ロシアW杯開幕2日前の監督解任劇。前々回王者スペインに、何が起きたのか。
前代未聞の出来事だった。
スペインサッカー連盟は13日にフレン・ロペテギ監督を解任。スポーツディレクターを務めていたフェルナンド・イエロを後任に据えた。
ロシア・ワールドカップ開幕2日前の監督交代劇は、瞬く間に一大ニュースとして世界中を駆け巡った。
■レアル・マドリーの思惑
解任の裏には、レアル・マドリーの存在がある。
ジネディーヌ・ジダンが辞意を表明したマドリーは、その後任を探していた。フロレンティーノ・ペレス会長は新監督の決定を急ぐ必要があった。ガレス・ベイルやクリスティアーノ・ロナウドは今夏の移籍を示唆している。状況によってはパリ・サンジェルマンのネイマールをはじめ、大物選手の獲得を検討しなければならない。
船頭を決めなければ、船は出港しない。ペレス会長はそう考えていた。2018-19シーズンのプロジェクトを進めるために、できるだけ早く指揮官を選定したかった。そこでロペテギ監督に目を付けたのだが、スペイン代表がグループステージ敗退した場合、彼には「敗者」のイメージがつく。ペレス会長はレアル・マドリー新監督のブランドを守るために、W杯開幕前の就任発表を決めた。
W杯で早期敗退した監督を迎えるなど、マドリディスタが納得するはずもない。ペレス会長としてはロペテギ監督が解任された方が好都合だったのかもしれない。かくして彼は解任され、履歴書に傷をつけることなくマドリッドに到着することになった。
■連盟の怒り
交渉は水面下で行われていた。これがスペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長の逆鱗に触れた。
マドリーは12日にW杯後のロペテギ監督招聘を発表。「発表の5分前にロペテギのレアル・マドリー監督就任を知った」というルビアレス会長は、マドリーの独断専行を許せなかった。ペレス会長は少なくとも、発表の時期についてルビアレス会長と相談すべきだっただろう。突然の発表に、連盟側は驚き、戸惑った。
2020年までスペイン代表と契約を結んでいたロペテギ監督には、200万ユーロ(約2億6000万円)の契約解除金が設定されていた。だが連盟が解任したことで、マドリーはフリーとなったロペテギ監督を招聘する運びとなり、契約解除金を支払う必要すらなくなったのである。
■最善の決断 代表>クラブ
元々、ロペテギ監督は叩き上げの人だ。現役時代はGKとして活躍。マドリーやバルセロナでプレーしたが、ビッグクラブでは常に控えGKとして扱われ、選手として輝かしいキャリアを送ることはできなかった。
2008-09シーズンにマドリー・カスティージャ(Bチーム)で指揮を執った経験がある彼にとって、マドリーのトップで指揮を執るのは「夢」だったはずだ。選手として成功できなかったクラブで指揮を執るチャンスが転がり込んだ。媚薬をかがされ、ロペテギ監督は落ちたのだ。
W杯開幕直前の解任。確かにこれは前例がない。ただ、1980年に主要大会を前に似たようなケースはあった。ラディスラオ・クバラ当時スペイン代表監督は、EURO1980後、バルセロナの監督に就任することが決まっていた。しかし、当時のサッカー連盟会長だったパブロ・ポルタは、クバラのバルセロナ監督就任を知っていたのである。ここがポイントだ。
クラブが、代表を上回ることはできない。それが今回の連盟の判断だった。
■クラスノダールの危機
「2年間の仕事を、たった2日で変えることはできない」
「コーチングスタッフの大半が残っている。賢くなる必要がある」
最初の会見でのイエロ監督の言葉だ。つまり、チームに梃入れはしない。これまでのやり方で戦う。そういうことだ。
セルヒオ・ラモス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、ジェラール・ピケ、セルヒオ・ブスケッツ...、複数の主力選手は解任に反対していたといわれている。当然だろう。2016年夏に就任したロペテギ監督は20試合で指揮を執り14勝6分けと無敗だったのだ。
「代表チームを守る」という意味で、ルビアレス会長の決断は尊重されるべきだ。国を、誇りを、守るための英断だった。そのゲームに、スペインは勝ったと言える。
しかし、これで勝ち上がれるのなら、「監督は誰でもいい」ということにはなるのではないか。そんなチームが、W杯を制するとは考え難い。
「クラスノダールの危機」と称される解任劇は周囲に大きな衝撃を与えた。試合に勝って、勝負に負ける。スペインはW杯を放棄してしまったのかもしれない。