金正恩の異次元過ぎる「子作り対策」にのけぞる女性たち
最近メディアで飛び交う2つの数字。0.78と80万人割れ。昨年の韓国の合計特殊出生率と、日本の出生数だ。一方、少子化は北朝鮮にとっても他人ごとではない。
北朝鮮の人口は2566万人というのが世界保健機関(WHO)の数字がある。しかし、脱北者で韓国紙・東亜日報の記者であるチュ・ソンハ氏は、独自に入手した北朝鮮の中央統計局の内部資料に基づき、2005年の2100万人がピークで、現在は2050万人に過ぎないと思われると述べた。
このような人口統計の水増しは、旧共産圏でよく行われていたが、北朝鮮の場合、1985年から本格化し、徐々に実態との乖離が激しくなっていったという。
北朝鮮は合計特殊出生率が2を切りそうになった1998年から、出産奨励策を行っているが、それは数十万とも数百万とも言われる餓死者を出した大飢饉「苦難の行軍」の最中のことだった。その後も少子化対策は行われているが、的はずれなものが多く、思ったように人口は増えていないようだ。
(参考記事:響き渡った女子中学生の悲鳴…北朝鮮「闇病院」での出来事)
どう的はずれなのか、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が詳しく報じている。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)穏城(オンソン)の情報筋は、当局が、街頭女性(国の割り当てる職場に所属していない女性)を対象に、出産に関する思想教育講演会を行っていると伝えた。両江道(リャンガンド)大紅湍(テホンダン)の情報筋も、現地で同様の講演会が行われたと伝えた。
穏城で今月4日に開かれたものは、「子どもを多く産み、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に送るのが最大の愛国で、軍への支援になる」という内容のものだった。
「すべての女性は砲火をかいくぐり、前線を積極的に援護した1950年代の南江(ナムガン)村の女性たちの愛国精神を学べ」(思想教育担当者)
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
南江村とは、江原道(カンウォンド)高城(コソン)にある、南北を分断する軍事境界線に沿って流れる南江のほとりにある村のことだ。最前線の月飛山(ウォルビサン)と351高地を巡り、1951年10月中旬から1953年の休戦直前まで、南北で熾烈な戦闘が行われた地域だが、村の女性たちは人民軍に弾薬と食糧を運び、負傷兵を搬送するなど、積極的な支援を行ったとされる。このエピソードは「南江村の女性たち」というタイトルで映画化されている。
講演会の担当者は、金正恩総書記が公民としてすべきことを果たした「援軍美風熱誠者」を、今年2月8日の人民軍創建75周年祝賀行事に招待し、共に記念写真と撮影し、平壌市内観光をさせた上で、陽徳(ヤンドク)温泉文化休養地で休息を取るようご配慮下さったと述べた。
援軍美風熱誠者とは、軍に食糧などの物品を送るなど積極的に支援した人を指すが、道・市・郡ごとに選ばれ、特に貢献の大きい人は中央援軍美風熱誠者として登録される。すると、上述のように金正恩氏が参加する「1号行事」に参加できて、記念写真も撮影できる。これは、北朝鮮で社会的に優遇されることを意味する。
大紅湍の講演会場では、8人もの子どもを軍に送り出したり、援助で模範を見せたりした援軍美風熱誠者が、地域の朝鮮社会主義女性同盟の委員長から紹介され、「彼女たちの家庭より国をまず考える愛国精神を持て」と強調された。
しかし、現地の女性はこうぼやいている。
「今のような状況で軍に物質的支援ができる人が何人いるのやら」
軍に大量の物資、多額の現金を供出するには、それなりの経済的余裕がなければできない。特に昨今の経済難、食糧難の中でそれができる人は限られる。つまり、金持ちがカネで名誉を買うということに他ならない。
そもそも、今回の思想教育講演会のテーマは「産めよ増やせよ」だったはず。それがどういうわけか「物くれ、カネくれ」の話に置き換わってしまったのだ。
北朝鮮は、避妊禁止、離婚抑制など異次元過ぎて的はずれな少子化対策を次々と繰り出している。実際に効果があったかどうかは不明だが、いずれも女性らからそっぽを向かれ、根本的な対策にはなりえていないことだけは確かだ。
北朝鮮で進む晩婚化、非婚化、少子化は、経済的な理由によるものだ。今の北朝鮮で、現金収入を得ているのは、市場で商売をしている女性たち。福祉システムが機能せず育児が女性に押し付けられている現状では、そう簡単に子どもを産めない。また、教育に非常にカネがかかることも原因の一つだ。
経済は市場に任せ、働く女性たちを支援する福祉や教育に力を入れることが最も効率的な少子化対策になるはずなのだが。