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PKを失敗した遠藤に誰も声を掛けなかったのはなぜか

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

PK職人がまさかの失敗

香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)のゴールで1点を返した直後の後半27分だった。内田篤人(シャルケ)が得たPKは、これを決めれば日本が2-2の同点に追いつくというものだった。ヨルダン戦引き分け以上でW杯切符を手に入れることができるという条件で試合をスタートさせていた日本にとっては、“W杯出場決定弾”ともなる得点だ。

キッカーは遠藤保仁(G大阪)。これまで日本代表戦で一度もPKを外したことのないPK職人である。誰もが全幅の信頼を寄せていることは、遠藤がボールをセットしたときのピッチ内の選手たちの喜び様からも分かった。それは内田をして「まだ(点は)入っていないよ」と周りに言わしめるほどの喜びだった。

しかしながら、遠藤はこのPKを決めることができなかった。ゴール右端を狙って蹴ったところを相手GKにディフレクティングで防がれてしまったのだ。PK戦を含めて8度目で初めての不成功だった。

このPKに関し、遠藤はこう説明している。

「PKは蹴る前にコースを決めていました。自信を持ってあそこに蹴ったし、コースも悪くなかったです。だから読まれていたのかなと思うし、GKの反応も良かった」

試合中にヨルダンサポーターが照射していたレーザービームについても「レーザービームは知っていた。PKのときも受けましたし、その前から受けていましたから。でも、プレーに影響はなかった」と言及している。口を突く言葉は潔いものばかりだ。

淡々とした口調は、遠藤が持つ、安定したメンタルの象徴である。プレーで“ダッシュしない”ことをモットーとする遠藤は、メンタル面でもダッシュすることがないのだろう。アップダウンのない彼のメンタルは、チーム全体のクオリティーを一定以上のレベルに保つ一翼を担っている。

信頼しているから声を掛けない

だからこそ、チームメートはPK失敗の遠藤に声を掛けなかった。いや、彼のメンタルを思えば、掛ける必要がなかったのだ。もちろん、敗因は他にあると考えられるからでもあるだろう。

今野泰幸(G大阪)が言う。

「ヤットさんには試合後も特に声は掛けていません。やっぱり、PKには(失敗は)ありますよ。すごい選手だって外しますから。ヤットさんはすぐに気持ちを切り替えていたし、切り替えられる選手なので、だから何も言いませんでした」

遠藤自身も、「試合中は何も言われませんでしたし、試合後も別にいつも通り。お疲れ様です(と言われた)くらいです」と話している。(“本当は何か言ってほしかったのだけど”という雰囲気も少しだけ浮かんでいるように見えたが)

ヨルダン戦ではわずかに及ばず、獲得できなかったが、6月の試合でブラジル大会切符を獲得すれば、それは遠藤にとって3回目のW杯決定試合出場になる。また、出場決定の試合に3度出るとすれば、日本人では初めてのことだ。

「1回目(05年6月8日、バンコクでの北朝鮮戦)はまだ下から数えて何番目かだったし、初めての経験だったから何も分からなかった。前回(09年6月6日、タシケントでのウズベキスタン戦)と今回はチームの立ち上げから数多く試合に出させてもらっているし、年を重ねていろいろな経験をした中で、自分のことだけではなく、チームのことを考えながらやっている。ただ、前回決まった瞬間はただ普通にうれしかっただけだったし、今回もそうではないかと思う。ここが最終目標ではなく、先があるから」

ヨルダンでは若手の教訓になることもあぶり出された。

「決めるべきところで決めないと難しくなるということがみんな分かったと思うし、逆にホームで先に点を取ればどれだけ有利かということも再確認できた」

遠藤保仁、代表キャップはヨルダン戦を終えて127。ヨルダン戦の悔しさをバネに6月4日のオーストラリア戦(埼玉スタジアム)でW杯切符をつかむことはもちろん、そのたぐいまれなるメンタル力でまだまだ個としての成長を続けていきそうな、頼もしいベテランである。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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