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2020年、オワコン化した渋谷ハロウィン──ラガードだらけの黄昏

松谷創一郎ジャーナリスト
2020年10月31日、多くの警察官が動員されたハロウィンの渋谷(筆者撮影)。

 10月31日、今年のハロウィンは新型コロナ禍で迎えることになった。なかでも注目されたのは、やはり東京・渋谷だ。ストリートで創発的に生じたこのイベントは、近年きわめて荒れていた。逮捕される者も増え、警察は多くの人員を配置した。渋谷区も、以前は着替えスペースなどを作るなど協力的だったが、昨年には「ハロウィン路上飲酒規制条例」を制定した。

 そして、今年──。そこには、狂騒がほぼ収まった渋谷の姿があった。

ふだんの週末程度の人出

 渋谷の人出は、新型コロナ以前の週末と変わらない程度だった。センター街では部分的に撮影でひとが集合していたところもあったが、歩く際にはひととの距離をそれなりに保つことができた。2015年から昨年までのように、歩くことがままならない密集状況ではない。

十分に歩くことができる程度の人出だった(筆者撮影)。
十分に歩くことができる程度の人出だった(筆者撮影)。

 それ以上に昨年までと異なるのは、そもそも仮装しているひとが大幅に減ったことだ。もちろんいないわけでもないが、割合としては20~30人にひとりいるかいないかという程度。2014~15年頃は、行き交うひとの半分近くが仮装をしていたが、まったくそうした状況ではなかった。

以前のように仮装した者同士で記念撮影することよりも、非仮装者が若い女性の仮装者に撮影を求める光景が増えた(筆者撮影)
以前のように仮装した者同士で記念撮影することよりも、非仮装者が若い女性の仮装者に撮影を求める光景が増えた(筆者撮影)

女性仮装者の激減

 もうひとつ仮装したひとたちの特徴として挙げられるのは、女性が少ないことだ。以前は女性が多かったが、いまや完全に逆転している。5年ほど前の仮装者は、目視で女性7:男性3程度の割合だったのに対し、今年は男性7:女性3といった印象だ。

 おそらくそれは、かなり荒々しい男性たちが増えたことと関係している。センター街入口付近のビル2階のスターバックスから観察していたが、女性ばかりに声をかける仮装した男性グループを複数確認できた。おそらくナンパ目的だと推定できるが、そうした行為をする集団の多くはいかつい印象だ。

ナンパ目的と思しき男性集団はいくつも目についた(筆者撮影)。
ナンパ目的と思しき男性集団はいくつも目についた(筆者撮影)。

 渋谷ハロウィンは、見知らぬ者同士が仮装をツールにコミュニケーションを取ることを目的として盛り上がっていった経緯がある。それは10年代に普及したスマートフォンとSNSによってより促進されていった。その場で写真を撮るだけでなく、InstagramのIDなどを交換してその後も関係を継続していくのである。ナンパ目的の男性たちは、こうした都市の出会いの延長線上にある。

仮装した女性にインスタグラムのIDを聞く若い男性(筆者撮影)。
仮装した女性にインスタグラムのIDを聞く若い男性(筆者撮影)。

 仮装者と同じほど目立ったのは警官だ。とくに駅前のスクランブル交差点付近には多くの人員が配置され、常に拡声器でアナウンスをして交通を妨げないように誘導していた。2002年の日韓ワールドカップ以降からこうした状況は続いている。

スクランブル交差点を囲むように警備していた警察官(筆者撮影)。
スクランブル交差点を囲むように警備していた警察官(筆者撮影)。

 もうひとつ付記するならば、取材者の多さだ。もちろん筆者もそこに含まれるが、テレビ局や新聞社、そして海外メディアだけでなく、ユーチューバーと思しき集団も少なからず見かけた。

