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マスコミがこぞって報道した「トヨタの水素エンジン」。なぜここまで注目されたのか?

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ドライバーの小林可夢偉とカローラ・スポーツ【写真:DRAFTING】

「トヨタが水素エンジン車 24時間レースに出場 世界初」

(毎日新聞)

「トヨタ社長、耐久レース出走! 開発中の水素エンジン車で」

(時事通信)

「水素エンジン車でレース参戦 トヨタの狙い 脱炭素へ新たな選択肢に」

(フジテレビ)

などなど日曜日から月曜日のYahoo!ニュースの「経済」「スポーツ」枠はとにかく「トヨタの水素エンジン車によるレース参戦」のニュースが並んだ。ホンダのF1モナコGP優勝も大きく報じられ、なぜか2つのニュースを無理やりドッキングして報じる便乗記事も登場するなど、ネット上でとにかく「バズ」ったのだ。

私も実際に富士24時間レースにアナウンサーとして携わっていたので、モータースポーツの記事が次々に配信され、友人から「レースのニュースを見たよ」と言われる状況はとても嬉しかった。モータースポーツのファンならきっと同じ気持ちになっただろう。それほど近年稀に見る、報道量の多さだった。

富士SUPER TEC24時間レースの走行シーン
富士SUPER TEC24時間レースの走行シーン写真:アフロ

トヨタの思いは伝わった?

5月21日(金)〜23日(日)に富士スピードウェイ(静岡県)で開催された「スーパー耐久シリーズ」の第3戦・富士24時間レースに出場したトヨタ・カローラスポーツの姿、世界初となる水素エンジンのレース参戦は、マスコミの報道によって、瞬く間に世の中に浸透していった。

トヨタ・カローラ・スポーツH2 Concept
トヨタ・カローラ・スポーツH2 Concept写真:アフロ

実際に舞台となった富士スピードウェイにはテレビカメラマン、スチールカメラマン、記者、キャスターなど、数多くのメディアが来場。昨年も同レースにはトヨタ自動車の豊田章男社長が「MORIZO」のドライバーネームで参戦してクラス優勝していたが、そのことはモータースポーツ専門メディアが報じたくらいで、一般ニュースとしてはそれほど大きな話題にはなっていなかったと言える。それが今年はYahoo!ニュースで検索しただけでも、新聞やテレビを含め30以上。それほどに今年は様々なメディアで大きく報じられたのだ。

MORIZO(モリゾウ)こと豊田章男社長(2020年) 【写真:DRAFTING】
MORIZO(モリゾウ)こと豊田章男社長(2020年) 【写真:DRAFTING】

マスコミの報道が増えた理由は当然、トヨタ自動車という「日本を代表する自動車メーカーの活動だから」という部分はあるだろう。そして、水素エンジンという「世界初の挑戦」はニュース価値が高いコンテンツである。さらに、このニュースには「豊田章男社長が自らステアリングを握る」という「絵的な分かりやすさ」もあった。

とはいえ、富士24時間レースのシリーズ戦である「スーパー耐久シリーズ」は国内自動車レースの中では排気量別、車両タイプ別のクラス区分もややこしく、自動車レースに多少なりとも知識がないと概要を理解するのが大変な、少し難解なレースと言える。

全8クラス、合計51台が出走したスーパー耐久・富士SUPER TEC 24時間レース【写真:DRAFTING】
全8クラス、合計51台が出走したスーパー耐久・富士SUPER TEC 24時間レース【写真:DRAFTING】

私は富士24時間レースがスタートする5月22日(土)午後3時は、1コーナー(TGRコーナー)寄りのピット上で見ていたのだが、周りにいたテレビカメラマンやディレクターはローリングラップ(フォーメーションラップ)を正式なスタートと勘違いして撮影していたり、水素エンジン車が走る第2グループのスタートを撮らずに立ち去ろうとして慌てたりと、モータースポーツの撮影に慣れていないメディアの人達が多い印象で、取材はなかなか苦労している様子だった。

一見メディアが多く、これはトンチンカンな報道が出てきてもおかしくないな、と心配していたが、ほとんどの報道はトヨタの挑戦に対して非常に好意的。モータースポーツ関係者が読んでも違和感を何ら感じない報道が多く、ちょっと驚いたくらいだった。

トヨタのオープンな情報開示

モータースポーツの現場では一見さんだったかもしれないが、「脱炭素への選択肢」「雇用と(日本の強みである)技術を守る」など豊田社長の言葉を引用しつつ、未来の社会に向けた取り組みを絡めながら、新聞やテレビなどのマスコミは水素エンジンのレース参戦をキッチリ報道してくれた。これはモータースポーツに携わる身としては本当にありがたいことである。

