、TPP並みのハイレベルのFTAを目指しつつ、アメリカの参加を得て、アジア太平洋地域のメガFTAとしてのFTAAPを構築する、という内容だったという。

根本的な部分で、「民主主義」という絶対に譲れない価値観のことを全くわかっていないようではあるが、状況の大変化に応じて、中国としてのポジティブな戦略を描こうとしていたことがわかる。

2020年11月15日。第4回RCEPサミットで議長を務めるベトナムのフック首相。この日RCEPは15カ国によって署名された。
2020年11月15日。第4回RCEPサミットで議長を務めるベトナムのフック首相。この日RCEPは15カ国によって署名された。写真:ロイター/アフロ

トランプ勝利という、米大統領選の結果が判明した直後の2017年11月20日、ペルーのリマで開催された第25回APEC首脳会議で、習主席は明言した。

「我々は揺るぎなく経済のグローバル化を先導し、あらゆる形態の保護主義に反対し、FTAAPを早期に構築する必要がある」。

そして2020年11月のAPEC首脳会談で、中国はTPP11 への参加意欲を表明していた。

今までに、APECを舞台に、TPPやRCEPなど複数の経済連携を踏まえて、FTAAPへの望ましい道筋について研究を重ねてきた。

そして今、中国が次のステップとしてTPPに加盟申請したのは、露ほども予測できなかった未来というほどではない。ただ、これほど早かったのは驚きだろう。

一帯一路FTA(経済圏)の構築

ところで、中国にはもう一つの戦略がある。

「一帯一路」戦略から、「一帯一路FTA(経済圏)」の構築というものだ。

中国メディアには、APEC参加エコノミーの大半が一帯一路関係国であり、「一帯一路戦略とFTAAPは、その関係国が共に発展するという目的を共有している」との論調が少なくなかったという。

習主席は、一帯一路戦略を「世界の公共財」といい、「これを共に推進することで、運命共同体を構築しよう」と強調してきている。

一帯一路FTAとは、具体的にどういうことか。

一帯一路の協力文書に署名した国。Wikipediaより
一帯一路の協力文書に署名した国。Wikipediaより

まず短期的には「伙伴(パートナーシップ)関係」と呼ばれる、関係国との多岐にわたる分野での、拘束力をもたない協力の強化を行う。次に、中長期的に、それを格上げする形でFTA網を広げていくーーという戦略である。

習主席は、90余カ国・地区と「伙伴関係」を構築済みとしていた。また「伙伴関係の構築を通じ、世界と新たな発展を実現する」としていたという。

先進国との「断層」

ただ、アメリカ・日本・EU(欧州)という、世界の3大先進地域とは「伙伴関係」を結べずにおり、牽制され距離を置かれている結果となっている(G7とも言える)。

特にEUは、一帯一路の行き先であり、「欧州への障害なき通商交易路の確保」そのものが、戦略の要でもあった。それなのに、今年の投資協定の凍結といい、最近は不協和音が大きく響いている。

参考記事:なぜEUは中国に厳しくなったのか【前編】【後編】

中国は、人民元の国際化を目標としており、AIIB(アジアインフラ投資銀行)という国際金融機関の設立も行った。これは明らかにアメリカ支配への挑戦であるはずなのに、アメリカと敵対したいとは思っていないというシグナルを送ることも、しばしばある。

本気でアメリカと戦ったら勝てないのがわかっているからなのか、敵対ではなく共存が目的なのか。

中国の大きな弱点の一つは、「世界共通の貿易のルールを作るのは誰か」の部分で、ほとんどのジャンルでイニシアチブをとれる状態にないことである。これは、「ルール作りを制する者が、貿易を制す」と言われることがあるほど、大事な要素である。

ジャンルごとに異なるが(例えば農業と自動車では異なる)、大まかに言えば、世界をリードしているのは圧倒的にアメリカとEUである(ジャンルによっては国連が入る)。

RCEPとTPPでは水準がかなり異なる(TPPとTTIPも異なる)。アメリカが抜けたあとかなり緩和された部分があるとはいえ、中国にとっては、RCEPでは大丈夫であっても、TPPの水準には、現段階では大変難しいと言えるのではないだろうか。

中国が水準の高い経済協定の経験ができないのも、ルールづくりで主要なアクターになれないのも、中国の政治体制に根本の問題があると言えるだろう。

アメリカがTPPにいれば、経済協定を使って、中国を少しずつ民主体制のほうにひきずりこんでゆき、中国の国家資本主義体制を崩すという、長期的で壮大な戦略を描けたかもしれない。実際、オバマ大統領が描いた戦略は、大まかにはこのようなものだったという。

でも、アメリカ抜きの今のTPPに、そんな力はあるだろうか。アメリカ不在だからこそ、中国は今加盟を申請したと思われるのに。

かつて、ASEAN+3(日・中・韓)を主張した中国に対して、それでは中国が強すぎるからと、他の3カ国(オーストラリア・ニュージーランド・インド)を誘ってASEAN+6を提唱したのは、日本だった。

結局、中国が妥協して、ASEAN+6はRCEPの構築へとつながっていった。

しかし、日本が期待したような「日本やオーストラリア、ニュージーランドなどの民主主義の先進国が加わったことで、RCEPに水準の高さの影響を与える」は、多勢に無勢で、叶わなかったという現場からの報道があったのを覚えている。

中国の参加で、TPPが二の舞にならないとは限らない。日本は、APEC創設時からの同士であるオーストラリア、そしてニュージーランド等と、よく話し合うのが良いのだろう。

対中の懸念から、結局RCEPに参加していないインドの意見も、クアッド(QUAD:日米豪印戦略対話)メンバーとしては、話し合いが必要になるのではないだろうか。

評価や実現の度合いは別として、中国の描く戦略は大きい。アジアや太平洋地域の未来を見据えた日本の大きな戦略とは何か、真剣に考えなくてはならないだろう。

2018年1月24日、中国・浙江省義烏市の鉄道港を出発するポーランド・マラゼヴィツェ行きの貨物列車。日本はかつては大陸に「あじあ」号を走らせた経験があるが、やはり海の戦略のほうが向いているだろうか。
2018年1月24日、中国・浙江省義烏市の鉄道港を出発するポーランド・マラゼヴィツェ行きの貨物列車。日本はかつては大陸に「あじあ」号を走らせた経験があるが、やはり海の戦略のほうが向いているだろうか。写真:ロイター/アフロ

※参考資料 

中国の FTA 戦略と一帯一路戦略(江原 規由氏)

TPP とアジア太平洋の FTA:経済連携の方向性(馬田 啓一氏)

APECの概要(外務省)

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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