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秦剛外相が語る中国の外交方針と日本の踏み絵

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
全人代の流れの中で記者会見する中国の秦剛外相(写真:ロイター/アフロ)

 3月7日、全人代(全国人民代表大会)の記者会見で秦剛外相が中国の外交方針の本音を2時間近くにわたって語った。「ロシア、ウクライナ、台湾、アメリカそして日本」に関する回答をテーマ別に考察する。そこで見えてきたのは日本に対して迫っている「踏み絵」だ。全文は中国語で9000字、日本語に訳すと1.5万字ほどあるので、以下、記者の質問は省略し、要点のみを記す。( )内は筆者注。

◆中国外交の基本姿勢

 国内でのコロナ情勢も好転を見せているので、中国外交はアクセル・キーを押して「集結号」列車を走らせる段階に入った。中国の核心的利益を守るという使命のもと、あらゆる形態の覇権主義や権力政治、冷戦精神、陣営の対立と封じ込めと弾圧に断固として反対し、国家主権、安全、開発権益を断固として守る。

 中国は、主要国間の良性の相互作用を促進し、他国との友好協力を発展させ、新しいタイプの国際関係の構築を促進する。ディカップリングや一方的な制裁に反対し、開放的で包摂的な世界経済を守る。

 われわれは多国間主義を軸として、人類運命共同体の構築を促進し、公正で合理的な方向へのグローバル・ガバナンスの発展を促進し、人類が直面する共通の課題を解決するために中国の知恵と解決策を提唱して国際社会に貢献したい。

 中国式現代化の達成は、「現代化=西洋化」の神話を打ち破り、新しい形の人間文明を生み出し、世界のどの国にも、平等に自己独立と自己決定があり得ることを示した。 中国の発展は、すべての国に自主独立の権限があることを証明している。(筆者注:アメリカの価値観だけが世界の価値観ではなく、中国は多くの発展途上国や新興国とともに歩んでいくということを言いたいものと解釈できる。)

◆ロシアに関して

 一部の国は、冷戦同盟のフィルターを通して中露関係を見ることに慣れている。 しかし中露関係は、「同盟を結成せず、対立をせず、いかなる第三者に対しても脅威を与えない」ということを軸にしている。中露関係は、世界が激動すればするほど着実に進んでいく。

 中露首脳の交流は中露関係の羅針盤だ。中露両首脳の戦略的指導の下、新時代における中露の包括的な戦略的パートナーシップは、より高いレベルで前進し続けると信じている。

 中露貿易で、どのような通貨を使うかに関してだが、答えは簡単で、どの通貨が使いやすく信頼できるかによって決まる。国際通貨は、「一方的な制裁のキラー・ツール」になってはならない。そのような危険性をはらむ通貨を使用するのは賢明ではないだろう。

◆ウクライナに関して

 ウクライナ危機はもともと回避可能な悲劇だった。その本質はヨーロッパの安全保障ガバナンスにおける矛盾にある(筆者注:旧ソ連が崩壊したあと、NATOは東方拡大をしないと約束したのに、その約束を破って東方拡大した結果起きたというのが中国の解釈)。中国は常に、「平和と戦争」ならば「平和」を選び、「対話と制裁」ならば「対話」を選び、「戦火の冷却と煽り(火に油を注ぐ)」ならば「冷却」を選ぶ。

 しかし一部の国は「戦火が消える」のを好まない。「見えざる手」が紛争を前進させている。

 中国はウクライナ危機の産出国でもなければ当事者でもなく、紛争当事者のいずれにも武器を供給しない。それでもなお、なぜ中国に責任を負わせようとするのか?中国は決して、そのような脅迫を受け入れない。

 数日前、中国は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」という文書(筆者注:和平案)を発表し、すべての国の主権の尊重、冷戦精神の放棄、停戦と和平交渉の開始など12項目を提案した。