ホームストレートを駆け抜ける水素エンジン車
ホームストレートを駆け抜ける水素エンジン車写真:アフロ

私は今回はメディアとして取材する立場ではなかったため全てを見たわけではないが、レースの前後には豊田社長や小林可夢偉らドライバーが出席し、想いを伝える記者会見が開催されていた。当然どのメディアも社長をはじめとする代表者の声は撮りたいし、水素エンジンに関する感想コメントが欲しい。そういったメディアが求めるものをトヨタはしっかりと用意していたのだ。

スタート前に水素エンジンをメディアに公開【写真:DRAFTING】
スタート前に水素エンジンをメディアに公開【写真:DRAFTING】

さらにテレビCMでもおなじみの自社メディア「トヨタイムズ」ではテキストと写真ベースではあるが、水素エンジンでのレース挑戦について、そのキッカケとなった小林可夢偉と豊田社長のエピソードから、水素エンジンの概要、新しい技術への挑戦、課題解決に向けた取り組みなどが担当責任者の声を交えながら非常に詳細に紹介されている。

自動車メーカーが新しい技術に挑戦する際、レース前やレースウィーク中にこういった詳しい解説がメーカー側から発信されることは稀だ。出されたとしても、モータースポーツの現場での開発は機密事項が多く、見せられない、見せたくないのオンパレード。でも、プロモーションという大義名分として伝えなくてはいけないから、オブラートに包まれ、結局は曖昧な表現になりがちである。

しかし、今回の「トヨタイムズ」の水素エンジン関連記事は読んでいて非常に分かりやすく、何だかワクワクしてくる。水素エンジン開発を支える人たちの人間味が伝わってくる良コンテンツなのだ。親しみやすく、分かりやすいコンテンツが誰でも読める環境で用意されたことで、各メディアの担当者は何を伝えるべきなのか、何を聞くべきか、要点を見出しやすかったのではないだろうか。

サーキットがモーターショーの代わりに?

世界初の水素エンジンを積んだカローラ・スポーツは24時間で358周を周回してチェッカーフラッグを受けた。

給水素する様子。充填には約6分ほど必要で、燃費という意味でもまだまだ開発はこれからだ【写真:DRAFTING】
給水素する様子。充填には約6分ほど必要で、燃費という意味でもまだまだ開発はこれからだ【写真:DRAFTING】

総合優勝の日産GT-R(FIA GT3規定のレースカー)が763周を走ったことを考えるとその半分以下の周回数しか走れていない。実際には夜間に電気系トラブルが発生し、現場のエンジニア達が問題解決に取り組んでいる時間が長かったのだ。実際に走っていたのは12時間ほどだという。

しかし、トヨタや豊田章男社長のプライベートチーム「ROOKIE Racing(ルーキーレーシング)」はレースでクルマを徹底的に痛めつけ、壊して限界を知り、不具合を解決していくことがメインテーマという、ちょっと変わったレース活動である。そういう意味では、水素エンジンの第一歩としては非常に有益なデータとノウハウが得られたに違いない。

「勝つことよりも、不具合を洗い出すこと」に主眼を置いているというスタンスは少し分かりづらいものだったかもしれないが、メディア関係者の中には年商30兆円の大会社を率いる社長が自らレースに参戦し、クルマづくりにこれだけ真剣になっている姿に驚いた人も多かったのではないだろうか。

富士スピードウェイに設置された移動式給水素ステーション
富士スピードウェイに設置された移動式給水素ステーション写真:アフロ

のだ

このような新技術は本来、「東京モーターショー」などの展示会でプレゼンテーションされるものだが、今回はサーキットの本物のレースが舞台となった。水素エンジンが実際に野太いエンジン音を響かせながらアクセル全開でサーキットを走る姿や、移動式水素ステーションで「給水素」されるシーンなどを多くのメディアが目の当たりにすることになったのである。

世界中の誰もが初めて見るシーンであり、モーターショーでかっこいいビデオを見せられても、いくら頑張って熱弁されてもなかなか伝わらないもの。このレースの現場ならではの熱っぽさが取材者に伝わったことが、良い報道が多くなった最大の理由かもしれないと感じている。

トヨタが世界の課題、カーボンニュートラルという目標に向かって示した選択肢「水素エンジン」。今後、実用化の目処が立つかは今の段階では分からないが、今後もレース参戦を予定しているとのことなので、ぜひマスコミの皆さんには一度限りにせず、その続きも報道してもらえることを切に願っている。

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トヨタイムズ

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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