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【里親制度】里親が里子を「愛しすぎ」てはいけないのか? 映画『1640日の家族』から考える

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
映画『1640日の家族』より。里親が子どもを「愛しすぎ」てはいけないのか?

 7月29日に公開されたフランスの里親家庭を描いた映画『1640日の家族』は、里子と家族の幸せな日々に突然、タイムリミットが訪れる物語である。家族として積み重ねた4年半は、実父の「息子を引き取る」という申し出によってどうなっていくのか――。

 映画は現在40代半ばのファビアン・ゴルジュアール監督の体験をベースとしている。同監督の母は里親だった。里親委託率が日本の「ほぼ倍」であるフランスは、週末には実親、平日は里親と過ごすなど状況に応じた柔軟な制度運用が特徴である。日本のベテラン里親3人に映画の感想と国内の現状を聞いた。

 ストーリーはこうだ。シモンは生後18カ月で里親のアンナとその夫のもとへ預けられた。夫婦の実子である2人の息子とは兄弟のように育ち、一家の“末っ子”として4年半の間、幸せに暮らしている。しかし突然、シモンの実父であるエディが「息子を手元で育てたい」と言ったことから、家族を取り巻く状況は一変する。里親・実父・福祉関係の職員の言動はそれぞれに「子どものため」を思っているが、里子の心は千々に乱れる。

 日本の里親家庭はどうなのだろうか。関東地域のベテラン里親、船矢佳子さん、木ノ内博道さん、齋藤直巨さんに話を聞いた。3人はいずれも全国里親会が発行する機関誌「里親だより」の発行に携わっている。3人の感想や思いとともに映画を振り返ってみたい。以下、ネタバレの部分を含む。

兄弟の“末っ子”として育つ主人公のシモン
兄弟の“末っ子”として育つ主人公のシモン

 プールでの水遊び、卓球、ビリヤード、ダンス……。里親家庭の日常は本当に楽しそうだ。夫婦仲が良く、里子に関わる大人たちも好意的である。兄弟仲は良く、シモンは一家に溶け込んでいる。一方、アスレチックで遊びたいシモンをアンナがとがめたり、シモンにだけ個室が与えられていたりするなど、里子に対する安全や権利は十分に配慮された養育環境である。

 シモンはエディと定期的に交流してきた。里親家庭で過ごす時間に期限が設けられ、週末だけの実父宅の“お泊まり”が、長期の休みにも拡大されていく。児童相談所(映画では児童社会援助局)は父子の距離感を見極めつつ、家族の再統合を図る。まず、船矢さんに感想を聞いた。

「映画では児相スタッフの前で里親と実父が語るなど、交流のプロセスが丁寧に描かれていました。日本では10年以上も生みの親からは音沙汰なし、ということもあります。フランスのように交流していても突然の申し出で里親は戸惑うのですから、交流が少ない日本ではもっと大変です」(船矢さん)

 ある日、シモンがエディの家から1枚の写真を持ち帰る。実母が赤ちゃんを抱いた洗礼式の記念写真で、シモンにとっては生い立ちを知る機会となった。里親は「いつかは里子を返さなくてはいけない」という事実を呼び起こされる。写真は里母・実父・里子の3者の関係を揺さぶり、アンナは感情を爆発させてしまう。

里子を返す心構えができるかどうか

「里親にとって子どもを返すのは辛いことです。『いずれ返さなくてはいけない』という心構えができるかどうか。里親は、その覚悟をシミュレーションしておかねばなりません。きょうだいにとっても離別は辛い。家族全員の生活が変化するからです。1640日(ほぼ4年半)という年月は、割り切って生活するには長いように感じられました」(船矢さん)

 船矢さんは4年半を「微妙な、難しい年月」と表現した。日本の里子にとってはリアリティーのある数字だ。厚生労働省によると里親の委託期間の平均は4.5年(5年に1度の調査で、数値は最新の2018年2月)である。

シモンを抱き上げる実父のエディ
シモンを抱き上げる実父のエディ

 生みの親の存在を、子どもとの関係性からどう捉えているのか。

「父親のもとに帰ることは、子どもにとっては生い立ちの葛藤が解消されることになります。『出自を知る権利』などの問題の難しさはなくなります。それは子どもにとっては良いことなのだと思います。でも里親と別れた後も里親家庭と交流できたら良かったのにと感じました」(船矢さん)

 育ての親として里子・養子の「生い立ちの葛藤」を見守り、支えてきたからこそ言えるコメントである。

長期的・包括的視点に立った父子のケアは?

