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WNBA不参戦を決めた渡嘉敷来夢が感じていたジレンマと更なる野望

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
この3年間WNBA、Wリーグ、日本代表でプレーし続けてきた渡嘉敷来夢選手

 米女子プロバスケWNBAのシアトル・ストームが5日、同チーム所属の日本のエース、渡嘉敷来夢選手が2018シーズンに参戦しないことを正式に発表した。チームの説明では、今年9月に開催予定のFIBAワールドカップを見据えて代表活動に専念するためだという。

 この3年間、渡嘉敷選手はがむしゃらにバスケと向き合ってきた。WNBAのみならず、Wリーグ、日本代表の3チームを掛け持ちしながら、文字通り“休むことなく”コートに立ち続けた。すでに自他ともに認める日本の絶対的エースに君臨しながらも、さらにバスケを極めようと挑戦し続ける姿勢は頭が下がる思いだった。

 渡嘉敷選手にとっても、女子バスケ界の世界最高峰リーグWNBAは特別な存在だったはずだ。リオ五輪が開催された2016年も、五輪前の日本代表合宿をスキップしてまでWNBA参戦を優先していたほどだ。「普段はできないこと(長身選手たちとのマッチアップ)をここで経験することが必ず代表チームに還元できる」という強い思いからだった。そんな彼女が不参戦を決めたのだから、何らかの理由があってのことだろう。

 昨年末のことだった。渡嘉敷選手が所属するJX-ENEOSサンフラワーズがオールジャパンに出場するため京都にやって来た際、久々に話を聞かせてもらう機会を得た。すでに若手とはいえない26歳になりながらも、今も変わることなく成長を目指し続ける渡嘉敷選手の姿がそこにあった。

 「(3つのチームでプレーしながらも)自然に合いますね。それぞれ役割があるので…。自分がどこでボールをもらうのだとか、チームのルールに合わせるようにしているので、攻める気持ちであったり、ディフェンスというところで崩れないようにという部分であったりとか意識してやっています。

 ここ(のチーム)だからこれが必要っていうのは特に考えてやっていないです。チームにとって本当に必要なこと、求められることをやるだけだと思っていつもやっています。たとえばJXでは外から攻めるプレーを重点的に勉強というか、やっているんですけど、『こういうスタイルでやって欲しい』と伝えられるのでそれを意識してやるし、次にいったら『これをやってくれ』というのがあるので…。

 チームのプレースタイルもありますけど、(対戦)相手によっても変えていけたらなと思っているので、そういう部分(プレーの使い分け)で困ったりとかというのはあんまりないですね」

 193センチ、85キロという恵まれた体格。しかも小学生時代に走り高跳びで全国優勝を飾ってしまうという身体能力も兼ね備えているからこそ、チームの要求に応えられるプレーをそつなくこなすことができるのだ。WNBAでもダンクができる選手は渡嘉敷選手を含めて数人しか存在しない。紛れもなく世界トップレベルの才能を誇っている。

 しかし渡嘉敷選手がWNBAの場でその才能を遺憾なく発揮できているかといえば嘘になる。特にこの2シーズンは、WNBA挑戦1年目で『新人ベスト5』に選ばれたシーズンと比較すると、出場時間も成績も決して芳しくないものだ。

 「フラストレーションというよりも、そこは実力なんでしようがないかなとは思います。ただ日本代表がアメリカ代表と戦った時に、自分がどこまで存在感を出せるかだと思います。今(WNBAでは)プレータイムがなかったら(自分のプレーを)見せようがないので…。

 逆にポジティブに捉えようとすれば、アメリカはまだ自分を知らないからと思ってます。だからシアトルで3年間やってみて良いところはなかったんですけど、これも経験かなと思うので…。もう3年間十分にベンチで暖まりました」

 本人の言葉通り、渡嘉敷選手自身もWNBAでのプレーに少しも納得していない。しかしそれを受け入れなければならないほど、彼女が置かれた環境は不遇なのだ。2016年に全体のドラフト1位指名でブリアナ・スチュアート選手がチームに加わって以降、すでにシアトルは彼女主体のチームになっているからだ。

 スチュアート選手はWNBA在籍2年目ながら昨シーズンは得点部門でリーグ2位、リバウンド部門で同6位にランク入りするなど、早くもトップ選手の仲間入りをしている。というよりもリオ五輪でも米国代表入りを果たしており、現時点で米国トップ──つまりは世界トップ──のフォワード選手なのだ。残念ながら渡嘉敷選手はスチュアート選手と同じポジションであるため、試合中彼女と同時にコートに立つことはできない。つまりスチュアート選手の活躍が目覚ましければ目覚ましいほど、渡嘉敷選手の出場機会は逆に減ってしまうのだ。

 「アメリカのスーパースターがチームメイトだと良いところもあれば、悪いところもあるじゃないですか。プレータイム的には難しいですけど、一緒に練習できるというのをとるのであれば…というところですよね」

 練習とはいえ同じポジションで世界トップの選手とマッチアップできるのは貴重な財産だ。しかしその経験を実戦で試せる場が極端に減っているのであれば、やはりバスケ選手としては本末転倒だろう。渡嘉敷選手はこの2年間、そんなジレンマを抱えながらシアトルでプレーを続けてきた。

 シアトルの発表では2019年シーズンに再び渡嘉敷選手が戻ってくる予定だという。しかしスチュアート選手が同じチームにいる限り、彼女の境遇が変わることはない。あとは本人が指摘するように、“アメリカに知らしめる”ためにもFIBAワールドカップで米国代表と戦い、コート上で大暴れする彼女のプレーを見せつけるしかない。

 もしかしてそんな思いが強くなり、渡嘉敷選手は不参戦を決めたのではなかろうか…。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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