【ソウル取材レポート】韓国は米朝首脳会談をどう見たのか。メディアは”熱狂”、市民は”やや静か”
韓国・ソウルにて「歴史的」といわれた米朝首脳会談@シンガポールの雰囲気を見てきた。
12日のメディア報道は終日、この話題一色だった。主要テレビ局は”特報”として関連ニュースを一日中報道。両首脳のシンガポール到着からの詳細を報じるなかで、こういったフレーズが繰り返された。
”韓半島(朝鮮半島)の歴史的瞬間”
4月27日に行われた南北首脳会談も、この米朝首脳会談への筋道だった。
朝鮮戦争のステークホルダー( 米・韓と旧ソ・中・朝)のうち、一度も1対1で顔を合わせたことのない両国の首相が会う。朝鮮戦争の集結、ひいては冷戦構造の終結にも繋がる。
前日、6月11日の『朝鮮日報』は一面でこんな見出しを打った。
「北が非核化のスケジュールを示せば……アメリカは”終戦宣言”」
ちなみに、事の重要性は北朝鮮の憲法を見ても分かる(ソウルではさすがにここまでは報じられていなかったが)。なにせ、朝鮮民主主義人民共和国という国家のルーツにも関わる大きな出来事なのだ。
同国の「社会主義憲法」の第1章第2条にはこう記されている。
「朝鮮民主主義人民共和国は、帝国主義侵略者に反対し、祖国の光復と人民の自由と幸福を実現するための栄えある革命闘争で成し遂げた輝ける伝統を受け継いだ革命的な国家である」
”帝国主義侵略者”に反対することが元々の国のありようだと。さらに同憲法の序文にはこういった文章がある。
「金日成同志は永世不滅のチュチェ思想を創始され、その旗のもとに抗日革命闘争を組織、指導して栄えある革命伝統を築き(以下略)」
日本統治下での抗日パルチザン運動が国家としてのルーツだ、とはっきりと記している。つまり”帝国主義侵略者”の最初の絶対的対象は日本だった。いっぽう第二次大戦終戦後に朝鮮戦争が勃発。国際秩序も変化するなか、自分たちを侵略する国、とはアメリカに変わった。「米帝」という言葉があるくらいだ。日本と韓国はそこに追随するという位置づけだ。
つまりは国のありようを示す憲法上で”反対する”と記している国。そこに勝つための革命伝統が根底にある、ともしている。その相手に会おうというのだ。
声明に”CVID”が入らなかったため「部分的成功」の評価。左右中道各紙の報道は?
その”歴史的対談”についての韓国メディア報道を見ていると、日本よりも明らかに「CVID」の言葉を強調する様子が目立った。
complete(完全で),verifiable(検証が可能で),irreversible(不可逆的で),dismantlement(廃棄/非核化)な核放棄。
これが共同声明に織り込まれるのか。終日シンガポールの様子が報じられるなか、現地時間16時からのトランプ大統領の会見前後には幾度も「成果の分かれ道」と繰り返された。結局、これが入らなかったため、韓国内での今回の会談は「部分的な成功」という見方が一般的だ。
翌日昼の段階で、現地有力紙は最大のポータルサイト『NAVER』に以下を主要記事として配信している。
■保守
『東亜日報』 「金正恩、ここからは本音を語れ」
『朝鮮日報』 「北、非核化の言及はなかったが、韓米(軍事合同)訓練中断を背負わせた」
厳しい論調。『東亜日報』は1960年代に当時の西ドイツの首相が訪韓した際、時の大統領朴正煕が「国民は厳しい経済状況で飢えている」と率直に話した例を挙げ、金正恩朝鮮労働党委員長にも同様のスタンスを求めている。『朝鮮日報』は北は自分たちの主張ばかりを通そうとしたと論じた。
■中道
『韓国日報』 「トランプ、FOXニュースに『金正恩は事実上、すぐにでも非核化を開始する』」
米国メディアにはより踏み込んだ内容を話した、ということ。ちなみにこの日、韓国のテレビ局に出演したコメンテーターの数人も「発表されなかった合意事項が存在しうるのでは」と推測していた。