 エディはシモンの母親である妻を亡くした直後、福祉の力を借りた。どん底から立ち上がり、父親としての役目を果たそうと養育の意思を示す。4年半の歳月を積み重ねてきた上でわが子の引き取りを決め、ぎこちない愛情を注ぐようになる。里母を「ママ」と呼ぶことに難色を示したり、シモンの宿題のフォローを里親家庭に押しつけようとして関係がギクシャクしたり……といったことが原因で諍いが起こる。木ノ内さんは、長期的・包括的視点に立った親子のケアの重要性を指摘した。

「そもそも実父を早くから支援すべきだったのではないでしょうか。そして『5年以内に実父へ子どもを返すために皆がどうすべきか』という目的意識を最初から共有し、長期的な計画に沿って進んできていたらよかったと思います。里親に預けた時点で『再び一緒に暮らすこと』をゴールとすべきでした。『(実父が)返してほしいと言ったから返す』では、子どもがモノのようですね」(木ノ内さん)

 アンナと周囲の軋轢が大きくなる中、児相職員は全員の気持ちが揺さぶられていることを知りつつも、実父の元へ戻すことを進めていく。幼くして実母を亡くしたシモンは、記憶になくても肌感覚で離別のショックが残っていたはずである。アンナは4年半かけてシモンを丁寧にケアし、喪失感を埋めていった。にもかかわらず、「里親の貢献が低く見積もられている」と感じる場面もあった。監督のインタビューによると「その(離別)後、我が家で里子を受け入れることは2度となかった」とある。

アンナと食卓を囲む夫と2人の息子
アンナと食卓を囲む夫と2人の息子

 木ノ内さんによると、米国では子ども・実親・里親・児相とそれぞれに弁護人が付き、子ども裁判所で審議されるそうだ。日本でも弁護士を置く児相はあるが、独立した機関による審議が必要だと考えている。「何より子どもの声を聞く仕組みが必要。それから代理人を立て、それぞれがクールに話し合うべきだと思う」と語り、里親の胸中を代弁した。

「委託が解除されると里親はダメ出しされたような気持ちになるものです。ショックが大きく、辞めてしまう里親もいます。なぜ子どもを引き上げられたのか。熱心だった里親がなぜ脱落していくのか。うまくいかなかったケースほど調査し、隠れた問題を洗い出してほしいです」(木ノ内さん)

 日本では一旦、措置解除になった子どもを過去に暮らした里親家庭へ預けることは、ほとんどない。しかし、感情の行き違いでうまくいかなかっただけで、子どもが後になって「やっぱり前の家へ戻りたい」と考えることもあるだろう。実父と暮らすようになったシモンに何か起こった場合、頼りになるのは4年半の間、一緒に暮らした里親のはずである。「そもそも児童福祉法には措置解除の後、実親の家庭再構築のために役立つよう明示してある」木ノ内さんは強調する。

 里親と子どもの関係悪化が原因で委託が解除される「里親不調」について、読売新聞が児相を持つ全国73自治体を調査したところ、2019、2020年度に里親への委託を解除された子どもの18%は不調が原因だった。記事では虐待などの理由で生みの親と暮らせない子どもが里親家庭でも不安定になり、里親ともうまくいかず離別に至っているとしている。傷ついて別れる里親子が5組に1組もある現状をどう考えていけばいいのだろうか。

