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「新・ガザからの報告」(18)(2024年10月4日)―ナスララ殺害の反応とガザの無秩序状態―

土井敏邦ジャーナリスト
(水の配給を待つ子どもたち/撮影・ガザ住民)

【隣家への攻撃】

(Q・この1週間の動きを教えてください)

昨夜、私たちが寝ていたは真夜中、午前2時頃でした。突然、とても大きな声を聞こえました。空全体が赤くなっていて、火事のようでした。燃えるような赤でした。すぐ窓の外を見ました。埃が視界を遮っていたので、見えたのはしばらくしてからです。すると隣の家が消えてしまったんです。家全体が消えてしまったんです。やがてその辺りに人が集まってきました。負傷者を助けようとしていたんです。数分後には救急車が駆けつけました。消防士もこの火災に対処するために駆けつけました。非常に大きな火災でした。最終的には4人が死亡し3人が負傷していました。子どもたちが泣き叫んでいました。とても酷い夜で、恐い経験でした。

 私たちの家にはたくさんの破片が飛び込んで来ましたが、破片が子どもたちや私、妻に当たらなかったのは本当に幸運でした。朝起きて周囲を見ると、部屋中に破片が散らばっていましたから。

(Q・なぜ隣の家が攻撃されたのですか?)

 隣の家の息子の1人がハマスと関係があるんです。ハマス内の彼の地位や任務はわかりませんが、ハマスのメンバーであることは近所でもよく知られていました。

(Q・彼は「アル・カッサム」軍団の戦闘員ですか?)

はい、その通りです。

【イランのイスラエル攻撃、ナスララ殺害への反応】

(Q・あなたの周辺地域、デイルバラ町、ヌセイラート難民キャンプ、ブレイジ難民キャンプなどガザ中部で何が起こっているか教えてください。まずイランのイスラエルへの攻撃に対する反応について教えてください)

 夜の始まりで、7時か7時半頃でした。突然、ものすごい大きな音が聞こえ始めました。空に明るく光る星がたくさん見えました。私たちは自問し始めました。「いったい何が起こっているのか?ロシアと西側諸国との核戦争なのか?」と。

 空では星が互いに争っているかのようでした。空には星が、光が、たくさん点滅していました。私たちはラジオでイランがイスラエルに対して多数の弾道ミサイルを発射したと発表したことを知りました。

 私たちはこの戦いのすべての場面を目撃しました。ガザ地区とイスラエル、ヨルダン川西岸地区は近い地域ですから、私たちは同じ空を見ているのです。私たちは東から飛んでくるイランのミサイルを見ていたし、イスラエルが迎撃ミサイルを発射し、イランのミサイルを阻止しようとしているのを見ていました。それは空で繰り広げられたとても大きな戦いでした。

 ハマス、イスラム聖戦など支持者はこの攻撃を祝い、喜んでいました。イランはイスラエルと戦うと約束を果たしたからです。しかし他の人びとは大きな反応を示しませんでした。彼らは、「我われにはこれらのミサイルとは何の関係もない」と言っていました。一般の人びとはこの事態を何らかコメディ・ショーのようなものだと考えています。なぜなら、ミサイルはすぐに発見されたからです。

 アメリカの衛星が、「ミサイルが上空を飛び、イスラエルを攻撃しようとしている」という早期警報をイスラエルに通報しました。そのため、イスラエル当局は、ミサイルがイラク上空を飛んでいる間、国民を地下の防空壕や塹壕に避難するように呼びかけました。この早期警報により、イスラエル国民には人的被害は出ませんでした。出さないための時間が与えられたのです。このイランの攻撃で死亡した唯一の人物はパレスチナ人でした。

 これがガザ地区、特にガザ中部のパレスチナ人の反応です。

(Q・ヒズボラの最高責任者、ナスララの暗殺に対するガザ住民の反応はどうですか?)

 

 ハマス最高指導者ハニーヤやナスララ、そしてイランによるイスラエルへのミサイル攻撃について話すとき、いつもガザ住民の世論は分裂します。その意見はそれぞれ違い、隔たりがあります。イスラム組織の持者たち、PFLP(パレスチナ人民解放戦線)のような左派の支持者たちは、ハニーヤやナスララの暗殺に対して深い悲しみを抱いています。なぜなら、彼らはイスラエルへの抵抗勢力や親イラン勢力の枢軸、原点となる人物だったからです。ナスララを中心とするヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクとシリアのシーア派民兵組織などは1つのシステム、組織で1つのネットワークとして互いに結びついています。ですから、当然、彼らはナスララ暗殺を非常に悲しみました。

