772球は酷使じゃない!? 松坂はあの夏、4日で535球を投げた
大きなお世話だと思っていたんだ。なにがって、まあそれはあとでふれるとして。25日、第95回高校野球選手権埼玉大会の準々決勝で、浦和学院の2年生左腕・小島和哉が完全試合を達成した。27アウト目、最後の打者がライトゴロというのはなかなかめずらしい。一方でこの日、神奈川大会準々決勝では、桐光学園が横浜に敗れている。昨年の夏甲子園で22三振という新記録を達成し、怪物と呼ばれた松井裕樹の高校野球が終わったわけだ。もう時効だからいいだろう。実は6月に横浜の平田徹部長と会ったとき、打倒・松井には手応えありという口ぶりだった。
「松井君は、左打者に対してはチェンジアップを投げてこない。右に対しては外に逃げながら落ちる軌道ですが、左だと内に食い込むので、厳しいコースは死球のリスクがあるし、甘くなると打ちごろ。だから投げにくいんでしょう。となると左打者は、ストレートかスライダーにしぼればいい。落差のあるスライダーは、見逃せばボールがほとんどですから、思い切ってまっすぐ狙いにいける。つまり、左バッターが、攻略のカギを握りますね」
一般的に左打者は、対左投手には不利といわれる。そこをあえて、左対左で勝負をかける。近年、右打者限定の変化球を駆使する投手が増えてきて、左対左は必ずしも打者不利ではなくなってきたのは確かだ。だが、それにしても……横浜の逆転決勝ツーランを放ったのは、思惑通り左の浅間大基。さすが、全国制覇5回の名門である。
そして翌26日、愛媛大会の準決勝では、済美が3対2で勝利。こちらもやはり2年生で、最速154キロといわれる大物・安楽智大が、春夏連続出場にリーチをかけた。松井が姿を消したのは残念だが、浦和学院の小島と、済美の安楽。センバツの決勝で投げ合った2年生エースが、春夏連続出場を視野に入れている。
そのセンバツでは、浦学打線が3日連投の安楽を中盤にとらえて大量得点、投げては小島が1失点完投で、初めての頂点に立った。その翌日のことだ。アメリカの野球専門誌・ベースボール・アメリカ電子版が、9日間の5試合で772球に達した安楽の消耗度について、「酷使。メジャーの投手なら5〜6週分に相当する」と、将来への危惧を掲載したのだ。するとこれに便乗し、「私も球児の将来を憂える」的な付和雷同良識論がネット上をにぎわせる。大きなお世話、というのはこれだ。
では、11日間で580球を投げた小島は酷使じゃないのか。もっといえば1998年に春夏連覇を達成した横浜・松坂大輔は、その夏の12日間で782球、3回戦からは4日連続で535球を投げている(安楽は3日連投で381球)。しかも、酷暑の甲子園。2日で398球を投げた翌日の準決勝こそ、先発を回避した。それでも涼しいセンバツと比べれば、要求されるスタミナはケタが違うだろう。だけど記憶では、松坂の怪物ぶりが礼賛されこそすれ、将来を危惧する声は聞こえてこなかった。そして松坂は翌年、プロの世界に飛び込み16勝と、いきなり最多勝に輝いている。
センバツ当時安楽は、3日連投となる決勝を前にしても、
「すべての試合を一人で投げきるのがエース。そのための練習をしてきましたし、日本の高校野球とはそういうものだとずっと思っています」
と語っていたが、そうなのだ。100球投げたら機械的に交代というのはアメリカ式であって、日本ではひたむきにマウンドを背負い、もがき、苦しむ背番号1の人間くささが共感を呼ぶ。思い出したのは、メジャー球団の日本担当者の話。
「アメリカの球団は、選手を資産として考える。だから目減りするような運用はしないし、取得コストをはるかに上回る利益を生むなら、転売も当然です」
そうか。安楽の将来を危惧したのは、ゆくゆくはメジャー球団の資産となることを視野に入れているわけか。人権派弁護士を装っても、それは将来的な利益に舌なめずりしてのこと。うがった見方をすれば、メジャーが食指を動かさない小島が何球投げようが、関係ないのだ。もっといえば、公務員ランナー・川内優輝が毎月のようにフルマラソンを走っても(ハーフマラソンレベルなら、ほぼ毎週だ!)、米メディアが彼の健康と、将来を危惧してくれるわけはない。
さあて、各地方大会も大詰め。どんな選手、チームが出てくるのか。甲子園の開幕は、8月8日である。