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イスラエルがイランへの「報復」を決定する中で看過される異常事態

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イランとイスラエルとの対立は、2024年4月13日にイランがイスラエル領を各種ミサイルや無人機で攻撃したことで新たな局面を迎えた。イランはこの攻撃を、4月1日にイスラエルがシリアの首都ダマスカスにあるイランの領事館を爆撃し、革命防衛隊幹部を含む建物にいた者を皆殺しにした件への反撃と位置付けている。イスラエルがイランの領事館を爆撃したことだけでも、状況を悪化させるのが不可避な暴挙なのだが、イスラエルは13日のイランからの攻撃に「報復」することを早々と決定した。アメリカだけでなく本邦を含む各国が「自制」を呼びかける中で、イスラエルがどのような行動に出るかが目下最大の関心事となっている。いくつか可能性があるようだが、16日の時点で3つのシナリオが予想されるとの報道が出回っている

 第一は、行動の規模や質を最も抑制したもので、イスラエルがイランに対しサイバー攻撃だけを実施するというものだ。第二はサイバー攻撃とともに少数の軍事基地・施設を攻撃するというもの、第三はイラン全土の戦略拠点の軍事施設にサイバー攻撃と物理的な攻撃をかけるというものだ。ここで問題になるのは、既に「報復」に参加しないと表明しているアメリカがイスラエルの行動を容認するかだ。しかし、イスラエルは4月1日のイラン領事館攻撃についてアメリカに何の相談も通知もしていなかった模様で、今後の「報復」についてもイスラエルがアメリカに事前の相談や警告するとは限らないだろう。

 もう一つの問題は、「報復」の場所がどこになるかだ。アメリカは、「イランのどこかに対する限定的な攻撃」になるだろうとの情報を得ているとのことだ。イスラエルとイランとの能力の差に鑑みれば、前者がその気になれば後者のほとんどの場所をいつでも攻撃できるだろう。また、そうする場合、ヨルダン、イラク、シリアの上空のようなアメリカが軍事的に制圧している空域を使用・通過することになるのだが、仮にアメリカが「報復」に参加・同意していなくても、イスラエルからの事前通知がなくても、アメリカが実力行使で「報復」を阻止するようなことはないだろう。読者諸賢には、「イスラーム国」対策として各国にいるはずのアメリカ軍が、シリア、ヨルダンの上空でイスラエルを防衛するために一生懸命イランから飛来したミサイルや無人機を迎撃したこととの落差を想像してほしい。また、イスラエルの閣議では「報復」の場所については、イラン以外の場所も挙げられているようだ。その場合は、レバノン、シリア、イラクで活動する「抵抗の枢軸」の重要人物や施設が大規模な攻撃を受けることになるだろう。レバノンのヒズブッラー、シリアで活動する「イランの民兵」、イラクの人民動員隊諸派や、これらの3国で活動するイランの革命防衛隊が具体的な対象と思われる。

 ここまでの議論や報道で面妖なことは、イランとイスラエルが暗闘を繰り返し、今般直接対決の局面に差し掛かっている際、両者の間にあってその領域が蹂躙される諸国について、各国が領域を蹂躙されることにも、場合によっては主な攻撃対象にされることにも誰も疑義を呈したり、非難したり、そうすることを控えるよう求めたりしないことだ。レバノン、シリア、ヨルダン、イラクは、イスラエルに隣接していたり、アメリカ軍が駐留していたりと、いやおうなしに紛争の当事者なのだが、だからと言って自分の頭上で勝手に交戦されたり、他国の戦争の攻撃対象にされたりしていいわけではない。確かに、イランがレバノン、シリア、イラクなどに仲間を配置するのは、なるべく敵方に近い所で低強度の紛争を継続して、戦争を自国領から遠ざけるためだ。しかし、今後その仲間たちをイスラエルの「報復」の身代わりのサンドバックのように差し出すというのなら、それは実に格好が悪いことだ。「抵抗の枢軸」の参加者たちは、各々個別の利害や状況判断に基づいてそうしているにすぎず、イランの身代わりに自ら進んでイスラエル(とアメリカ)にぼこぼこにされようとする当事者などいない。

 一方のイスラエルも、先制攻撃で「脅威」を除去するとの発想や自衛であるとの主張の下、当然のようにレバノン、シリア、そしてパレスチナを攻撃し続けている。名目が何であれ、他国の領域への侵犯や攻撃は、本来とがめだてされるべき行為だ。ここに至るまで長年イスラエルの行為が不問に付されるどころか「正しい」と錯覚されていることにも大きな問題がある。イスラエルによるレバノン、シリア、パレスチナへの侵害行為が日常化し、関係者一同感覚がマヒしてしまっている異常事態だ。残念ながら、「国際社会」なるものは、構成員(様々な国家や非国家主体)ルールや規則の遵守を強制する機関も権力もない危うい世界であり、強者が決定を壟断し、弱者は蹂躙されるがままにされる厳しい世界だ。そんな世界の中で、いかに生き残るか、いかに自らの利益を最大化させるかを巡って様々な国家・非国家主体がしのぎを削る様こそが、「国際関係」なのだろう。しかし、だからと言って領域を侵害されるがままにされ、誰もそのことについて触れようともしないというのは、法、正義、人道、道徳が重んじられているはずの外交や報道の世界の中でやっぱり異常なことに見える。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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