 ハマスは、イスラエルと戦う兄弟であった彼らを失ったことで、もちろん非常に悲しく、残念に思っています。イスラエルに敵対する大きな同盟国を失ったのです。ヒズボラは今、ますます弱体化しています。ですから、ハマスは非常にショックを受けているでしょう。ハマスのガザ地区の最高責任者シンワールやその他の外部指導者も非常にショックを受けています。彼らはイランから多くの支援を受けていますから。

 一方、ファタハの支持者、PLO内の他の左派小政党の支持者、そしてサラフィスト(注・イスラム原理派の中でも、ウルトラ過激派。イスラム教の預言者、ムハンマドの時代、つまり、7世紀の初期イスラム世界に回帰することを目標としている)のようなイスラム教徒のグループの支持者たちは、シーア派の敵対者たちです。ですから、ガザ地区内のファタハ、民主戦線、そしてサラフィストのグループの支持者たちは、ナスララが暗殺されたことに喜んでいます。彼らは、ナスララ暗殺がこの戦争の早期終結につながると信じています。その早期終結の障害が排除されたことで、この戦争が早期に終結するかもしれないと彼らは信じているのです。

 (Q・一般の人々は、ナスララ殺害にショックを受けていないのでしょうか?)

 もちろん、人びとはショックを受けています。不可解なのは、この重要な時期に、ナスララがベイルート市内へ移動したことです、正気とは思えません。

 ご存知のように、ナスララ暗殺の前には、指導者のほとんどが殺害され排除されていました。ナスララの補佐官のほとんどが殺されました。軍事指導者の90%と政治指導者のほとんどが、ナスララ暗殺の前の数週間の間に殺されたのです。

 ですから、人びとは「なぜナスララはベイルートに移動し、自分の派閥と会合を開いたのか?なぜナスララは、自分自身を守り、身を守るための何らかの手段を講じなかったのか?人びとはショックを受けました。なぜなら、厳重な警備体制で知られるナスララが、そのような行動に出るとは誰も予想していなかったからです。

 ご存知のように、ナスララは長年にわたってイスラエルの敵です。彼は30年ほど前からイスラエルに抵抗しています。もちろん、彼はこれまでに何度も暗殺未遂を目撃してきました。それらはすべて成功しませんでした。それでは、今回はなぜ彼はベイルートで移動し、会合を開いたのでしょうか?なぜもっと厳重な手段を取らなかったのでしょうか?

(路上生活をする家族/撮影・ガザ住民)
(路上生活をする家族/撮影・ガザ住民)

【ガザの無秩序状態】

(Q・ガザの人びとの生活、内面、心理的な側面などに何か変化はありませんか?)

 犯罪率はまた急上昇しています。メディアでは誰もガザ地区で今起こっている内戦について語ろうとしません。

 前回話をしたように1人の女性が、ハンユニス市の西部にあるマワシ地区で車を運転していました。その女性の車に向かって武装集団が90発の銃弾を撃ち込んだのです。もちろんその女性は死亡しました。この犯罪は、社会に大きな議論を巻き起こしました。SNSで、街で、ラジオで、この女性がなぜ殺されたのかが問われています。

 また、数日前には、ハンユニスで窃盗団と一般住民の間の争いを目撃しました。そこでは3人が死亡しました。一昨日は、デイルバラ町の市場で商品を販売していた商人が、自宅に戻る途中に殺害されました。彼は車にまとまった金額のお金を積んでいました。商人が毎日多額のお金を扱っていることはご存知でしょう。武装した盗賊が彼を待ち伏せしていました。彼らはその商人に発砲して車を止め、お金を奪いました。

 また、数日前にはヌセイラート難民キャンプで2人が殺されました。彼らはナイフで互いに戦っていました。2人ともお互いを殺してしまったのです。3、4日前には、私たちはこんな事件の話を聞きました。2人についての話です。

 彼らはベイト・ハヌーン出身で、この戦争が始まる前にデイルバラ町に避難しました。そのうちの1人が、もう1人の男が22年前に自分の兄弟を殺した敵であることを突き止めました。その家族は、もう一人の男を殺して兄弟の仇を討つよう、この男に依頼したのです。

 彼は、その男を遠い人里離れた場所に連れて行き、ひっそりと殺すようなことはしなかった。敵の男が糖尿病の検査を受けるためにデイルバラ町の診療所のドアの前で医師を待っていました。すると、別の男がその敵の元に向かい、診療所の中で敵の首をナイフで切りつけ殺害したのです。診療所の中は、羊が屠殺される時にように、あたりが血だらけになりました。その診療所では子どもたちが予防接種を受けていたんです。診療所内にいた人たちが叫び声をあげ、衝撃と深いトラウマを抱えることになりました。3、4日前に起こった事件です。

