日本シリーズの「完封返し」は6度目。今年の「8ー0」→「0-8」のような正反対のスコアは2度目
日本シリーズの第1戦と第2戦は、まったく逆のスコアとなった。8対0と0対8だ。
第1戦は、阪神タイガースの村上頌樹が7イニングを投げた後、加治屋蓮と岩貞祐太がそれぞれ1イニングを封じた。第2戦は、オリックス・バファローズの4投手がつないだ。宮城大弥が6イニング、宇田川優希、山﨑颯一郎、小木田敦也が各1イニングだ。
村上は被安打2本と与四球1、宮城は被安打4本と与四球1。彼らに続いて登板した計5人は、いずれも出塁を許さず、打者3人でイニングを終わらせた。どちらの試合も、完封されたチームは三塁を踏むこともできなかった。
日本シリーズの「連続完封」は、今年が10度目。完封したチームと完封されたチームが入れ替わった「2試合連続」は、1952年の第2戦と第3戦、1953年の第5戦と第6戦、1954年の第2戦と第3戦、1989年の第3戦と第4戦、1994年の第1戦と第2戦に続く、6度目だ。
今年の場合、第1戦と第2戦という点は、1994年と共通する。また、スコアが正反対という点は、1954年の第2戦と第3戦と同じだ。
1994年の第1戦は、西武ライオンズの渡辺久信が5.1イニングを投げ、その後の3.2イニングを、橋本武広、潮崎哲也、杉山賢人、鹿取義隆の4人がつないだ。第2戦は、読売ジャイアンツの槙原寛己が9イニングを投げきった。
1954年の第2戦と第3戦は、5対0と0対5。第2戦は、中日ドラゴンズの石川克彦と杉下茂が5.1イニングと3.2イニングを投げた。石川は6回表に1死一、二塁とされたところで降板し、代わった杉下が併殺打を打たせた。第3戦は、西鉄ライオンズの河村久文が完投した。
この年は、第4戦と第7戦も完封だった。第4戦は、河村に続いて川崎徳次が完投。第7戦は、杉下が9イニングを投げた。完封が4試合以上の日本シリーズは、他にはない。
1954年の杉下と1994年の槙原は、シリーズMVPに選ばれている。
今年の第3戦も完封なら「3試合連続」は、1953年と1954年に続く3度目となる。