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「僕は本当は女性なんだ。」妻子に告白したトランスジェンダーが向き合う現実

深田志穂ビジュアルジャーナリスト

最愛の妻、可愛い3人の子供、華やかなキャリア。傍目には幸福を絵に描いたような人生だった。しかし夫にはずっと隠し続けた秘密があった。「僕は本当は女性なんだ。」
このフィルムの主人公、コウタ(石嶋浩太・57歳)は、幼少の頃から自分は女性だと感じていたが、それをずっと隠して生きてきた。アメリカ人の妻と結婚して3人の子供にも恵まれたが、本当の自分を隠蔽して生きていくことに、やがて限界を感じるようになったと語る。44歳のとき、男性から女性へと生まれ変わる決意をしたコウタは、性別適合手術を受けた。コウタは、自分の性を手に入れた一方で、「初めて知った本当の愛」を失わざるを得なかったと言う。このフィルムを通して、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング/クィア) の人達のチャレンジや葛藤について、より身近に感じ、知って欲しい。
LGBTQが日本の人口に占める割合は8.9%だという。(「LGBT調査2018結果報告」電通ダイバーシティ・ラボ) しかし彼らを取り巻く環境や権利保障は、決して改善されてきているとは言えない。例えば「以前に比べてカミングアウトしやすい環境になっていると感じますか」という質問には、7割が「なっていない」と答えている。また、「職場に同性愛者や両性愛者がいることに抵抗を感じる」と答えた人 は、3人に1人というデータもある。(LGBT に関する 職場の意識調査」日本労働組合総連合会)

欧米はもとより、お隣の台湾が同性婚を法制化するという世界的潮流の中で、日本では同性カップルのパートナーシップを認めるなどの支援の動きは自治体レベルにとどまり、国レベルではLGBTQを差別から守る法律はまだない。それどころか、トランスジェンダーが性別変更するには、子どもを産めないようにする強制不妊手術などを含む性別適合手術を事実上の要件としている。この点について、WHOなどの国連諸機関は、2014年にトランスジェンダーへの人権侵害だとして提言しているが、今年1月の最高裁で「現時点では合憲」との判断が下された。さらに、国会議員がLGBTQは「生産性がない」と発言するなど、LGBTQを巡る過激な発言はソーシャルメディアなどで繰り返されている。これらの社会現象は、日本社会がLGBTQについてまだまだ無知であることの表れであると言えよう。私達は11人に1人と言われている彼らのことをどれだけ理解しているだろうか?

「みんなに認識してほしいのは、LGBTQ でも愛の形は千差万別ということ。例えば男性から女性になった人が、必ずしも男性が好きとは限らないんです」とコウタは言う。幼い頃から自分を女性だと思っていたコウタだが、前妻のことは「今までで一番愛した人」と言う。しかし元妻、子供達とトランスジェンダーでも家族のままで一緒に暮らしたいというコウタの願いは叶わなかった。現在コウタは、家族と海を隔てた日本で女優、ミュージシャンとして活動している。

コウタのように、人生の何かを選ぶことで、別の何かを失う経験をすることはだれにでも起こりうる。本当の自分として生きることと、それによって失うものの狭間で、多くの人が葛藤しているのではないだろうか。どちらを取るにしても、大変勇気が必要な選択であるだろう。

コウタは自分の決断に関して、大きな喪失感だけではなく、自分の心に正直に生きたという安堵感と幸福感も感じているという。「本当の自分を受け入れて昇華させることは自分への自信につながるんです」。ありのままの自分を愛することができなければ、他者を真に慰り思いやることはできない。自分の全てを受け入れることができれば、性的指向などに関わらず他者も認めることができるだろう。そしていつかLGBTQという言葉自体がなくなる社会が実現するかもしれない。

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本作品は【UPDATE DOCUMENTARY PROJECT】で制作された作品です。
【UPDATE DOCUMENTARY PROJECT】の他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
http://original.yahoo.co.jp/collection/movie/feature/updatedocumentary/
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受賞歴

Overseas Press Club of America Awards/Feature Photography (米国海外特派員クラブ賞・フィーチャーフォトグラフィー)、世界報道写真大賞マルチメディア賞、エミー賞ノミネート、The Webby Awards - Documentary Short Form, honoree、The Visa d'or - Daily Press Award at Visa pour l'Image Perpignanなど。

クレジット

監督: 深田志穂 (Shiho Fukada)
プロデューサー: 深田志穂 (Shiho Fukada)、Keith Bedford (キース・ベッドフォード)
シネマトグラファー: 深田志穂 (Shiho Fukada)、Keith Bedford (キース・ベッドフォード)
編集: 深田志穂 (Shiho Fukada)
音楽: 「春の幸」by コウタ 他
製作:https://www.bedfordfukada.com/work

ビジュアルジャーナリスト

東京都生まれ。上智大学卒業後、渡米。ニューヨークで広告、ファッション業界を経て、フォトジャーナリストとして独立。NYタイムズ、ワシントンポスト、CNNなどをはじめ多くの海外メディアで作品を発表。ニューヨーク、北京を経て現在は東京とボストンを拠点にビジュアル・ジャーナリストとして取材をする傍ら、ディレクター、プロデューサー、シネマトグラファーとして活動。世界報道写真大賞マルチメディア賞受賞。エミー賞ノミネートなど。上智大学文学部英文学科卒業、カリフォルニア州立大学サンタクルーズ校留学、アテネオマニラ大学ジャーナリズムアジアセンター・マルチメディアジャーナリズム学士。

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