横山武史が振り返る年度代表馬エフフォーリアと過ごした1年(後編)
(前編から続き)
ハナ差惜敗の日本ダービー
横山武史は皐月賞馬エフフォーリアと共に日本ダービー(GⅠ)に臨んだ。
「1番枠は良いと思いました。スタートもいつも通り出てくれました」
序盤に少し行きたがる素振りを見せたが、それについては次のように言う。
「多少行きたがるのはいつもの事ですけど、ペースが遅い分、より一層、噛んでしまいました。道中『これが最後に響かなければ良いけど……』という気持ちにはなりました」
しかし、そんな心配を他所に、1冠馬は反応した。
「最後の反応は良くて、勝てたかと思う場面はありました」
結果は皆さんご存知のようにシャフリヤールにハナだけ差されてしまう。当時の心境を語る武史の口調は今でも重くなる。
「悔しいなんてものじゃなかったです。負けて強しという内容ではあったけど、ダービーだけに強さを証明するだけではなく、どんな形でも良いので勝ちたかったです。その後はしばらくの間、何をしていてもふと頭をダービーの事が過ぎり、楽しくない気分になってしまったものです」
120%のデキで古馬の強豪を撃破!!
ダービーで初めて他馬の後塵を拝したエフフォーリアは、夏にひと息入れた後、秋初戦で天皇賞(秋)(GⅠ)に出走した。休み明けではあったが、武史は手応えを感じていたと言う。
「中間に跨ってパワーアップしていると感じました。精神的な成長も感じたので、ぶっつけに対する不安はありませんでした。むしろ完璧過ぎる、120パーセントのデキだと思いました」
精神的な成長に関し、具体的にどのような面でそれを感じたかを問うと、続けた。
「元々大人しいタイプだけど、より一層オンオフを使い分けられるようになっていました。リラックスする時は全く力まないというお行儀の良さを身につけた感じでした」
馬の状態に関しては自信を持っていた事が分かる。では、コントレイルやグランアレグリアといった歴戦の古馬が相手になる点はどう考えていたのだろう?
「勿論、不安がなかったわけでありません。とくにその2頭は強いですから……。ただエフフォーリアのポテンシャルを存分に発揮出来れば大丈夫だろうという気持ちもありました」
そして、存分に発揮させるためには「スムーズに運ぶ事が重要」と考えたと言う。
「僕が勝たせると言うより、勝つ力のある馬なので、スムーズに誘導出来るようにしようという思いでした。そして、スムーズに運ぼうと思えばスタートが大事なので、ゲートは集中しました」
そのスタートをしっかりと決めて好位につけると、前にはグランアレグリア、すぐ後ろにはコントレイルという並びになった。
「グランアレグリアがあそこまで前にいるとは思いませんでした。コントレイルは視界に入っていなかったけど、おそらくすぐ後ろにいるだろうとは推測しました」
その上で改めて「エフフォーリア自身のポジションは理想的だと思った」そうだ。
道中の手応えも終始良かった。調教で感じた通り、エフフォーリア自身のデキの良さが感じられる走りだった。となると、後は追い出しのタイミング。最後の直線を向いても前門の虎後門の狼のごとく前にグランアレグリア、後ろにコントレイルがいた。前を捉え、後続を抑えなければ栄冠は得られないのだが、果たしてそのタイミングをどう探ったのか?
