【里親制度】映画『1640日の家族』に見るフランスと日本の違い
7月29日に公開された映画『1640日の家族』はフランスの里親家庭に突然、訪れた離別が描かれている。フランス語の原題は『本物の家族』。現在40代半ばのファビアン・ゴルジュアール監督が体験した実話をベースにしており、同監督の母は里親だった。フランスの里親制度を含めた子育て支援について知り、日本の社会的養育について考えてみたい。
『1640日の家族』は里親家庭における日常のきめ細やかな描写から始まる。シモンは生後18カ月で里親のアンナに預けられ、4年半の間、アンナ夫婦の実子である2人の息子と3人兄弟のように育ってきた。シモンと定期的に交流を続けてきた実父・エディが「息子を手元で育てたい」と申し出たため、児童相談所(映画では児童社会援助局)がシモンの家庭復帰を進める。シモンに愛情を注いできたアンナはエディの言動から不信感を抱き、不穏な雰囲気に。里子の心は里母と実父の間で戸惑い、小さな嘘をついてしまう。以下、ネタバレの部分を含む。
※参考
・【里親制度】里親が里子を「愛しすぎ」てはいけないのか? 映画『1640日の家族』から考える里親制度
https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20220731-00307983
筆者は「まだ手のかかる6歳児を、よく父親単身の家へ戻そうとするなぁ」と思った。日本の、ある元児相職員からこんな話を聞いたことがある。子どもを産んで間もなく母親が亡くなり、子どもを抱えて「どうしようか」と悩む父親を「一生、昇進は望まず、勤務時間は午前9時から午後5時までという働き方ができるなら任せるが、それができないのなら里親家庭に託すべきと説得した」と。
ゴルジュアール監督が映画のモチーフとなる体験をしたのは30年ほど前のはずである。つまり、フランスは父子家庭が安心して子育てできるような支援が、ずっと以前からあったということだろう。
心配のあるケースから予防的に支援
フランス在住で、現地の子ども家庭福祉を研究する安發明子さんの解説によると、フランスでは日本の約10倍の子どもが、児相による継続的な支援を受けている。なぜなら虐待を受けた子どもを支援の対象とするのではなく、心配のある段階で予防的に支援しているからだ。ただし、危険でなければ子どもが望む限り、家庭内に留まることができる。
子どもが親元を離れるのは、家庭内での支援が失敗したり、危険が生じたりした場合で、親子の分離は95%の場合、裁判官が決定する。親権はそのまま親が持つが、教育監督責任を果たす意思を1年以上示さない場合には親権を奪い、養子縁組を可能とする手続きが検討される。子どもがどこに預けられるかは、里親家庭と小規模施設がほぼ半々となっている。
要保護児童に占める里親などへの委託率の状況(仏は2018年、日本は2020年3月末)を見ると、日本の21.5%に対し、フランスは44.2%と「ほぼ倍」である。フランスが諸外国と比べて高いわけではなく、日本が極めて低いことが分かる。
地域の里親委託率にはばらつき
日本においては第二次世界大戦後、戦災孤児のために建てられた児童養護施設が社会的養育の必要な子どもの受け皿となり、その延長で現在も里親委託率は諸外国に比べてかなり低い。そこで2016年の児童福祉法改正では「家庭養育優先」の原則を掲げた。その後、自治体はさまざまな取り組みを通じて里親制度を推進している。ただし現状は自治体間の格差が大きく、委託率にはばらつきがある。
日仏で里親に対する処遇や支援を比較してみると、フランスにおいて里親は300時間の研修を課す国家資格で、職業として成立している。安發さんが記したパリ市のケースによると、子どもの養育にかかる費用とは別に、手取りは子ども1人受け入れの場合に月額18万5,000円で、年次有給休暇もあり、定年は62歳である。
日本においては里親手当が設けられており、養育里親は月額90,000円(2人目以降も同額)、専門里親は月額14万円(同)で、一般生活費として乳児には6万110円(月額)、乳児以外は5万2130円(同)が支給される。養育及び専門里親には研修が義務づけられ、「養子縁組を希望する里親」という区分もある。日仏の報酬の差は大きく、里親を職業として捉えて就労環境を保障している点で、フランスの方が里親に対して手厚い待遇であるといえる。
