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イラク戦は良くも悪くも「大人の戦い」。いまがピークの日本に募る不安

杉山茂樹スポーツライター

1−0。しかも唯一のゴールはPK。イラク戦はスコア的には、考えられる限りにおいて最も地味な勝利、まさに辛勝だった。が、内容的にはその逆。あらゆる1−0の中で、最も2−0以上に近かった。

満足度では、先取点を奪う時間がもう少し遅ければ1−0、2−0もあり得た初戦(パレスチナ戦、4−0)より上だった。

イラク戦。決定的なチャンスは、PK以外に3度あった。本田圭佑が2回、香川真司が1回、決めるべきゴールを外したわけだが、だからといって日本が嫌なムードに襲われることはなかった。内容は尻上がりに安定していった。

日本といえば、追われる側に回ると弱い気質がある。1点リードで終盤を迎えると、必ずと言っていいほどアタフタする。ブラジルW杯のコートジボワール戦はその代表的な一戦になる。焦ったり慌てたり。1−0でキレイに逃げ切る試合に遭遇することは稀(まれ)だ。

このイラク戦は、いい意味で珍しい試合だった。利いていたのは、遠藤保仁、乾貴士を下げ、今野泰幸、清武弘嗣を投入した後半18分のメンバー交代になる。それ以前はイラクにもチャンスはあった。日本はそれなりに不安要素を抱えていた。だが、これを機に、イラクの反撃精神は減退。チャンスはめっきり減ることになった。

日本がゲームを完全に掌握したからだ。イマイチだった乾に代わって入った清武がまずまずのプレイを見せたこともあるが、この1−0の状況に適していたのは今野だった。ベンチに下がった遠藤が、何かクリエイティブなプレイをしようと前向きになるタイプだとすれば、今野はその逆。きわめて地味なタイプだ。果敢に前に出て行くことはないが、ボールさばきが安定していて、間を持たせる動きにも定評がある。

早い話、遠藤より攻撃的ではないのだが、奪われるリスクはその分、低い。今野にボールが渡ると、日本はグッと落ち着いた。イラクの気勢を削ぐ効果もあった。イラクは高い位置からガツガツと、ボールを奪いに来ることができなくなってしまった。高温多湿。ブリスベーンの真夏の気候が、それを後押しした。イラクは敗戦を甘んじて受け入れるような、専守防衛の態勢に向かうことになった。

八百長問題で揺れるアギーレだが、この選手交代の妙を見せられると、「解任だ!」と騒ぐことに、大きなリスクが付きまとうことを実感させられる。追われると弱い日本が、イラクというそれなりの相手に余裕で逃げ切ることができた理由は、日本人選手の力だけではない。これまで逃げ切りが苦手だった理由は、気質より監督の手腕と大きな関係がある――とさえ言いたくなる。

だが、遠藤にしても今野にしても、あと何年代表でプレイできるか分からない選手だ。ふたりは今大会期間中にそれぞれ35歳、32歳になる。2018年ロシアW杯までもつかと言われれば、ノーと言った方がいい選手だ。またそうでなくては、日本代表の将来はきわめて暗いと言わざるを得ない。

アギーレもその辺りは承知しているはずだ。当初、2人を代表チームに呼ばなかった理由だと思われる。できれば、若い選手でアジアカップに臨みたかった。これが本音だろう。だが、両者に代わる選手はいなかった。彼らに加え、間もなく31歳の誕生日を迎える長谷部誠も、好成績を望もうとすれば、外せない選手になる。そこに日本の弱みがある。

1−0の逃げ切り劇を支えたのはアギーレの采配だと述べたが、少なくとも今野がいなければ、それは上手くいっただろうか。その次に控える柴崎岳で、可能だっただろうか。

僕は今、日本代表がピークを迎えていると思っている。長谷部、遠藤、今野が代表から去った後の日本は、かなり危うい。本田、長友佑都、岡崎慎司も、次回W杯では31~32歳になっている。日本代表がまもなく高齢化という問題に直面することは、火を見るより明らかなのだ。1−0の逃げ切り劇は、本来、監督が誰であろうと、アジアレベルではできて当たり前の芸当でなければならない。

そう考えると、このイラク戦の結果は少しも喜べなくなる。逃げ切りができなければ、長谷部、遠藤、今野を呼んだ意味はゼロになっていた。彼らではなく、若手を起用してそれができるか。このアジアカップは、2018年を考えれば、その可能性を探る機会に充てるべきだった。僕はそう思っている。この後の3年半で、こうした機会はそういくつもない。

この試合で代表キャップ150回を数えた遠藤は「自分では、まだ若いと思っている」と述べた。2018年も大丈夫であることをアピールしているように聞こえたが、それはあくまでも、1選手の言い分である。そうあることを願いたいが、日本人全員が信じるわけにはいかない淡い願望だ。

PKによる1−0ながら、悪くない勝利だった。まさに大人の戦いをした日本だが、大人が大人の戦いをするのは当たり前の話に過ぎないのだ。繰り返すが、日本は今がピーク。今回のアジアカップで見事優勝を飾っても、今後に向けての不安をぬぐい去ることはできない。

(集英社・Sportiva Web 1月17日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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