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ウィンブルドンレポート:土居美咲がシード選手を破り5年ぶりの3回戦進出!身にまとう余裕は成長の証

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

ウィンブルドン2回戦 ○土居美咲 7-6(5),6-3 K・プリシュコワ●

相手サーブを打ち損じ高々と上がったそのボールは、コート外へと飛び出していくと、外の通路で跳ねた後に、3メートル近くはあろうかというフェンスを越えて、再びコートへと舞い戻ってきた。

ちょっとした珍事に、客席の一部から漏れる控え目な笑い声。その声を耳にし、自分が外野に打ち上げたはずのボールを目にしながら、土居美咲の顔からも、自然と柔らかい笑みがこぼれた。

ウィンブルドンの2回戦。第15シードの強豪相手に第1セットを奪い、第2セットも5-3とリードして迎えた終盤戦――。

緊迫の場面であるにも関わらず、土居の表情にはどこか余裕が漂っていた。

果たして珍事の直後のポイントで、土居は左腕を軽やかに振り抜き、相手コートに強烈な逆クロスのウイナーを叩き込む。続く相手のサーブも鋭く打ち返し、すぐさまフォアの逆クロスウイナー。こうなると、もう勢いは止まらない。相手のポイントを1つ挟んだ後に、今度はフォアのクロスでリターンウイナー。最後も自慢の左腕を迷いなく振り抜くと、美しい回転の掛かった黄色いボールは低い弾道でネットを越え、相手のラケットに触れることなく、芝の上を滑るようにコートを斜めに切り裂いた。シード選手から奪い取った、7-6,6-3の快勝……それは土居自身2度目となる、ウィンブルドン3回戦への切符だった。

5年前にウィンブルドン3回戦へ進んだ時は、本人曰く「アクセルを踏み込みっぱなし」のような状態であった。予選3試合を勝ち上がり、本戦でも初戦で第30シードを撃破。怖い物知らずの20歳は、脇目も触れず「突っ走った」。

しかしその後はウィンブルドンのみならず、他のグランドスラムでも、3回戦以上に勝ち進むことは無かった。上位勢をも打ち破る攻撃力は誰もが認めるところだが、100位前後の相手に簡単に破れることもある。

「20歳でウィンブルドン3回戦に進んだ時は、正直、もっと簡単に上に行けるかと思っていた。本当に甘かったと思います」

そう述懐したのは2年半前、彼女のランキングが90位前後だった時のこと。「一番キツかった」のはウィンブルドン後、「100位を切れそうで、なかなか切れなかった時期だった」とも振り返った。

「けっこう経ったな」と感じる5年の歳月を経て、再びウィンブルドン3回戦に戻ってきた今の彼女は、アクセルを踏みっぱなしでは、決してない。試合中でも時にスピードを緩め、周囲の景色を目に映し、笑みを浮かべる余裕もある。

そしてここぞという局面では、ギアを一段、さらに一段と上げながら、トップスピードへと加速する術を知る。この日の2回戦では第1セットの終盤戦、雨による短い中断を挟んだタイブレークを取りきった場面がそうだった。あるいは第2セットの第8ゲームで、3本のブレークポイントを凌いだプレーにも顕著に表れる。

「ナーバスになってはいなかったですね。あそこで引き離せたことで、相手にもダメージを与えられたと思います」

試合後の土居は、事もなげにターニングポイントを振り返った。

過度な喜びも達成感もまとうことのないその姿は、ここが目標地点ではないことを、本人が誰より知っているから。

「やっぱりウィンブルドンで勝つのは嬉しいですが、まだまだ試合は続く。上を見据えていきたい」

ゆとりを持って視線をあげ、行く先を見極めてから、再びアクセルを踏み込んでいく。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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