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アジア大会バドミントン銅メダルの大堀彩。「ワンランク下の、という評価を覆したい」という思いの一歩。

折山淑美スポーツライター
抗州アジア大会バドミントン女子シングル、銅メダル獲得の大堀彩(写真:アフロ)

 世界のトップランカーが出場するアジア大会バドミントン。個人戦の日本は世界ランキング2位で臨んだ混合ダブルスの渡辺勇大・東野有紗の2位を最高に、銀1銅3という結果だったが、その中でも健闘が光ったのは女子シングルの大堀彩(トナミ運輸)だった。

 準々決勝で勝って銅メダル以上獲得を決めたあと、大堀は静かな口調でこう語った。

「みなさんは多分、私がメダルを獲るとは思っていなかったと思います。正直、自分でもそう思われているとわかっているが、それが悔しかった。ずっと『トップランカーには勝てない、ワンランク下の‥』と思われているのが、すごく自分の中では悔しくて。それは結果でしか覆せないので、その意味ではメダルというのは嬉しいことですけど、今は正直、この大会がすべて終わるまで気が抜けないというか。何かやってくれるんじゃないかという、自分に対する期待も大きいです」

 高校2年でアジアユースU19オープン選手権を制し、世界ジュニアは山口茜(勝山高、現・再春館製薬)に敗れたが準優勝。父親の均さん(現・トナミ運輸)は18、19年世界選手権連覇の桃田賢斗(NTT東日本)などのトップ選手を輩出した福島県富岡高校の監督。女子では169cmと身長も高く期待され、高校卒業の15年にはNTT東日本に入社。翌年には厳しさを求めて女子部がないトナミ運輸に移籍し、17年11月に世界ランキングを13位まで上げて注目された。

 だが1歳上の奥原希望(日本ユニシス、現・太陽ホールディングス)や1歳下の山口が世界のトップで活躍する中、世界選手権は22年まで5回出場しているが、初出場の17年の3回戦が最高と、なかなか壁を突破できずに苦しんだ。

 今大会は世界ランキング20位に上げ、2位の山口に次ぐ2番手としての出場だった。だが山口が、日本初戦の女子団体準々決勝の第1試合で右足を痛めて棄権。それ以降の試合は出ずに帰国することになり、代役としての重責も担うことになった。その中で団体戦の準々決勝は第2シングルで勝ってチームの勝利に貢献。翌日の中国との準決勝は第1シングルで世界ランキング3位のチェン・ユーフェイに敗れたが、第2ゲームを奪い80分の戦いと健闘していた。

 10月3日の個人戦初戦は世界ランキング131位で初対戦の相手。「スーパー500(ワールドツアーの格付けで上から3番目)以上の試合では過去に対戦がないというのはめったにないので、最初は正直『怖いな』という思いがあって警戒し過ぎた」というように、第1ゲームの序盤は先行された。だが中盤から盛り返して21対13と21対14で勝利。大堀の生真面目さが出た試合だったが、「メンタルでのカバーをしっかり準備してきている。気持があればなんとかなると思っていた」と、勝因を説明する。

「以前は練習の中でもすごく波があり、疲れた時は『今日は休みます』という感じだった。そういう甘さが勝てない原因だと見つめ直し、すごく疲労が溜まっている時でも我慢して頑張って。本当に小さなことだけどそれを課題としてずっとやってきたので、その日々の積み重ねが少しずつ実ってきているのかなと思います」

 それを真剣に考えたのは、ナショナルA代表からB代表に落ちていた3年前から昨年5月までの間だったという。これまで出られていた海外の試合に出られなくなった中で、「ここで折れていては、一生それ以上にはいけない。なんとかもう一回頑張ろう」と思った。

 だが次戦のタイ・ツーイン(台湾)は強敵だった。前回の覇者で現在はランキング4位だが、20年3月から22年4月まで1位を維持し続けた実力者。大堀はまだ勝利したことがなかった。それでも前日は「トップランカーで私より格上だが、団体戦からいい形でもってこられているので、チャンスは絶対にあると信じてやりたい」と話していたが、試合は予想外の結果になった。

 序盤は互いに連続ポイントを奪い合う展開。「前半は点数は五分だったけど、スパッと切られてラリーをさせてもらえなかったり、ライン際を狙って打ち返せなかったりと自分のペースではなくやりづらかった」という。だがラリーに持ち込むために頑張って拾っていると、相手のミスが目立ち始めて第1ゲームは21対16で先取。第2ゲームも中盤まで競り合ったが、相手はラインオーバーの失点が多く終盤に突き放して21対14でストレートで勝利した。

「初めての勝利がこういう感じだったので、ちょっとビックリというか・・。自分はパワー勝負になるとまだ勝てないというのがあるし、飛ばないシャトルではあまりやりたくないので羽が崩れたらこまめに替えるなど、いろいろな作戦が実っての結果だと思います。2ゲーム目も前半はシーソーゲームだったが、勝ち急がなかった。そこで勝てると思わず『ファイナルまでいく』と思って気長にいったのが、相手が嫌がる理由になったのかもしれない」

 タイの団体戦1回戦は格下の相手で、日本との準々決勝は1ゲームを先取したあと、2ゲーム目途中で山口が棄権して終了となった。さらにその4日後の個人戦1戦目もタイはモンゴル選手を相手に19分で完勝と、試合らしい試合をしていない状態で大堀と当たった。相手が試合勘をつかみ切れていなかったという幸運もあった。