最も尊重すべきは子どもの心

 アンナが実父との時間を共有した後のシモンに「パパの家、楽しかった?」と聞くが、シモンは何も言わない。生みの母の写真に関し、実父と里母から問い詰められるシーンでは「どう言おうか」と考えているのが伝わる。シモンを演じるガブリエル・パヴィの目は、心情を雄弁に語る。夫・実子2人・里子と映画を観た齋藤さんに感想を聞いた。

「アンナが感情を爆発させるシーンに『気持ちは分かるけれど、感情的であることが(児相に)懸念材料とされてしまうから、そこは踏ん張って!』と内心ハラハラしてしまいました。シモンが里母と実父の間で板挟みになるのも避けてあげたかったです。アンナに対して『実子がいるからこそ、子どもを手放す苦しみを分かってあげてほしい』とも思いましたが、里親、実親どちらの親の気持ちも自分の体験と重なる部分があり、とても苦しかったです」(齋藤さん) 

 物語は里子・里母・実父の三者間で起こる出来事を追っているが、齋藤さんは長男・次男・シモンの三者の関係性に目が行ったそうだ。

「里親の実子2人は、シモンを“里子”や要保護児童などのフィルターを通さず1人の人間として見ています。『遊びに行きたがっているよ』とシモンに味方したり、『1人部屋をもらえてうらやましい』と本音をぶつけたり……。“末っ子”を特別扱いせず、気持ちに寄り添っている点で、社会的養育でもっとも大切にしなければいけない『子どもを守る』ということの本質を体現しています。社会的養育の問題を解決に導く力になってくれるのは、やはり子どもだと感じます」(齋藤さん)

次男と仲良く遊ぶシモン(左)
次男と仲良く遊ぶシモン(左)

 齋藤家も子ども3人(うち里子1人)で、実子が里子の気持ちを代弁し、自然な会話の中で親に意見することもある。2019年から2020年にかけては社会的養護を経験した子ども(里子、里親家庭の実子、施設経験者)、里親仲間、専門家と「ナイス!な親プロジェクト――こども&おとな会議」と題し、子どもの声をもとに「ナイスな里親養育」を考える活動に取り組んだ。子どもの声を元に策定した「子どもの考えるナイスな社会」(こども会議で決定)、「里親の子育てスキル12カ条」(おとな会議で決定)は、里子の気持ちを考えることに役立っている。そういった経験から「子どもの声を大人が無視してはいけない」「子ども同士の関係性を大切に」などと思いながら映画を観たという。

 アンナを演じたメラニー・ティエリーは「撮影が進むうち、自分以外誰もアンナを理解できないのではと、孤独を感じるようになった」と話している。「子どもを奪われる」という不安がアンナの視野を狭め、孤立させていた。

「私はたくさんの人に助けてもらって、なんとか里親を続けてこられたという実感があります。里親の先輩の体験談や最新の情報から学ぶこと、自分が共感できる里親仲間と日ごろからつながっておくことは、自分自身や子どもを守るために重要だと思います。同時に、児相の職員など援助職の手腕によって里親と実親の信頼関係を育んでくれるような支援があると良かったなと感じました。失敗の連続は映画の中だけのことではなく、仲間から寄せられる相談にも同じような苦しい体験もあります。こういった事実を率直に語ることができる環境に、日本も早くなってほしいと思います」(齋藤さん)

 映画は里親家庭の魅力を存分に伝え、児童養護施設の場面も描いている。齋藤さんは「この映画を、子どもの支援に関わる全ての大人に観てほしい」と話し、里親家庭への理解の深まりに期待を寄せた。

 船矢さんは里親・養親同士のつながりの中で育ての親の声に耳を傾け、子育ての本音を引き出し、リアリティーと説得力ある文章で紹介しているプロのライター。特別養子縁組の親子を支援するNPO法人「グミの会」の中心メンバーでもある。木ノ内さんは2016年の児童福祉法改正に先立ち設けられた「新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会」のメンバーだった。児童福祉行政や法律、これらをテーマとする専門職とのつながりが深く、行政資料や調査報告書などを読み解いて硬質な文体で里親制度の課題について分析している。齋藤さんは里親や子育て中の親による一般社団法人「グローハッピー」の代表理事。全国に広がるネットワークを生かして里親のみならず、社会的養育を経験した当事者や専門家とつながり、発信している。

