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Jリーグの「降格なし」は正しかったのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
2019年は最終節でJ1残留を決めた清水エスパルス(写真:築田純/アフロスポーツ)

「2020年、Jリーグの降格はなし」

 今年4月、そのニュースが発表された時、「慈悲深い処置だ」と大いに歓迎された。新型コロナウィルスが広がる社会不安の中、降格という憂き目を見た場合、経営難に陥ることは目に見えていたからだ。救済措置は、妥当な決定に思われた。

 筆者自身、当時は「然るべき決定」という感慨だった。

 しかし、降格がない、という状況は、「生きるか死ぬか」の勝負の面白さを歪める危険をはらんでいた。

どうせ落ちないんだから

 必然的なのだが、フロントは成績不振になっても監督を切るタイミングを計れない。

「どうせ落ちないんだから」

 相当な目利きではない限り、その意識が邪魔し、結論は先延ばしになってしまう。下位のチームは、そもそも戦力的に低いだけに、こうした傾向になりやすい。劣勢は承知の上だ。

 事実、すでに上位と大きく離れ、例年なら残留争いの渦中にある15位以下のサガン鳥栖、ベガルタ仙台、清水エスパルス、湘南ベルマーレだが、体制は変わっていない。

「大事に選手を育てる」「若手主体に切り替えよう」「戦術が浸透するのには、時間がかかる」

 そうした甘い言い訳が、堂々とまかり通ってしまう。育成の名目で若手を抜擢した場合、競争で勝っていない若手は、将来的に脆さを宿すことになる。そもそも負け続けたチームが、「来年、強くなる」というのは非論理的だろう。周りには負けのレッテルを貼られ、自らは敗者のメンタルを身につけ、たとえ少し勝っても、いずれ負けに引きずられる。

 未だに日本では、「チーム作りに3年はかかる」なんて暢気な話が出る。しかしスペイン、イタリアなどトップリーグでは、「監督のサイクルは3年で一区切り」というのが通例になっている。3年経ったら、作ったものは劣化するのだ(それを防ぐには、大幅に選手を入れ替えるしかない)。

エンターテイメントとして正しいのか

 話が少しそれたが、降格なしは緩みと同義である。どれだけ負けが込んでも、生き残れる。それは現場だけでなく、ファンにとっても、緊迫感を欠いたものに映る。

 これはエンターテイメントとして考えても、ゆゆしき事態だろう。優勝チーム以外は順位が曖昧な勝負になってしまい、どれだけ人を惹きつけられるのか。リーグ戦を消化し、下位のチームが定まってくると、その疑問が湧き出てきた。

 裁かれない。

 それは不調が続く現場の選手にとっても、実は精神的に厳しいものだという。特定のチームの話ではないが、指揮官がクビにされず、どんな手を打っても裏目に出ると、集団は力を失う。控え選手は腐り出し、そうなると集団が放つ空気が悪くなって、勝負どころではない。ベンチでうなだれて戦況を見つめる監督の顔には疲れの色が濃くなる。それは選手に伝播し、負の連鎖となる。そして負けるたび、ファンの心は離れる。

 降格という罰は受けないものの、精神的に鬱々としたシーズンを過ごすことになる。それは、不健全な世界だ。

コロナ禍での副産物

 もっとも、副産物もある。

 降格なし、という戦いの中、若手選手が積極的に起用されている。チームとして、失敗を恐れずに挑める。殺人的なスケジュールの中で、若手を登用しないとやりくりできないし、5人交代ルール変更も後押しもあるのだろう。

 とりわけ、若手GKの台頭が目覚ましい。これまでシーズンを戦うGKは基本的に一人で、累積警告などで控えGKが登場する形だったが、レギュラーとサブの境界線がなくなった。結果的にポジション争いを激化させ、全体のレベル向上につなげている。

 例えば、ヴィッセル神戸は先日、大分トリニータ戦で吉丸絢梓が今シーズン初出場(J1リーグ通算3試合目)を果たしたが、目を瞠るセービングの数々を見せている。飯倉大樹、前川黛也に次ぐ第3GKの位置だったものの、実力は引けを取っていない。飯倉、前川、吉丸の3人が争う状況で、お互いが切磋琢磨しているのだ。

 GK下剋上のような状況は、各チームで生まれており、これはコロナ禍という不規則な条件での恵みと言えるかもしれない。

長い目で見た場合、副作用は…

 しかしリーグ全体で、勝負の興味は薄れつつある。

 川崎フロンターレが独走し、優勝がほぼ決まったような空気の中、残留争いは一つの醍醐味になるはずだったが、その興味は失われてしまった。中位以下にとっては、負けの意味が軽くなって、下位のチームはそれ以上だろう。これからは”消化試合”が続くことになる。

 その歪みは、長い目で見て、クラブに打撃を与えるのではないか。

 クラブは厳しい戦いを乗り越えることで成長できる。甘さは緩みとなって、根本的な体力を削ぐ。再び、厳しい勝負に晒された時、そのツケを払うことになる。

 ただ、降格があったら過酷な現実と向き合っていただろう。クラブは立ち行かなかったかもしれない。

「降格なしで助かった」

 クラブ関係者としては、それが実状だ。その点では、正しかった、と言えるが――。欧州主要リーグでは、降格なし、はない。今後、検証も必要だろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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