子ども同士の人間関係が大切
最後に子どもの心情を追いながら、筆者が印象に残るシーンを振り返ってみたい。
シモンが「(兄たちと)雪山で一緒に遊びたい」と言ったのは本心で、子ども同士の人間関係を大切にしたかったに過ぎない。里親家庭における生活でシモンの最大の関心事は「何をして遊ぶか」。「お兄ちゃんと遊びたい」「スキーがしたい」「雪を見たい」という言葉には、それだけの意味しかない。しかし、大人たちは言葉の裏に「実父と里親、どっちを選ぶの?」という答えを求めてくるように感じられた。
シモンは頭をフル回転させ、小さな嘘をついたり、言いよどんだりする。「実父のプライドを尊重しよう」「里母に嫌な思いをさせないように」といった心情が、観ている側は手に取るように分かる。安發さんによると、こういった尊重したい複数の大人の利害関係の中に置かれることを「忠誠葛藤」と呼ぶ。シモンを演じるガブリエル・パヴィの目の演技が秀逸だけに、答えに窮する表情から切なさが伝わってくる。
子どもの立場で考えた場合、里親家庭で暮らすのと、実父と暮らすのとでは、その後の人生や人格形成において異なる影響があっただろう。また、葛藤を経験した子どもは、それを試練と感じたかもしれない。しかし、年齢を重ねて多面的な思考ができる人間になれば「貴重な経験だった」と思えるかもしれない。そうあってほしいと願わずにはいられなかった。
育つ環境が激変しないように
安發さんによると近年のフランスでは、里親や施設を一時的・断続的に利用したり、在宅支援で複数の大人が関わって育てたりするなど、臨機応変な育児支援が行われているという。親戚や習い事の指導者なども巻き込んで、子どもの育つ環境が激変しないよう、さまざまな配慮がなされてる。
あるベテラン里親によると、日本においても里親宅に子どもをショートステイさせる取り組みを行っている市町村があり、国や県もバックアップしている。児童養護施設の里親支援専門相談員などが仲立ちとなっており、施設で育ってきた子どもを短期で里親宅に委託するなどの事業も活発化している。
日仏いずれも、施設・里親宅と子どもの生活環境を分断せず、子育てに関わる大人が緩やかにつながりながらフォローし合う仕組みづくりが進んでいる。可能であれば、そこに生みの親も加わることもある。
シモンのように離別や環境の変化を繰り返すことは、心に負担がかかるかもしれない。一方で、自分と真剣に向き合って愛情を注いでくれた大人が複数いる人生は、豊かだと思う。これは要保護児童に限らない。親戚や習い事の指導者、スポーツの指導者、近所のおじさんおばさんなど多くの人に見守られて育つことが子どもにとって、さらには親にとっても望ましいだろう。
だからこそ、シモンがアンナやその家族と再会を果たすことを願ってやまない。シモンが里親と食卓を囲んだ1640日を振り返った時、「今の成長した姿を見て、と言いたいのではないだろうか」と思うからだ。
※図表は「社会的養育の推進に向けて」(厚労省子ども家庭局家庭福祉課、2022年3月)、写真はすべて映画『1640日の家族』より。
※映画『1640日の家族』公式ホームページ
7月29日(金)
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
監督・脚本:ファビアン・ゴルジュアール/出演:メラニー・ティエリー、リエ・サレム、フェリックス・モアティ、ガブリエル・パヴィ/2021年/フランス/仏語/102分/1.85ビスタ/5.1ch/原題:La vraie famille/英題:「The Family」/日本語字幕:横井和子/配給:ロングライド
※クレジットのない写真は(C)2021 Deuxième Ligne Films - Petit Film All rights reserved.
※参考文献など
・「全国里親会」ホームページ
・「社会的養育の推進に向けて」(厚労省子ども家庭局家庭福祉課、2022年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/000833294.pdf
・「子どもが複数の大人から愛情を受けて育つには――里親制度からの問いかけ」(安發明子著、映画『1640日の家族』解説、2022年7月)
・「フランスに『親のための学校』がある『重要な理由』/子どものケアは親のケアから」(安發明子著、現代ビジネス2020年11月18日)