■進歩
『ハンギョレ』 「CVIDの明示はなかったが…トランプ、”信頼がなければ署名しなかった”」
『京郷新聞』 「北・米「世紀の対話」CVIDを無理にねじ込みたくなかったトランプ。『時間がなかった』」
両紙ともにやはり好意的な内容。会談が行われた事自体が成功とするハンギョレ、いっぽう京郷は無理にCVIDを織り込むことは逆効果とした
市民は意外と静かな反応。「まだまだ信じていいのか」「そもそも統一を望んでいない」
メディアが熱心に報道するいっぽうで、ソウル市内の反応は「意外と静か」というものだった。
4月27日の南北首脳会談の際には、大型モニター前に集まり、中継の姿に一喜一憂する姿も見られた。しかしこの日、午前10時の米朝両首脳の歴史的面会の瞬間に市内の政治活動のメッカ光化門を訪れたが……ほとんどの人が「東亜日報」社屋の大型モニターの前を素通りしていた。
近隣の米国大使館前で左派の小さな市民団体が「在韓米軍撤退」を訴える市民運動を行っていた程度だった。
当然、今回の会談の重要性は強く認識されているはず。なぜか?
いつも光化門を出勤で通る、という20代後半女性はこう答えた。
「前に一回やったから……」
南北首脳会談で一度、金正恩朝鮮労働党委員長が登場する、というシーンは目にした、と。さらにあの時は板門店での面会の瞬間から、会談の冒頭部分、両首脳の散歩の様子、すべてがライブ中継された。今回は冒頭と終了時のみ両首脳が並んでカメラの前に現れた”だけ”だった。
進歩系市民団体の活動に積極的に参加している、という40代後半の男性はこんなことを言っていた。
「明日(6月13日)に国会(韓国は一院制)の統一地方選挙があるからだよ。今回、そちらとタイミングが重なってしまったので、個人的には関心が下がっている」
確かに街なかでは、候補者の横断幕が多く目に入ってきた。
現地ラジオ番組のレポーターも「市民の声」を収録していた。話を聞いた。
「話を聞く限り、『この展開を信じていいのか』という人は多いですよ。4月末の南北首脳会談から1ヶ月半でこの展開。急すぎるんじゃないかと。また、これまでも北は幾度か変化する機会があったはず。でも変わらなかったんです。期待させておいて、裏切る。そういうことが繰り返されるんじゃないかと」
もちろん、喜ぶ声も聞かれた。60代の男性は「今日(12日)の会談、明日(13日)の地方選挙、そしてロシアワールドカップ開幕(14日)。非日常的な3日間が続きますよね」。また握手する両首脳の映像を見るや「これ、実話なの?」と漏らす人もいた。
しかし、そのいっぽうで「低い関心」でも「歓喜」でもない、保守派の根強い反発もある。昨年3月の朴槿恵大統領罷免によって行われた大統領選挙では、得票率で24.03%と惨敗した。保守の朴槿恵前大統領の当選時は51.6%の得票率があったから、支持層が半減している計算だ。とはいえ、この層は強い意見を持ち続けている。光化門を通りかかった40代前半のホテル経営者(男性)はこう意見した。
「まだまだ、状況は分からないですよ。韓国の保守層には統一を望まない人もたくさんいる。私もそうですよ。経済的リスクもありますから。今の生活が統一によって、より大変になるのかと」
統一ムードは韓国側のスタンスによっても変わる。そういった考えもあるという。
「次の大統領(2022年)によって、この話もどうなるかわかりませんからね。保守系の朴槿恵大統領から進歩系の文在寅大統領に変わったから、今回の話が急に進んだわけで」
今日、13日投票の韓国統一地方選、国会補欠選挙は「進歩系与党の圧勝」が伝えられており、国内での関心度はやや低いという。今後の北朝鮮情勢にとって、確実に大きなキーとなる韓国の情勢。ここにも要注目だ。