幸せいっぱいのミュージカル、宝塚歌劇花組『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』
禁酒法時代のニューヨークでプレイボーイな御曹司と酒の密売人の女の子が恋に落ちる? よくある身分違いの恋の話と思いきや、登場人物もストーリーも一筋縄ではいかなかった。えっ?そうなの?そうなの? と二転三転の展開にハラハラドキドキ、ふと気が付けばたくさんのハッピーなカップルが誕生している。
東京国際フォーラムホールCにて上演された宝塚歌劇花組公演『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』は、一見古めかしい設定のわりに今の私たちの心にも刺さるメッセージが満載だ。じつは『Oh,Kay!』という1926年初演の作品をブラッシュアップして新作に仕上げ、2012年にブロードウェイで初演されたという作品なのだった。潤色・演出の原田涼がタカラヅカらしいアレンジを加え、華やかさの中に知性とセンスを感じさせる作品に仕上がっている。
愛すべき個性的なキャラクターが次から次へと登場する。4度目の結婚式を明日に控えている御曹司ジミー(柚香光)。だが、どうやら本人は恋を存分に楽しめばいいと思っており、女性を惹きつける魅力も備えている。そのくせ母親の手前、きちんと身を固めたいとも思っているから、気がついたら結婚している。そんな感じの天然プレイボーイである。
いっぽう、つなぎのズボン姿がよく似合うビリー(華優希)は、見かけはキュートだが実はすご腕の酒の密売人だ。裏社会で懸命に仕事に励む姿は健気でさえある。彼女がジミーの別荘に大量の酒を隠すべく運び込んだことから、ジミーも捕物騒動に巻き込まれてしまう。そして、こともあろうに、この2人が恋に落ちてしまうのだ。
ビリー率いる密売人トリオがこれまた愉快だ。三人の中では一番のしっかり者で大人の男の落ち着きを感じさせるクッキー(瀬戸かずや)。にわか執事姿が妙にサマになるのは1年前の瀬戸の主演作『マスカレード・ホテル』を彷彿とさせるからだろうか? 逆に、要領は悪そうだが人の良さがにじみ出るデューク(飛龍つかさ)。三人三様のいいチームである。
ジミーの4人目の婚約者のアイリーン(永久輝せあ)は登場するたびに場をさらう強烈なキャラクターだ。父は上院議員かつ裁判官かつ牧師のマックス(和海しょう)、おばは禁酒婦人会代表のエストニア公爵夫人(鞠花ゆめ)というお堅い家柄だが、自称「世界的モダンダンサー」だけに、どうやら生活全てにモダンダンスが根付いているようである。
ビリーの取り巻きの女性たちのひとりであるジェニー(音くり寿)。女性が色仕掛けでお金持ちの男性に迫るという昭和な設定をあっけらかんとやってのける技がむしろ気持ちいい。そして、ビリーの一味を追うベリー署長(汝鳥伶)の味わい深さも一筋縄ではいかない。
だが、この作品の魅力の肝は何といってもジミーとビリーが互いに惹かれていく、その説得力にある。御曹司のプレイボーイと酒の密売でがんばっている女の子、身分違いの恋と言ってしまうと陳腐だが、その二人が少しずつ惹かれあっていく過程が繊細に描かれ、キュンとさせられる。要所要所で流れる、聞き覚えのあるガーシュインの名曲の数々も心を浮き立たせてくれる。
考えてみれば、この作品の時代と今は似ている気がする。禁酒法の時代、どう考えても守れっこない法律を前にして、人はそれぞれの向き合いかたを考えただろう。ある人は法を厳守する余り自粛警察ならぬ禁酒法警察と化し、ある人は法の網をすり抜けて大儲け。そんな有様がこの作品でも描かれている。
同じように今もコロナ禍、そして効果が見えない緊急事態宣言下で右往左往しながら、自分はどう振舞うべきかを誰もが模索している。
だが、そんな混乱の時代の渦中にあってもなお揺るがぬもの、それが人の「愛」なのではないか? この作品を見ているとそんな気がしてきた。だとすればそれは、せち辛い世の中の希望の光だ。
日本の商業演劇界にありがちな、安易な海外ミュージカル偏重主義が好きではない。だが、このチョイスは「いい仕事」だと思った。
自分の仕事に誇りを持つことの大切さ、幸せは決してお金では買えないこと(でもサムマネーは必要)、そして、人生には楽しみが必要なこと…たくさんの素敵なメッセージが詰まっているこの作品に、今この時期に出会えた幸運に感謝だ。そして、柚香光・華優希のトップコンビでこの作品が見られた幸運にも感謝したいと思う。
※なお、結末ではジミーとビリーの他にもいくつかのカップルが誕生する。ぜひ観劇後に人物相関図に新たな線(そして、もう一人の重要人物)を書き加えてみてください。