「グランアレグリアは2000メートルでも足りると思いました。だから終始、視界には入れていました。後ろのコントレイルを気にし過ぎて前の馬に残られるのは避けたいという気持ちがあったのは事実です」
しかし、そこで改めて思った事があったと続ける。
「色々考えたけど、結局はエフフォーリア自身の力を発揮出来るタイミングで追おう、と。他の馬の位置にとらわれ過ぎないようにしようという結論に達しました」
こうして鞍下に注視して追うと、伸びた。マイルの女王を捉まえて、入れ替わるように追い上げて来た前年の3冠馬を抑えた。そして、父の父シンボリクリスエス以来となる3歳での盾獲りを見事に成し遂げてみせた。
「これでダービーの悔しさが晴れるという事ではないですけど、悔しい思いをした分、嬉しさはひとしおでした」
グランプリ制覇で年度代表馬を決定的に
邁進を続ける若き王者の次なるターゲットは有馬記念(GⅠ)。今度の相手はディフェンディングチャンピオンであり宝塚記念(GⅠ)も含めるとグランプリ3連覇中のクロノジェネシスとなった。
そんな女王との対決を前に、武史は眉間にシワを寄せていた。
「中間の調教で、正直、モノ足りなさを感じました。強さを知っている身からすると、ハッキングからして天皇賞の時ほどの良さは感じられませんでした」
デビューから全6戦でタッグを組んで来たからこそ感じられる誤差は、果たして具体的にどういった部分だったのか?
「フットワークです。明らかにダメというわけではないけど、本来ならもっと柔らかく出来るはず。本当のエフフォーリアはこんなものじゃないと感じました」
レース当日「地力でカバーしてくれる事に期待」して跨ると、少し不安がやわらいだ。
「返し馬の感じは悪くありませんでした」
スタートは互角に切った。しかし、最初のコーナーをカーブし、1周目のスタンド前を通過する時には中団の少し後ろ。番手で言うと9~10番手で、エフフォーリアとしてはいつもより後ろの位置取りとなった。
「普通に出たので、クロノジェネシスより前につけようかと考えたけど、思った以上に他の馬達が速くて、意外と後ろの位置になりました。ただ、目の前にクロノがいたのでポジション的には文句ないと思いました」
それでも、スタンド前を通過して、1~2コーナーを回り向こう正面に入る頃にはその考えが変わった。
「同じ位置でクロノを見ていたけど、このままでは勝ち切れないか?という思いが頭を過ぎりました。どの相手も強いけど、やはりクロノが1番強敵だと思ったので、このままの位置でゴールまでの距離がなくなるのは良くないと考えたのです」
だから動いて行った。番手をあげながら3コーナー手前ではクロノジェネシスの外に並走。自らの勝機を見出すと共にライバルの自由を封じた。
しかし、ここで1つの疑問が生じる。レース前には「本来のエフフォーリアではない」と感じていた事を思うと「積極的に動いたら最後に売り切れてしまう」という不安はなかったのだろうか?
「最後に止まっちゃうかな?という不安がなかったわけではありません。ただ、だからといって消極的になって何もやらずに負ければ悔いが残ると思いました。余裕の判断というのではなく、勇気が要ったけど、後悔はしたくなかったので失敗を怖れずに動いて行きました」
これが勝負のターニングポイントとなった。最終コーナーで好位まで上がったエフフォーリアは直線入口で完全に前を射程圏に捉えた。
「直線に向いてからいつもよりモタモタした感じがありました。それでも地力があるので伸びてくれました。クロノは後ろに来ていると思ったけど、早目に動いて行ったので抑え込めると思いました」
粘り込みをはかるディープボンドを捉え先頭に立った。対照的にクロノジェネシスは3着まで追い上げるのが精一杯。3コーナーでの陣取り合戦を制した武史=エフフォーリアに軍配は上がった。
「ファン投票でも支持されて、プレッシャーはあったけど、結果的に理想的な乗り方が出来ました。エフフォーリアの強さを証明出来て良かったです」
ゴール直後には兄の和生が、また、下馬後には父の典弘がそれぞれ祝福してくれたと言う。
「父はいつもそんなに褒めないので未勝利戦を勝った時と同じ口調で『良かったな』と言ったくらいでした。でも、心なしかいつもよりも笑顔に見えました」
改めて年度代表馬に選定されたエフフォーリアとの今後のヴィジョンについて、武史は言う。
「ここまでも充分に立派な成績を残してくれているけど、まだまだ成長途上という感じです。完成したら相当凄い馬になると思います。今年はマークも厳しくなるでしょうけど、勝ち続けてくれると信じているし、そう出来るように僕も頑張ります」
今年の競馬界はエフフォーリアと横山武史を中心に回りそうだ。注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)