Yahoo!ニュース

叡王戦の棋士インタビューで、「わかる!」と共感した藤井聡太七段らの思考法

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

第4期叡王戦本戦が10月27日(土)に開幕した。開幕カードでは、及川拓馬六段(31)が増田康宏六段(20)を下して2回戦に進出した。

この叡王戦本戦に向けて公開された「24人の棋士」インタビューは、将棋ファンの間で大きな話題となり、筆者も興味深く拝読した。

その中で共感した5つのインタビューを取り上げる。

藤井聡太七段の思考法

なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.01】

この中で

『詰将棋は読みだけなので、盤は必要ない』

出典:なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.01】

このテーマはファンの間で大きな話題となった。通常プロ棋士は頭の中に将棋盤があり、そこで駒を動かして考えるとされている。駒を動かさずにどうやって考えているのか、想像がつかない部分があるのだろう。

しかし私も藤井七段と同じ思考法をするので共感する部分であり、特に不思議には思わなかった。なぜなら脳内の将棋盤で駒を動かすのは、思考よりもずっと遅いのでまどろっこしいのだ。思考のあとに確認をするために脳内の将棋盤で駒を動かす感じだ。

例えば皆さんが料理を作るとしよう。その工程を1つずつ思い描いて作るだろうか。もっと直感的に、勝手に手が動いていく感じだろう。私たちが将棋を考えるのもそんなに変わらない。脳内の将棋盤と駒を動かさずに思考することは、普通では考えられない凄技だと思われそうだが、料理が苦手な筆者からすれば皆さんの料理を凄技だと思う。

実際のところ、多くのプロ棋士も藤井七段とそんなに変わらない思考法をとっているのではなかろうか。インタビュー中にはその思考法に驚くプロ棋士のコメントもあるが、それは非常に難易度の高い局面や詰将棋でのことを指しており、基本的に普段は藤井七段の思考法と変わらないと考える。

藤井七段が本当にすごいのは、その思考のスピードと正確性だろう。その質の高さが、そのまま将棋のクオリティの高さにつながり、その勝率の高さにつながっている。

年齢における思考法

渡辺明の視線【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.23】

将棋ファンであれば誰もが知る名前であろう、渡辺明棋王。藤井聡太七段の前の中学生棋士であり、タイトル通算20期。押しも押されもせぬトップ棋士だ。

その渡辺棋王が40歳を一つの節目として考えており、場合によっては引退も視野に入れている、というインタビュー内容には驚かされた。

ただ

将棋の研究をずーっとやってて、『あとこれ15年やれ』とか言われたら、気が遠くなるじゃないですか?

出典:渡辺明の視線【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.23】

というセリフには共感を覚えた。あまりに長い年月を目標におくと辛くなるのはトップ棋士でもそうなのだろう。

筆者もプロ棋士になったとき、下部組織の奨励会に12年いたこともあり、「とりあえず12年頑張ろう」と思ったものだ。

現在はプロとして丸13年が経った。12年は過ぎてしまえばあっという間だ。いまは10年後も活躍できる棋士でいることが一番の目標となっている。

渡辺棋王の切れ味鋭い将棋をいつまでも観ていたい、というのが将棋ファンの共通見解だろうし、筆者もそう願っている。

なぜ丸山忠久は唐揚げではなくヒレカツを頼むのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.03】

丸山忠久九段はトップ棋士であると同時に、対局中の食に関するあれこれでもよく知られている。インタビューのタイトルも、本当に将棋の話なのか、と思わされるものだ(笑)

しかし対局中の食事は、本当に大切だ。筆者のとある対局で、17:30頃に立ちくらみのような感覚に襲われた。「栄養がなくなって切れた」のだ。幸いにも18時から夕食の休憩があったためそこで栄養を補給し、休憩が明けてからは集中力を保って勝つことができた。いつも昼食はうなぎを食べるのだが、この日は気分を変えて焼き魚定食にしたのが要因だったか。

こんなことは若い頃にはなかった。40歳を目前にしたいまだからこそ、丸山九段のインタビューには「わかる!」と思うことばかりで勉強になった。ぜひ皆さんもお仕事の面で活用してほしい。

なお叡王戦本戦では、筆者が1回戦で勝つと丸山九段との対戦が決まっている。もし対戦をする際は、休憩時間にしっかりした食事を摂り、どれだけ対局が長引いても「切れない」ように心がけたい。

王座戦で激突している二人の思考法

なぜ中村太地は将棋を選んだのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.21】

中村王座は、早稲田大学を抜群の成績で卒業したことで知られている。

筆者も大学を卒業しているが、将棋の棋士で大卒はマイノリティだ。

このインタビューで

 人生が何度もあったら、ありとあらゆる職業を経験してみたいと思います。

出典:なぜ中村太地は将棋を選んだのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.21】

このコメントには、深く頷かされた。

私自身も学生時代の友人は様々な職業に就いている。サラリーマンも多いが、会社経営、カフェ経営、役者など。友人たちを見ることで、それを経験してみたかったと思うのは自然なことだろう。

将棋のプロとしては珍しいのかもしれないが、同じ大卒棋士としてこの感覚には共感するところがあった。

王座戦で中村王座に挑戦中の斎藤慎太郎七段は、昔のトップ棋士(大山十五世名人や中原十六世名人)の棋譜を調べる勉強法を取り入れていると語る。

魂の継承者(斎藤慎太郎七段)【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.06】

いまはコンピュータを将棋の勉強に取り入れることはごく自然なことで、そこにどうプラスアルファさせるかが大切だ。筆者自身のインタビューに掲載されているが、筆者は現代のベテラン棋士の将棋を調べることを勉強に取り入れていた時期があり、この斎藤七段の勉強法には共感する。

以前は将棋の手の善悪はハッキリしないものだったが、いまは人間よりはるかに強いコンピュータに解析させることで、手の善悪をハッキリと知ることができる。それによって「将棋を調べる」ことが手軽になり、またそこから得られる知識も増えている。斎藤七段がどう昔の将棋を調べているかはインタビューには掲載されておらず、非常に気になるところだ。私で言えば、興味を持った棋士の過去数十局の棋譜をコンピュータに解析させることで、棋譜だけでは見えないものが多く見えてきた。

いまの将棋界は、コンピュータを使うか否かではなく、どう使うかのフェーズに入っている。そのフェーズで温故知新とも言える勉強法が蘇っているのが面白いところだ。

先ほども書いたように王座戦五番勝負で中村王座と斎藤七段が激突している。

対戦成績はここまで2勝2敗。運命の最終局は10月30日(火)に行われる。

「イケメン対決」などと呼ばれ外見にも注目が集まっているが、ここまでの4局は全て名局揃いで将棋の内容も素晴らしい。最後の一番は今後の将棋界を左右しそうな大一番だが、まずは名局を期待したい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

遠山雄亮の最近の記事