 いま必要なのは「火に油を注ぐ」ことではなく、「火を消すこと」だ。その重大な岐路にいるにもかかわらず、紛争・制裁・圧力によって問題を解決しようという連中がいる。今必要なのは冷静さと正気と対話だ。すべての当事者の正当な安全保障上の懸念が尊重され、ヨーロッパの長期的な平和と安定を達成する方法を見つけるべきだ。

◆台湾問題に関して

 今日は必ず台湾問題に関して質問が出るだろうと思って、中華人民共和国憲法を持ってきた。憲法の前文には次の2つの文章がある。

 ●台湾は中華人民共和国の神聖な領土の一部だ。

 ●祖国統一という大業を成し遂げることは、台湾同胞を含む中国人民全体の神聖な職責である。

 このように、台湾問題の解決は中国自身の問題であり、いかなる外国にも干渉する権利はない。最近、アメリカ政府高官が「台湾問題は中国の内政ではない」と主張しているが、これに対してわれわれは断固として反対し高度の警戒を続ける。

 (台湾)海峡両岸に住む者にとって、われわれは「一つの家族」である。その「家」の名を「中国」と呼ぶ。骨肉の同胞として、われわれは最大限の誠意と最大限の努力をもって祖国の平和統一を実現する。同時に、必要なすべての対策を講じるオプションを保持している。中国の「反国家分裂法」は明確にそのことを規定している。もしこの法律に違反する行動があった場合は、憲法と法律に従って行動しなければならない。国家主権と領土保全を守る中国政府と中国人民の強い決意、確固たる意志、強い能力を過小評価してはならない。

 台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、中米関係の政治的基盤の基盤であり、中米関係において越えてはならないレッドラインだ。

 アメリカに聞きたい。

 アメリカはウクライナ問題について主権と領土保全を尊重すると主張するのに、なぜ台湾問題については中国の主権と領土保全を尊重しないのか?

 中国がロシアに武器を提供しないよう要求しながら、なぜ(1982年8月17日の米中間の約束である第二次上海コミュニケに違反して)長期にわたり台湾に武器を販売し続けるのか? 地域の平和と安定の維持などと語りながら、一方では密かに、いわゆる「台湾壊滅」計画を策定するのはなぜか?

 (筆者注:ここにある「台湾破壊」計画とは2023年2月16日に、ホワイトハウス関係のラジオ放送の司会者で政治アナリストでもあるガーランド・ニクソンが書いたツイートのリークを指している。2月21日に台湾の三立新聞網が報道している。そのツイートの画面を以下に掲載しよう。

原典:ガーランド・ニクソンのツイート
原典:ガーランド・ニクソンのツイート

 ガーランド・ニクソンは次のように書いている。

 ――ホワイトハウスのインサイダーはリークしました。「ネオコンのウクライナ・プロジェクトよりも、もっと悲惨な惨劇が起きるとしたら(次は何になりますか)?」と聞かれたバイデン大統領は「まあ、台湾破壊という、われわれの計画を見ればわかるさ。それまで待ってるんだな」と回答した。

 秦剛外相が言った、【いわゆる「台湾破壊」計画】は、このことを指しているものと解釈できる。筆者は実はこのリークが出された瞬間に、「バイデンの失言か」」という見出しでコラムを書こうとしたのだが、「リーク」なので、その信憑性を確認してからにしようと自分に言い聞かせ控えていた。しかし秦剛外相が世界に向けた記者会見で、この「台湾破壊」に触れたので、説明のために書いた次第だ。)

 台湾海峡の平和と安定に対する真の脅威は「台湾独立」分離主義勢力だ。アメリカが本当に台湾海峡の平穏を望むなら、「台湾を利用して中国を封じ込める」のをやめ、「一つの中国」の原則に戻り、中国に対して承諾したコミュニケを遵守し、「台湾独立」に明確に反対し停止させるべきである。