 酷い状況で、治安は全くありません。ハマスによる治安維持、警察、部族委員会による治安維持はまったく機能していません。

「人民委員会」についてお話をしましょう。数か月前、ハマスが人民委員会という組織を設立したとお話ししたのを覚えていますか。元々、トラックで運ばれる支援物資を守るために作られた組織ですが、その構成員は銃や警棒、そしてカラシニコフ銃を持った若者たちです。彼らは一方で、地区の保護を任務としていました。

 しかし、今ではそれらの委員会は姿を消しました。イスラエ軍が空爆などで彼らの大半を殺害し排除しました。そのため、残ったメンバーは恐怖を感じ、家にとどまり、治安維持活動に再び従事しないことを決めたのです。

 その結果、今では「治安」は完全に空白状態です。ガザ地区のパレスチナ社会の中で、誰も治安を守る者はいません。その結果、犯罪の発生率が急増しているのです。毎時間、発砲事件が起こっています。それによって毎日、死者や負傷者が出ています。その大半がパレスチナ人の武器、ライフルやナイフなどによって殺されています。つまり、これは内戦です。もちろん誰もこのことについて語ろうとはしません。

 彼らはガザの“顔”に化粧だけを施し、ガザを「魅力的で美しい花嫁」にしようとしているのです。しかし、誰も現実、ガザで実際に起こっている真の姿を明らかにしようとはしません。もし私たちが「化粧を落とす」ことを決意したなら、ガザが非常に深刻な状況にあることがわかるでしょう。

 犯罪率は信じられないほど高まっています。家から出るのも、外出するのも本当に怖いという人もいます。イスラエルの攻撃や空爆を恐れているのではなく、無差別発砲を恐れているのです。

 通りで無差別発砲にあうこともあります。誰が発砲しているのか、誰が銃撃しているのかわからないのです。ですから、誤って無差別に殺される人もいるのです。

耳を澄ませば、今、銃声が聞こえます。耳を澄ましてみてください。銃声が聞こえるでしょう?

 内戦です。現在、イスラエル軍はデイルバラ町にはいません。誰と誰が戦っているのかわからない混乱状態です。ギャングや泥棒がいます。ギャングや泥棒のほとんどは武装しています。空の手で犯罪をおかしているわけではないのです。

 時には、有力ファミリーとハマスの間で衝突が起こっています。ハマスは自分たちの存在や威厳を再び確立しようとしています。ハマスメンバーの一部は、住民を調査しようとしています。その人物がイスラエルのスパイではないかと主張しているのです。スパイだと主張されているこの人物のファミリーはハマスにこの人物を引き渡すことを拒否し、ハマスと戦っています。

 確認はされていませんが、ハマス関係者を狙ったサラフィスト(注・イスラム原理派の中でもウルトラ過激派。イスラム教の預言者、ムハンマドの時代、つまり、7世紀の初期イスラム世界に回帰することを目標としている)の狙撃手が、ハンユニス市で活動していると聞きました。彼は熟練した戦闘員で、以前はシリアやイラクでISISと活動していました。この狙撃手は現在、ハマスのメンバー8人を殺害したということです。このニュースの確認は取れていませんが、信頼できる筋から聞いた話です。その狙撃手は、ハマスがガザ地区の警察と治安システムを掌握していた時代に、自分たちを逮捕したハマスのメンバーに復讐しているのだと聞きました。

 犯罪、復讐、ファミリーとハマスとの衝突、そしてもちろん、私が申し上げたように、このサラフィストグループとハマスの間の衝突や作戦があります。

 2009年から2010年にかけて、ハマスはサラフィストグループの指導者を殺害し、おそらく30人ほどの彼の支持者も殺害しました。その指導者はアルカイダの信奉者で、ガザ地区でこのイデオロギーを広めようとしていました。ハマスは当時、ラファのモスクで30人ほどの支持者と共に指導者を殺害しました。

 今、救急車の音が聞こえます。この救急車は先ほどの銃撃現場に向かっています。この銃撃で負傷者や死者が出ているでしょう。

(Q・今、ハマスは戦闘や社会のモラルをコントロールできないのですか?)

 ハマスはできません。ただ彼らがまったくコントロールしていないとは言えず、限定的なコントロール力を持っていますが。

 重要なことを忘れてはいけません。今のハマスは人員も武器、兵器も不足しています。一方で、ガザ地区の有力ファミリーは武装しています。彼らは武器や弾薬を失ってはいません。ですから、ハマスはファミリーに対しては過酷で残酷なやり方はしないようにせざるを得ません。なぜなら、ハマスは以前ほど強くないからです。

 残っている人員、残っている弾薬や武器では、社会全体を変えたり、人びとに対して暴力的な行動を取ったりすることはできません。もちろん、ハマスが統制していないとは言えませんが、限定的な統制力しか持っていません。「ガザを完全に統制している」わけではないのです。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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