個人がアップルに勝つための特許戦略
日本の個人発明家(齋藤憲彦氏)がアップルを相手取った特許侵害訴訟で約3億円の損害賠償を勝ち取ったニュースはまだ記憶に新しいでしょう(関連過去記事)。判決も確定したので、どのような経緯であったのかを簡単に分析してみましょう。
対アップルの訴訟で使われた特許は特許3852854号です。出願番号は特願2005-133824ですが、これは1998年出願の平10-012010の分割出願です。元出願の方は拒絶が確定しています。
時系列を整理してみると以下のようになります(審判関連は省略)。
1998/01/06 元出願の出願
2001/10/23 iPod第一世代発表
2005/05/02 分割出願の出願(実効出願日は元出願の出願日である1998/01/06となります)
2005/09/02 元出願の拒絶
2006/09/15 分割出願の登録
2007年2月頃 アップルとの裁判開始
元出願のクレームは以下のとおりでした。
タッチセンサーとプッシュスイッチを重ねて配置した点がポイントですが、これだけでは進歩性がないということで拒絶になっています。
分割出願のクレームは以下のようになっています(訂正審判後)。
ひと言で言うと、元出願のクレームに限定を加えて進歩性を確保しつつ、アップルのクリックホイールに対して特許侵害を容易に主張できるようにするという「一挙両得」を達成しています。素晴らしいクレーム作成テクニックとしか言いようがありません。
アップルのクリックホイールが世の中に出てからそれに合わせているのは「後出しじゃんけん」のように見えますが、分割出願のクレームに盛り込まれた限定はすべて(アップルのクリックホイール登場前の)1998年時点の元出願に含まれていますので「後出し」ではありません。出願時点で書いてなかったことを後から追加することはできません(新規事項追加の禁止)が、出願時点で書いてあったことを後から権利範囲に含めること(通称、クレームアップ)は問題ありません。
このような巧みな特許戦略のためには、時代に先んじたアイデアを発明することは当然として、少なくとも以下の点に留意する必要があるでしょう。
1.明細書にはさまざまな派生アイデアを盛り込んでおく
ひとつのアイデアだけで出願して拒絶されればあきらめるという「一発芸的」特許戦略もないとは言えないですが、最初の出願時点で思いついていた関連アイデアをできるだけ明細書に取り込んでおけば、後になって補正の材料にできます。拒絶理由に対抗することもできますし、別の局面から特許化することも可能になります(今回はその両方がうまくいった例です)。
2.特許出願の審査係属状態をできるだけ長く維持する
明細書に様々なアイデアを盛り込んでいても、それを権利化されるよう補正できるのは出願が特許庁に係属している間だけです。特許が登録されたり、拒絶が確定してしまうともはや補正は不可能です(登録された権利の範囲をさらに限定することはできますが、範囲を広げたり、別の局面から権利化することはできません)。
ゆえに、分割出願等のテクニックによりできるだけ審査係属状態の出願を残しておくことが重要です。ただし、永遠に審査係属状態を維持できるわけではないですし、費用もかかりますので自ずから限界はありますが。
3.プロフェッショナルのサポートを得る
個人でも、ネット上の情報を参考に書類を作成し、出願して、権利化することは不可能ではないですが、それをマネタイズに結びつけるのは容易ではありません。
少なくとも、侵害訴訟を行なうためには弁護士のサポートがほぼ不可欠です(本人訴訟というケースもないわけではないですが)。また訴訟中の特許権管理(無効審判への対応等)には、(ポジショントークは承知の上で言いますが)弁理士、あるいは、技術に詳しい弁護士のサポートが不可欠です。
斎藤氏の場合にも、実力のある弁護士・弁理士と縁があったことが勝因のひとつと言えるでしょう。弁護士・弁理士を雇うにはそれなりの費用がかかりますが、着手金低め、成功報酬多めで引き受けてくれる事務所もあります(ただし、特許権が相当に強力で勝てる見込みが高い場合に限ると思います)。今回もそういうケースではなかったのかと想像します。