「今まで一度も勝ててなかった相手に、この大舞台で勝てたのはすごい自信になりました。ここまで来たらメダルを持って帰りたいという気持が日に日に強くなっているというか。今までそういう欲をなかなか持ちきれなかったけど、今日でなにか、持てた感じで‥‥。これまでは実力も無かったし、上の相手に食らいつくというメンタル面での不足もものすごくあったけど、今は少しずつではあるけど、五輪レースを通して成長しているのではないかと思います」

 準々決勝も世界ランキング7位のグレゴリア・M・トォンジュン(インドネシア)と格上の相手だったが、今度は幸運だけではなかった。ラリーに徹するという思いと、ファイナルゲームまで戦うという覚悟が勝利を導いた。

「相手は多分、タイ選手が上がってくるより、私の方がチャンスだと考えていたと思う。その心の隙を突くという気持でやってやろうと思っていました」

 第1ゲームの前半は大堀が簡単にリードする予想外の展開で21対10とあっさり終わった。第2ゲームはスピードを上げた相手に序盤は2対7とリードされたが、ラリーに徹すると相手も嫌な顔をするようになり、中盤からは1点差で互いに点を取り合う展開に持ち込んだ。「ファイナルまでやるつもりでいたけど、すぐにそう切り替えてしまうのももったいないので、いけるところまで頑張って点を取ろうと思った」という大堀は一度逆転し、19対19にされたところから2点連取して勝利を決めた。

 今回の会場は他の多くの大会とは違い、風がほとんど無かった。それで安心してレシーブに集中できた。「正直、体はけっこう疲れてきているけど、気持しだいでベストパフォーマンス以上のパフォーマンスができるんだと自分自身に言い聞かせて‥‥。靱帯が切れるとかアキレス腱が切れるようなケガが無い限り、どんなケガでも試合はできるし、乗り越えられると思うようになっているので、今は本当にメンタルがすごく安定していると思います」と気持も充実していた。

 メダル獲得を決めて、気持も高まった大堀。準決勝の相手は団体戦で敗れているチェンで、「正直、すごく勝ちたい」とまで言う相手。第1ゲームはラリー戦に持ち込んで中盤でリードすると、18対14から4連続ポイントを与えて並ばれたが、そこから3連続ポイント奪取で21対18とゲームを先取した。

 だが地元開催で気力も充実する実力者の壁は厚かった。序盤からスピードを上げてきた第2ゲームは序盤を4対5と競り合ったが、そこから9連続ポイントを奪われるなど、10対21でゲームを取られた。準々決勝まではラリーに持ち込んで相手のミスを誘っていたが、この試合では大堀がサイドラインをオーバーするミスを多発するようになっていた。

「2~3点差でずっと我慢できていたら、昨日のような最後の2~3点でという可能性もあった。でも相手はポイントポイントでスピードを上げてくるので私もラリーを嫌がるというか、少しずつ少しずつ外側にシャトルを出してしまって‥‥。もう少し内側勝負でラリーを続けるべきだったけど、その時は興奮状態で冷静に分析できていなかった部分もあって。素直に、相手のその辺のやり方がうまいなと思いました」

 ファイナルゲームもそんな状況を立て直せず、チェンの存在感に圧倒されるように8対21でゲームを奪われて敗退した大堀。「2ゲーム目に入ってスピードを上げてきたのも、相手の経験の豊富さやフィジカルの強さだと思う。私はまだフィジカルも足りなくていっぱい一杯になったイメージがあるので悔しいですね。私もああいう風にできたらなと思いました」と反省する。

「始まる前はこの大会がすごく大事だとは思っていたが、自分の中ではメダルを獲るというような具体的な目標はなく、納得のいく試合をしようとだけ思っていました。そういう意味ではベスト4まで今の実力で勝ち残れたというのは、そこまでの試合で100パーセント、120パーセントの力が出たのかなと思うので。ここに来るまでの過程では自分なりにすごく苦しんで、我慢してやったつもりなので、銅メダルは喜んでいいかなと思います。ただこれが五輪へ向けての通過点だと思うと、思い切り喜ぶこともできないし。もっともっと気持を引き締めてやらなくてはいけないと思います」

 こう大会を振り返る大堀だが、このアジア大会はBWFワールドツアーのファイナルズに次ぐスーパー1000として認定される大会になったため、ベスト4進出で8400ポイントを獲得。10月10日付けの世界ランキングでは17位まで上げた。またパリ五輪出場権は、ランキング2位に山口がいる現状では2枠目は16位以内に入るのが条件だが、その対象となる5月1日以降の試合のランキングも前の週は19位で圏外だったものを14位まで上げ、1国最大2名という条件の中国勢を除けば12位にランクインした。

 これから本格化する出場権争いはまだ厳しく、安心はできない状況だ。だが大堀にとって、この大会で格上を相手に勝ち上がった経験や、準決勝でチェンに敗れた悔しさは、その熾烈な戦いへ向けた貴重な財産になったはずだ。

スポーツライター

1953年長野県生まれ。『週刊プレイボーイ』でライターを始め、徐々にスポーツ中心になり、『Number』『Sportiva』など執筆。陸上競技や水泳、スケート競技、ノルディックスキーなどの五輪競技を中心に取材。著書は、『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)など。

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