◆アメリカに関して

 アメリカは中国を最も大きなライバルと位置付け、何としても中国をやっつけたいと思っている。アメリカは、「アメリカを再び偉大にさせよう」と必死で、それはそれでいいことだが、「そのために他国の発展を許さない」というのはあるべき姿ではない。中国の台頭を怖れるあまり、ひたすら中国を封じ込め弾圧し、一方的な制裁を加えているが、アメリカが本当に偉大な国であるのなら「他国の発展をも受け容れるだけの度量」がなくてはならない。

 私は去年までアメリカで働いていたが、ロサンゼルスのロングビーチの港湾労働者が「私の家族の生計は中国との貨物貿易に依存しているんです。だからアメリカと中国は一緒に繁栄していかなければ困ります」と私に言った。なんと感動的な言葉だろう。アメリカの国民はこのように現実を肌で感じ取っているが、アメリカ政府は国民の利益とは逆方向のことばかりしている。

 習近平国家主席は、米中がお互いの関係をうまく処理できるかどうかは、世界の未来と運命に関わってくると指摘した。アメリカ政府が米中両国民の声に耳を傾け、米中両国と世界にとって有益な道を共同で模索することを願っている。

◆日本に関して

  45年前、日中両国は「中日平和友好条約を締結し、日中関係の発展の原則と方向性を初めて法的に確認した。かつて日本の軍国主義は中国という国家に深刻な害をもたらし、その痛みはまだ中国人の間に残っている。歴史を忘れることは裏切りを意味し、罪悪感を否定することは、その罪悪を再びくり返すことを意味する。中国は常に日本に対して善隣と友好を期待してきた。しかし、日本側の一部の人々が隣人をパートナーとしては受け入れず、中国を封じ込めるために「新冷戦」に参加するとなれば、両国間の古い傷は再び疼(うず)くだけでなく、新しい痛みを加えることになる。

 「中日平和友好条約」は覇権主義への反対を明確に規定している。われわれは市場原理と自由と開放の精神を堅持し、協力を強化し、産業チェーンとサプライチェーンの安定と円滑さを共同で維持し、世界経済の回復に推進力と活力を注入すべきだ。

 しかし日本は現実では反対の方向に動いている。

 「インド太平洋戦略」は「自由と開放」を誇示しているが、実際には徒党を組み、閉鎖的で排他的な小さなサークルを作ってばかりいるのではないか?

 「地域の安全保障を維持する」と主張しているが、実際には「対立を引き起こし」、「アジア太平洋版のNATO」を計画している。「地域の繁栄を促進する」と提唱しながら、実際には「サプライチェーンを断ち切り」、「地域の一体化を破壊する」ことばかりに専念している。

 アメリカは「中国を取り巻く戦略的環境を形作る」と公然と主張しており、それは「中国を封じ込める」という「インド太平洋戦略」の真の目的を達成することでしかなく、最終的にはASEANを中心とした開放的で包括的な地域協力の枠組みに痛みを与え、米中のどちらを選ぶかという踏み絵を強制している。

 アジアで冷戦をくり返すことを許してはならず、ウクライナ型の危機をアジアに持ち込むことも許してはならない。(記者会見の紹介は以上。)

 本来なら中国共産党による一党支配体制は1989年6月4日の天安門事件で崩壊していたはずだ。しかし日本は「中国を孤立させてはならない」として対中経済封鎖を解除させた。その結果、経済大国となっていく中国との貿易を深め、日本の最大貿易相手国が中国であるという現実から抜け出せなくなっている。

 だから国会議員の中で最も親中であるような林芳正議員を、岸田首相は外務大臣に選んだ。そのような中で対中包囲網に猛進するバイデン政権と、秦剛外相が言うところの「徒党を組んでいる」。

 踏み絵を迫られているのは、ASEAN諸国よりも日本ではないのか。

 もしそうでなかったら、日本は秦剛外相が表明した外交方針の一つ一つに明確な反論を示すといいだろう。そして日本自身の外交戦略を、日本自身の力で形成すべきだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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