愛することを加減はできない

 映画のコピーに「大切なのは、愛しすぎないこと」とある。これはゴルジュアール監督の母が里親となったばかりのころ、子どもを受託した際に社会福祉士から「この子を愛しなさい。でも愛しすぎないように」と言われたことから想起したらしい。ベテラン里親の3人が声をそろえて言うのは「『愛しすぎるな』なんて無理。加減などできない」と。「むしろ、目いっぱい愛してと言うべきでは?」などの意見が挙がった。

アンナはじっくりとシモンの話に耳を傾ける
アンナはじっくりとシモンの話に耳を傾ける

「愛しすぎてはいけない」という言葉には、「去る者は追わず」のニュアンスを覚える。しかし、筆者がこれまで取材してきた多くの里親からは「来る者は拒まず」という寛容さを感じた。また、「去る者は追わず」といったドライな心境になることも難しいように思う。毎日食事を用意し、洗濯をして、宿題を手伝って……。1640日も子どもと同じ時間を過ごしてきたら、「親子関係を終了せよ」と言われ「分かりました」とすぐに気持ちを切り替えるのは難しい。

 そもそも「来る者は拒まず、去る者は追わず」が当てはまるのは、もう少し薄い人間関係を指して言うように思う。寝食をともにし、家族となった関係性においての「去る」とは前向きな自立であり、その場合でも多くの里親は「困ったことがあったらいつでも訪ねておいで」というスタンスである。「来る者は拒まず。去った者も気にかける」のが里親の本音だろう。

1640日の日々を「本物の家族」として描く

 映画『1640日の家族』は家族の絆が生まれ、そして壊れていくストーリーである。フランス語の原題は『本物の家族』。ゴルジュアール監督は5人家族だった1640日の日々を「本物の家族」として描いた。里親制度への問題提起という社会的な役割とともに、里親だった両親や“末っ子”の弟の心情に寄り添う独自の視点が感じられる。

「愛しすぎてはいけない」という言葉は里親への強烈な問題提起である。ストーリーを追った3人の里親は共感以上の思いを抱いて映画を観賞し、「わがこと」として感想を語った。とりわけ「映画のようなケースは、日本でもよく見聞する課題」という言葉が印象深かった。

 続いてフランスと日本の里親制度について考えてみたい。

・【里親制度】映画『1640日の家族』に見るフランスと日本の里親制度の違い

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20220801-00308199

※写真は映画『1640日の家族』より。

※映画『1640日の家族』公式ホームページ

https://longride.jp/family/

7月29日(金)

TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中

監督・脚本:ファビアン・ゴルジュアール/出演:メラニー・ティエリー、リエ・サレム、フェリックス・モアティ、ガブリエル・パヴィ/2021年/フランス/仏語/102分/1.85ビスタ/5.1ch/原題:La vraie famille/英題:「The Family」/日本語字幕:横井和子/配給:ロングライド

※クレジットのない写真は(C)2021 Deuxième Ligne Films - Petit Film All rights reserved.

※参考文献など

・「全国里親会」ホームページ

https://www.zensato.or.jp/

・「社会的養育の推進に向けて」(厚労省子ども家庭局家庭福祉課、2022年3月)

https://www.mhlw.go.jp/content/000833294.pdf

・「児童養護施設入所児童等調査の概要(2018年2月1日現在)」(厚労省子ども家庭局・社会援護局障害保健福祉部、2020年1月)

https://www.mhlw.go.jp/content/11923000/000595122.pdf

・「里親への委託解除された子ども、2割が関係悪化原因…子の問題行動や養育の難しさ背景」(読売新聞オンライン、2022年02月24日08:02)

https://www.yomiuri.co.jp/national/20220223-OYT1T50185/

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは「東洋経済オンライン」、医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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