銭湯の入浴券を買わずに男湯へ。男が盗んだものは?
■はじめに
先日、ちょっと面白いニュースがありました。銭湯で470円の入浴券を買わずに、別の客にまぎれて中に入り、無断で入浴したというのです。
接客中に男が横からするり…銭湯で入浴券買わずに男湯へ 代金払わないと『窃盗罪』の可能性 何を“盗んだ”のか(関西テレビ) - Yahoo!ニュース
この事件は法律家の間でも話題になり、SNSではいろんな議論が交わされました。ものすごく単純な事件ですが、理論的にはなかなか難しい論点もあります。
男について建造物侵入罪が成立することについては異論はありませんが、問題は、入浴料を支払わずに銭湯のお湯を使ったという点です。記事の中では菊池幸夫弁護士が、「(お湯についての)窃盗罪」が成立するという意見。しかし、「お湯を盗んだ」というのはちょっと無理ではといった意見もあります。
■そもそも窃盗罪とは
窃盗とは「他人の財物」を「盗む」(窃取する)犯罪です(刑法235条)。したがって論点は、銭湯のお湯は「財物」なのかと、無断でお湯を使うことは「盗む」という行為なのかです。
まず物とは、空間の一部を占める固体・液体・気体のことであり(エネルギーは物ではありませんが、電気だけは例外で物としての扱いを受けます[刑法245条])、そして「盗む」という行為は、その物を自分のものにする目的で、物についての他人の管理(支配)をほどいて自分の支配下に移すことです。盗った物を自分のポケットやカバンに入れたりすれば、その瞬間に窃盗が既遂になります。無断で他人のものを「飲んだ」り「食べた」りすることも窃盗になりますし、他人の自転車や自動車を長時間無断で「乗り回す」行為も窃盗です。
したがって、「男が銭湯のお湯を無断で使った」という事実を、「男が銭湯のお湯を盗んだ」と言い換える文章じたいは、法律家にとってとくに違和感のあるものではありません。
■盗水事件は結構ある
実は、過去のデータベースを調べてみると、水を盗んだ「盗水」事件は結構報告されています。その一部を紹介します。
- 福岡県直方市が供給する水道から無断で給水管を引き込んで洗車や庭への散水などに使用していた盗水事件、容疑者を窃盗で逮捕(西日本新聞1990.09.18夕刊)
- 兵庫県姫路市の建材店が市に無断で水道水を利用、市は窃盗罪で告訴(毎日新聞1997.08.22地方版)
- 兵庫県上郡町の町議が自宅庭に水道メーターを通さない蛇口を設置して町の上水道を無断使用、同町は町議を窃盗で告訴(毎日新聞1998.11.25大阪朝刊)
- 東京都足立区の主婦が水道料金滞納のため水道管のメーターを外され水の供給を止められていたが、空き家から盗んだメーターを勝手に取り付け、水道水を無断使用、窃盗罪で逮捕(読売新聞社1999.01.13東京朝刊)
- 岩手県北上市の会社員が市から給水を停止されていたにもかかわらず、水道の元栓を無断で開けて水道水を無断使用、窃盗罪で逮捕(読売新聞社2009.08.06東京朝刊)
このように、「他人が管理している水を無断で使う」ことは「他人の財物を盗る」こと、つまり窃盗罪だという評価はすでに固まっているようです。
窃取という概念が広がりすぎているようにも思いますが、たとえば電気を盗む盗電についていえば、刑法では電気は財物だ(刑法245条)とされているので、他人のコンセントに無断で充電器を差し込んでスマホを充電する行為は、電気についての他人の管理(占有)を排除して電気を自分の管理下に移す行為、つまり「窃取行為」だと評価できます。
気体に関する古い判例ですが、計量器の中の水を排出して計器を前方へ傾斜させて指針を動かなくして都市ガスを使用したというガスの不正使用について、窃取行為だと評価したものもあります(大審院明治37年4月28日判決)。
入浴券を買っていない者が銭湯のお湯を不正に使うことについても、これらと同じように窃盗罪だと考えることができるでしょう。
なお、使用じたいに不正はなく、事後に電力メーターに細工をして実際の使用電力量より少ない量を指示させた行為を偽計業務妨害罪とした裁判例(福岡地裁昭和61年3月3日判決)があります。(了)