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「文在寅憎し」のあまり「文在寅政権は反国家勢力」と断じた尹錫悦大統領

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
「反国家勢力」の文在寅政権に検察総長に任命された尹錫悦大統領(青瓦台HPから)

 故・安倍晋三元首相が6年前に秋葉原で行った東京都議選最終日の応援演説の際に一部「反安倍」聴衆からの激しいヤジに激怒し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言し、物議を醸したことはまだ記憶に新しい。

 安倍さんはその後、国会で「批判する人を排除したり、そうした人に目を向けたりしないことではない。今後も真摯に私の考え方を伝えていく努力を重ねたい」と釈明し、事なきを得たが、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は「安倍発言」を凌駕するほどのびっくり仰天発言をして、韓国最大野党「共に民主党」から猛反発を浴びている。

 韓国では政権交代の度に新政権が前政権を、新大統領が前任大統領を徹底的に叩くのが言わば慣習となっており、尹大統領も例に洩れず、事あるごとに文在寅(ムン・ジェイン)前大統領を槍玉にあげていた。

 民主主義国家ならばどの国でも政敵批判は許されるが、それでもある程度、節度は保たなければならない。しかし、尹大統領の場合、さすがに今回は少し度が過ぎたようで、国民の統合と和合を追求すべき大統領としては不適切な発言の謗りを免れない。何が問題なのか?

 尹大統領は昨日(28日)、ソウル市内で開かれた支持母体でもある保守系団体「韓国自由総連盟」の創立69周年記念行事に出席し、演説をぶったが、その中で名指しこそ避けたものの文前政権について以下のような批判を展開していた。

 「虚偽の扇動とフェイクニュースと怪談で自由大韓民国を揺さぶり、脅し、国家のアイデンティティを否定しようとする勢力が多すぎる。自由大韓民国を倒そうと、発展を妨げようとする勢力が国内の至るところで組織と勢力を構築している」

 トランプ前大統領を彷彿とさせるような発言だが、尹大統領にとっては尹錫悦政権イコール国家との概念で、政府に反対する勢力は「反国家勢力」と映っているようだ。

 「韓国自由総連盟」は初代の李承晩(イ・スンマン)親米大統領が創立した「反共連盟」が母体となっており、当日、会場に集った4千人に及ぶ出席者は熱狂的な保守支持層ということもあって多少高揚したのかもしれないが、野党が激怒しているのは以下の発言である。

 「歪曲した歴史意識、無責任な国家観を持った反国家勢力が核武装を高度化している北朝鮮共産集団への国連安保理の制裁解除を要求し、国連軍司令部を解体する終戦宣言を歌って回っていた。北朝鮮が再び侵略した場合に国連軍司令部とその戦力が自動的に作動するのを防ぐための戦争終結宣言の合唱であり、我々を侵略する敵の善意を信じるべきとの荒唐無稽な平和主張でもある」

 この「反国家勢力」とは言うまでもなく、文在寅前政権を指している。それというのも、文前政権は北朝鮮の非核化への見返りとして北朝鮮に対する制裁解除や朝鮮戦争終結宣言を欧米諸国に働き掛けていたからである。

 文前大統領の戦争終結宣言への執念は半端ではなく、退任する前年の国連総会でも「戦争終結宣言こそが和解と協力の新たな秩序をつくる重要な出発点になる」と演説していたほどだ。尹大統領は戦争終結宣言の採択を働きかけていた文前政権を事実上「反国家勢力」と断じたのである。

 韓国には「泣く子も黙る」と言われる「反共法」の「国家保安法」がある。韓国の国家保安を脅かすような反国家活動を行う人物、団体を徹底的に規制する法律で、李承晩政権が1948年に韓国国内の反政府勢力を除去するために公布、施行させた法律である。

 この法律では北朝鮮は朝鮮半島の北半部を不当に占拠している「反国家団体」と位置付けられている。従って、「反国家団体」を称賛・鼓舞する行為も便宜供与する行為も、また許可なく接触,交信することも懲役刑を含む処罰の対象となる。反国家団体の指定を受けると、韓国国内での合法的な存立が不可能となる。

 今月27日は朝鮮戦争停戦70周年記念日(1953年)である、1950年に勃発した朝鮮戦争はまだ終結しておらず、国際法上は「撃ち方止め」の休戦状態にある。従って、2018年の南北首脳会談と米朝首脳会談では戦争当事国の間で平和協定が結ばれるまでの政治宣言としての戦争終結の宣言が議題に上がっていた。

 しかし、尹政権の登場で戦争終結宣言を提唱することが(韓国にとって)反国家行為とみなされるならば、今後ややこしい問題が発生しかねない。

 例えば、一昨日スイスのジュネーブで開催された世界教会協議会(WCC)の総会で「朝鮮戦争終戦宣言を行い、平和協定に転換することを求める」声明文が採択されていた。

 声明文には「今年は休戦協定締結70周年の節目にあたる重大な年である。軍事的悪循環と朝鮮半島の内戦危機がいつになく高まっていることを憂い、葛藤と緊張の連鎖を断ち、対話の道に向かうことを切に願い、世界が非核化に向かうことを祈祷する」と書かれているが、尹大統領の発言によって韓国では今後、こうした宗教界の要望も「反国家的」行為とみなされることになりかねない。

 また、米議会でも下院議員を中心に朝鮮戦争終結決議案を下院外交委員会に提出する動きがあり、3年前には民主、共和合わせて51人の下院議員が決議案への支持を表明していた。こうした動きも尹政権にとっては「荒唐無稽な平和主張」ということになる。

 訪米し、バイデン政権との間で「ワシントン宣言」を交わし、米国との関係を強化した尹政権が文前政権を批判した同じ理屈で米議会の動きを果たして批判できるのだろうか?

 何より、戦争状態を終わらせずに、平和協定も締結せずに任期中に大統領の公約である「北朝鮮との持続可能な平和」を追求できるのだろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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