オートバイのあれこれ『競わない楽しみもあるよね。』
今日は『競わない楽しみもあるよね。』をテーマにお話ししようと思います。
1985年(昭和60年)、ヤマハから1台のオフロードモデルが誕生しました。
『SEROW(セロー)』です。
レーサーレプリカブームがまっただなかの80年代半ば、ヤマハは「競わない楽しみ」というコンセプトの下にセローを開発。
レプリカブームと聞くと、どうしてもオンロードモデルばかりをイメージしがちでしょう。
しかし実は、オフロードカテゴリーにおいても「速いバイクほどエラい」というようなスペック至上主義が幅を利かせており、そのようななか「競わない」という文言とともに登場したセローはまさに、当時のトレンドへのアンチテーゼ的存在だったといえるでしょう。
ちょうど、セローの数年後に出てくるカワサキ『ゼファー』と立ち位置が似ていたかもしれません。
扱いやすさ重視のエンジン、コンパクトな車格、ソフトな足まわりがセローならではの特色で、その外観こそ他のオフロードモデルと大きくは違いませんが、実際の乗り味としてはやはりセローは独特だったといっていいでしょう。
「走る」「曲がる」「止まる」というオートバイの基本三要素に、「転ぶ」という要素も加えて開発されたセローらしく、スタックバー(手で掴んだり、ロープを括りつけられるパーツ)等のパーツが標準装備されていたのもポイントです。
ちなみに「セロー(SEROW)」というワードは、「ヒマラヤカモシカ」を指す単語。
ヒマラヤカモシカは温和な性格で、足の先のひづめが柔らかいのが特徴です。
ソフトな足(サスペンション)で、穏やかに山の中を駆ける。
ヤマハの開発陣は、ヒマラヤカモシカの生態をオートバイへ落とし込んだのです。
セローは当時のレプリカブーム下でデビュー直後こそ目を見張るようなセールスは見せませんでしたが、89年のモデルチェンジを境に、その売れ行きはグングン伸びていくこととなります。
どういうことかというと、89年の仕様変更にてセルスターターが搭載され、これが親切装備ということでオフロードビギナーなどから支持を集めたのです。
実はオフロードビギナーにとって、オフ車のキックスターターは悩みのタネでした。
平坦なアスファルト上でさえシートが高くて地面を踏ん張りづらいのに、オフロード走行ではぬかるみやデコボコの岩場でキックを踏まなければならないケースも多々あり、「キックオンリー」のバイクはなかなかツラかったのですね。
一方、シート高が低くて足を地面に着きやすく、また手元のセルボタン一つでエンジンを始動できるセローは、特に初・中級者からイージーに乗れると好評を得て、やがてヤマハの人気車の仲間入り。
以降、山の中をゆっくりトコトコ楽しむ「マウンテントレール」という遊び方も広く認知されるようになり、セローは結果的に2020年まで販売が続くロングセラーモデルとなったのでした。