外国メディアと思しき集団は、例年積極的に仮装者を取材している(筆者撮影)。
外国メディアと思しき集団は、例年積極的に仮装者を取材している(筆者撮影)。

ラガードばかりのシブハロ

 結論から言えば、渋谷ハロウィンはほぼオワコン化した。その要因は3つ挙げられる。

 ひとつが、荒れた状況だからだ。今年は大きな騒動が起きなかったが、男性仮装者にナンパ目的が多く、かなりガラの悪い男性グループが練り歩く光景も見られた。また、ひとりで中途半端な仮装をして歩く中高年の男性も少なからず存在し、そこがすでに“イタい”空間であることを醸し出していた。若い女性たちの激減もそれを意味している。

 次に、警察や渋谷区による徹底した管理だ。酒類販売の規制条例をはじめ、歩行者が立ち止まらないように拡声器で常にうながしている。結果的にこうしたことが機能しているのは間違いない。

 最後は、やはり新型コロナウイルスのリスクだ。昨年までのような人出であれば、いわゆる「3密」のうち「密集」と「密接」は決して避けられない状況だ。屋外なので「密閉」は避けられるが、かなり感染リスクが高いのは間違いない。今年の人出の激減もおそらくそのためだ。

 加えて、仮装そのものにも影響はあったはずだ。仮装者の多くもマスクをしていたが、それによって仮装の意味が薄れていたのもたしかだ。顔の半分が覆われているので、顔に傷跡メイクなどをしていても即座にはわからない。仮装者が減ったのは、このことも関係していると考えられる。コロナ禍において、マスクを外してまで仮装をしたいと思うひとは多くないのだろう。

 さて、社会学者のE・M・ロジャーズは、イノベーションの普及を5段階に分けて説明した。これは、文化や流行が普及する過程を分析した理論である(エベレット・M・ロジャーズ、三藤利雄訳『イノベーションの普及』2003=2007年/翔泳社)。

画像

 筆者はそれに倣って、2014年の渋谷ハロウィンはアーリー・マジョリティ(初期多数派)までだったのに対し、2015年にはレイト・マジョリティ(後期多数派)に達したと当時捉えた(「盛り上がる都市のハロウィン──『キャラ探し』の時代」2015年10月26日)。そして今年、参加していたのはラガード(後期採用者)ばかりだったと捉えている。

 こうして渋谷ハロウィンは、オワコンとなったのである。

創発した都市イベントの困難

 しかしながら、おそらく数年以内にコロナ禍は終わる。そのとき、ふたたび渋谷ハロウィンが盛り上がる可能性ももちろんあるだろう。なぜなら、ひとびとが物理的な空間に集って盛り上がりたい欲求は、今後もなくならないからだ。

 歴史を振り返れば、音楽ではレコードからCD、そしてストリーミングサービスと、いくらメディアが発達してもライブコンサートはなくなってはいない。インターネットによるコミュニケーションも、それそのもので完結することなくSNSのように現実の関係と地続きとなっている。

 だが、大型のイベントが成立するためには、それに参加するひとびとに規範や目的が共通していることが必要とされる。コスプレイヤーも多く集う世界最大規模のイベントであるコミックマーケットが荒れないのは、場を破綻させないための規範意識が参加者に共有されているからだ。渋谷ハロウィンもアーリーマジョリティまでの2014年頃までは参加者の規範意識も高かったが、主催者が存在しないために多くの参入を呼び、結果として従来の規範を共有しないフリーライダー(ただ乗り者)が多く集まり、場を破綻させていった。

 よって、もし今後ふたたび盛り上がることがあるとすれば、そこにはなんらかの規範や目的の共有が必要となる。それを定着させるためにもっとも手っ取り早い施策は、有料化や、参加者の個別認識をするなどしてハードルを上げることだが、都市で創発的に生じたイベントにそれらを導入することはきわめて困難だ。ここに主催者が存在しない渋谷ハロウィンの困難がある。

 コロナ禍が落ち着きを見せる数年後、渋谷ハロウィンはどのような姿になっているのか。

東急東横店にはNetflixのドキュメンタリー『BLACKPINK ~ライトアップ・ザ・スカイ~』の大きな広告が掲示されていた(筆者撮影)。
東急東横店にはNetflixのドキュメンタリー『BLACKPINK ~ライトアップ・ザ・スカイ~』の大きな広告が掲示されていた(筆者撮影)。
ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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