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なんと離婚慰謝料は14兆円(英紙試算)! EU包囲網に「厄介な女になる」とメイ英首相

木村正人在英国際ジャーナリスト
偽りの抱擁。イギリスの首相官邸で会談した首相メイ(左)と欧州委員長ユンケル(写真:ロイター/アフロ)

支持率50%

イギリス議会が5月3日午前零時1分(現地時間)に解散されました。欧州連合(EU)離脱交渉に備えて政権基盤を固めるため、首相のテリーザ・メイは6月8日に行われる総選挙で圧倒的過半数を目指しています。最近の世論調査でメイ率いる保守党は最大野党・労働党を最大で25ポイントも引き離しています。保守党の支持率が50%に達したのは実に1991年以来のことだそうです。

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選挙予想サイトElectoral Calculusが4月19日から5月2日にかけ1万1765人を対象に世論調査を実施しました。その結果に基づく予想では、保守党は72席増の403議席、労働党は61議席減の171議席。親EUの自由民主党は得票率を8.1%から10.1%に増やすものの、単純小選挙区という選挙制度の壁に阻まれ、議席数は同じ8議席とふるわないようです。

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昨年6月のEU国民投票で残留派が62%と圧倒的多数を占めた北部スコットランド地方では、自治政府首相ニコラ・スタージョンが2回目の独立住民投票に動き始めています。しかしElectoral Calculusの予想では保守党はスコットランド地方で現在の1議席を12議席に増やすとみられています。スタージョン率いる地域政党・スコットランド民族党(SNP)は逆に現在の56議席を45議席に減らすそうです。

別の惑星に住む「氷の女王」とEUのすれ違い

「氷の女王」と呼ばれる冷徹な戦略家メイの思惑通り、EU離脱交渉に向け政権基盤は固まり、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランド4地方の結束は一段と強まりそうです。EU国民投票では離脱52%対残留48%と国論は真っ二つに割れました。が、労働党系シンクタンクBritainThinksが、国民投票で離脱に票を入れた52人と、残留に投じた48人を対象に行っている継続調査では、積極的か消極的かを問わなければ67%が離脱を受け入れ、「イギリスにとってベストとなるEU離脱」を希望しています。

総選挙最大の争点はEU離脱交渉を誰に任せるかの一点に尽きます。イギリスの有権者は、メイの強いリーダーシップを期待しています。労働党党首のジェレミー・コービンはEUに対する腰が定まらず、政治家としての無能ぶりをさらけ出しています。コービンがどうしてメイの解散・総選挙にすぐさま応じたのか、筆者にはいまだに理解できません。

メイは4月26日、EUの行政執行機関、欧州委員会の委員長ジャン=クロード・ユンケルと首相官邸で約2時間にわたってディナーをともにし、2019年3月末を期限に始まった離脱交渉について協議しました。首相官邸報道官は「建設的な会談」「メイ首相はEUとの深い特別なパートナーシップへのイギリスのコミットメントを伝えた」と公式発表しましたが、すぐさまドイツ紙フランクフルター・アルゲマイネ日曜版が会談の実際を暴露しました。

それによると、ユンケルは「私はこれまでの10倍以上も懐疑的になってイギリスの首相官邸を後にした」そうです。ユンケルは翌27日朝、ドイツの首相アンゲラ・メルケルに電話で「メイは私たちとは別の惑星に住んでいる。幻想を作り出し続けている」と伝えました。ユンケルのスタッフは「離脱交渉が決裂する可能性は50%超」と読んでいます。このあと、メルケルは公式に「イギリスは依然として幻想を抱いている」と離脱交渉を甘く考えないよう警告を発しました。

離脱交渉の争点

EUとの離脱交渉の主要な争点は5つあります。

(1)600億ユーロの離脱清算金(イギリスが負う債務を清算するためにEUに支払う金)

(2)現在イギリスで暮らすEU市民の離脱後の権利保護

(3)欧州司法裁判所(ECJ)の管轄権

(4)イギリスとEUの新たな貿易協定

(5)アイルランドと北アイルランド(イギリスの一部)の関係

(5)交渉の進め方

イギリスにとってEUからの移民が無制限に増えるのを防ぐためにEUから離脱するわけですから、「人の自由移動」は絶対に受け入れられません。EUからの移民制限が最優先課題になります。その一方で最大の貿易相手であるEUとの自由貿易をできるだけ損なわないことが2番目の優先課題になります。

メイには離脱清算金やEU市民の権利保護について譲歩する用意があります。しかしEU側は離脱に向けた協議で「十分な進展」が見られない限り、新たな貿易協定など将来の交渉に入らないと頑なです。EU加盟国で反EUポピュリズムが強まる中、EUは「離脱するとろくなことはない」と加盟国に見せしめるため、離脱していくイギリスを追い詰め、この際、取れるものはすべて取ってやれという姿勢をにじませています。

首脳会談の内容をすぐにマスメディアにリークするのは双方の信頼関係を大きく損ないます。メイは「非常に厄介な(手強い)女」になると宣言しました。タフネゴシエーターのメイには「非常に厄介な女」という評判がありましたが、これまで以上にタフにならないと伏魔殿のEUとの交渉はとても乗り切れないでしょう。

離脱清算金について、英紙フィナンシャル・タイムズが独自に試算したところ前払金は910億~1130億ユーロ(差し引きすると最終的には550億~750億ユーロに落ち着く)にのぼる可能性があるそうです。ブリュッセルに拠点を置くシンクタンクBruegelも前払金は820億~1090億ユーロ(同420億~650億ユーロ)に達すると算盤を弾いています。

イギリス国内ではEU離脱に向けた国論が強まる中、EUと加盟国の首脳や官僚はEU防衛のための城壁を築き始めています。イギリスの有権者が1000億ユーロを超える離脱清算金の前払いを了解するとはとても思えません。メイは「悪い合意ならしない方がマシ」と啖呵を切りましたが、今の空気を読む限り、2年後、イギリスが何の合意も得られないままEUを離脱していくという悪夢のシナリオも完全には否定できない状況です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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