Yahoo!ニュース

ウィリアムズ姉妹の伝記的映画『ドリームプラン』を見て思い出した、”プランの先”の景色

内田暁フリーランスライター
(写真:REX/アフロ)

 自身の先入観や思い出補正も含め、初めてロサンゼルスのテニス会場を訪れた時に目にした、忘れがたい光景がある。

 2000年台、ロサンゼルス南部カーソンというエリアにあるHome Depot Centerで、WTAツアー大会が開催されていた。現在大会はサンディエゴに移り、会場名もディグニティ ヘルス スポーツパークに変わったようだ。もはや大会の面影も無くなってしまったが、当時はロサンゼルスで唯一にして最大の、女子テニスの大会だった。

 カーソンは黒人やアジア系の多いエリアで、観客層もこの町の多様性を反映していたように思う。とりわけ印象に残ったのが、チケットブースに並ぶ黒人の少年たちの多さだった。

 「セリーナの試合は見た?」「今日は見てないけれど、昨日は見たよ。ビーナス見たいから、ナイトセッションのチケット買うんだ」

 学校の友人だろうか、あるいは会場で顔を合わせるうちに知り合いになったのだろうか。複数の少年たちが、そんな会話を交わしていた。

 彼らが話題にしている「セリーナ」と「ビーナス」とは、ウィリアムズ姉妹のこと。高速サーブをひっさげ、女子テニス界を席巻した革命児であり、アフリカ系アメリカ人女性として、数々の“ガラスの天井”を打ち破ってきたパイオニアでもある。

 その二人のプレーを見ようと、黒人の少年たちがテニス会場に頻繁に足を運んでいる事実に、嬉しい驚きを覚えた。「ウィリアムズ姉妹は、テニスのファン層を大きく広げた」というのは良く聞く評価ではあったが、このとき初めて、自身の肌身で実感できたからだ。

 個人的な体験で言うと、ビーナスとの忘れがたい思い出もある。

 十年以上前に、ビーナスが『COME TO WIN』という書籍を上梓した。彼女自らが、元アメリカ大統領のビル・クリントンや、ナイキ創業者のフィリップ・ナイトら政財界のトップにインタビューし、いかに幼少期にスポーツに打ち込んだ経験が今に生きているかをまとめた内容である。

 その出版を記念したサイン会を、ビーナスはカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)のキャンパスで行った。当時、UCLAのすぐ側に住んでいたわたしは、大学内の書店で購入した本を手に、そのままサイン会の列に並んだ。

 どれくらい待っただろうか、自分の番が回ってきた時、ビーナスは長い指でわたしが手渡した本を開くと、「名前はなんていうの?」と聞いてきた。

 「アキです」「スペルは?」「AKI」

 そんな短いやり取りのあと、「ここの学生?」とたずねてくる。

 学生ではない。ただ、UCLAの英語教室には通っていたので、「英語を勉強しています。この本を読んで、英語を上達させたいと思っています」と答えた。

 「そうなの、がんばってね」

 二コリと笑うと、彼女は本のタイトルページにペンを走らせる。

 「To Aki. Good Luck with your English!」

 サインの横には、そう書き添えられていた。

著者撮影。
著者撮影。

 こんな昔のことを思い出したのは、映画『ドリームプラン』(原題:King Richard)を観たためである。

 幼少期に、マンハッタンビーチやローリングヒルズの高級テニスクラブに娘を売り込みに行っては、「コンプトンのホラ吹きが」といった懐疑的な目を向けられる、ウィリアムズ姉妹の父リチャード。

 コンプトンは、冒頭で触れたカーソンの隣町で、わたしがロサンゼルスに初めて行った当時、「治安が悪いから行かないように」と言われたエリアでもあった。

 コンプトンという土地は、映画の中でも象徴的に描かれている(ように感じる)。

 例えば、こんなシーンがある。

 フロリダでトップ選手が集うアカデミーを経営する著名コーチと、そのアシスタントとの会話。

 アシスタントがコーチに、「自分の娘たちはすごい逸材だ、見るべきだと言っている男性から、あなた宛てに電話です」と伝える。

 「そんなにすごい子たちなら、なんで今まで俺の耳に入らなかったんだ」と聞き返すコーチに、アシスタントは言う。

 「たぶん、コンプトンの人たちだからでしょう」。

 この会話には、複数の意味が含まれているように思う。

 コンプトンという遠い町(それは物理的にも心理的にも)の評判は、フロリダまでは届かないという意。

 あるいは、コンプトンにすごいテニス選手がいるはずはないという偏見。

周囲から奇異な目で見られようと、娘たちのために信念を貫く父リチャードを、ウィル・スミスが好演。(c)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
周囲から奇異な目で見られようと、娘たちのために信念を貫く父リチャードを、ウィル・スミスが好演。(c)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

 ウィリアムズ姉妹が打ち破ってきた目に見えぬ障壁は、本当に幾重にも張り巡らされていたと思う。テニス界に長く身を置く人々は、自分たちがそのような障壁を築いていたことにすら無自覚だっただろう。

 その壁を姉妹やリチャードが破った先に広がる、小さいながらも大きな余波として、自分が目にした光景がある――。

 大阪市の試写室で『ドリームプラン』を鑑賞しながら、そんなことを、ふと思った。

ウィル・スミス主演最新作 『ドリームプラン』

2月23日(水・祝)全国ロードショー

2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

公式サイト:dreamplan-movie.jp

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事