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根拠のある対策で防ぎたい子どもの水の事故

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:アフロ)

 お盆になり水の事故のニュースが連日耳に入ってくるようになりました。

楽しい夏の思い出になるはずだったのが一転して悲劇に変わってしまう事故のニュースを見るたびに、胸が締め付けられる思いです。

 今回は特に子どもの水の事故について、これまでに根拠があると分かっている対策などを中心にお伝えできればと思います。

水の事故自体は減少傾向

 警察庁の資料によると令和3年に水の事故に遭った人は1625名ですが、このうち死者・行方不明者が744名でした[1]。水の事故に遭われた方のうち実に半数近くが亡くなっており、重大事故に繋がりやすいことが分かります。

 実は水の事故の件数は、ここ30-40年で大きく減少傾向で、亡くなる人の数も減っています。それは子どもの水の事故も同様です。例えば1986年には年間665名のお子さんが亡くなっていましたが、2020年には49名と、実に9割以上減っています[2]。ただ、ここ5-6年は横ばいで、そこが課題とも言えます。

わが国の14歳以下の小児の溺水による死亡数の変化(文献2より筆者作成)
わが国の14歳以下の小児の溺水による死亡数の変化(文献2より筆者作成)

子どもの水の事故は4歳以下と中高生に多い

 子どもの溺水には特徴があります。それは起きやすい年齢です。

国内外問わず4歳以下の乳幼児と中高生の年齢層に多いことが分かっています[3]。

米国の小児人口10万人当たりの水の事故による死亡者数(2020)(文献3より引用)
米国の小児人口10万人当たりの水の事故による死亡者数(2020)(文献3より引用)

また、年齢ごとに溺れる場所も大きく違います。2歳以下は圧倒的に自宅のお風呂です。小さなお子さんについては自宅のお風呂のリスクが高いことは改めて強調しておきたいです。3歳以降プールや河川が増え、7歳以降は河川がもっとも多くなります[4]。

わが国の小児の溺水による死亡事故の発生場所(文献4より引用)
わが国の小児の溺水による死亡事故の発生場所(文献4より引用)

また15-19歳では溺水による死亡事故の75%が河川などの自然水域で起きていますが、これは5-9歳の3倍以上です[5]。その理由として、自分のスキルの過大評価や、ハイリスクで衝動的な行動をとりやすいことなど、この年齢層特有の特性が指摘されています[6]。

水の事故を防ぐための6つの対策とは

 さて、子どもの水の事故を防ぐために、どのような対策が有効なのでしょうか。アメリカ小児科学会は2019年に子どもの水の事故を防ぐための声明を発表しました[7]。今回は、この学会声明で挙げられている有効な対策を6つにまとめてお伝えしたいと思います。

1.子どもだけでの水場へのアクセスをブロック

 まずひとつ目は子どもだけでの水場へのアクセスのブロックです。

水の事故というと自然水域が話題になりがちですが、低年齢のお子さんでは家庭内の水の事故が多いです。米国では自宅にプールがついている家も少なくないため、保護者の気づかないうちに自宅プールに落ちて溺れる事故が多発し、プールの周囲にフェンスを設けることが推奨されています。日本にはプールのある家は少ないですが、お風呂にお湯をためて入る文化があります。自宅のお風呂で小さな子どもが溺れる事故は後を絶たず、子どもだけで近づけないような柵などを作ることが重要です。なお、お風呂の蓋やプールカバーは事故を防ぐための根拠はまだ不十分とされています。

 またコロナ禍で自宅でのビニールプールがここ数年人気です。一見水深も浅くて事故とは無縁に見えるかもしれませんが、東京消防庁によると、ビニールプールでも溺れて搬送された乳幼児のケースが報告されています。ビニールプールは水を入れっぱなしにしがちで、気づかないうちに子供だけでプールに近づく可能性もありますので、親はその場から離れないこと、終わったら毎回空にすることなどが大切です。

 また河川では中学生以下の子どもだけのグループで発生する水難事故は子どもの河川での事故全体の約1/3(27%)を占めているとの報告もあり[8]、子どもだけでアクセスしないルールつくりも非常に重要です。

2.ライフジャケットは全年齢に推奨

 2つ目はライフジャケットです。米国小児科学会は自然水域やその周辺で活動する子どもを含む全年齢に推奨するとしています。日本でもライフジャケットの重要性がクローズアップされることも増えてきました。とても良いことと思います。

 ライフジャケットはまだまだなじみのない方も少なくないかもしれませんが、身近に触れる機会があると心理的なハードルが下がります。学校の授業などでライフジャケットを脱着する体験学習などがあればと思います。

 ちなみに、膨張式アームバンドや首浮き輪は「空気が抜ける可能性があり、安全を守るために設計されていないため、ライフジャケットの代用とはならない」ことが強調されています。

3.監視役を明確にし、乳幼児は腕の届く範囲で見守る

 3つ目はこまめな監視です。よく目を離さないように、と言われますが、最近では乳幼児に対してはtouch supervisionという言葉が注目されています。これは「腕の届く範囲での監視」という意味です。小さなお子さんは手の届く範囲で見守ることを原則としていただきたいと思います。

 また、よく監視の有無が話題になりますが、質が大事です。誰か見ていると思っていたら誰も見ていなかった、というケースは意外とあるものです。よく「子どもだけで水辺に出かけない」という原則は非常に重要ですが、河川財団の報告によると、水の事故は家族連れや大人に引率されたグループでも少なからず起きています[8]。大人が複数いても大丈夫とは限らず、監視役を明確に設定することが求められます。

4.監視員は重要だが、必ず監視役の大人もつける

 4つ目は監視員(ライフガード)の存在です。監視員の存在は非常に大きく、学会声明でも大きく取り上げています。一方で米国の水難事故の3割は監視員のいるプールで発生しているという報告もあり、監視員はあくまで予防策の一つの要素に過ぎないことも忘れてはいけません。監視員がいても必ず監視役の大人が必要なことも強調しておきたいと思います。

5.心肺蘇生は予後の改善に有効

 5つ目は心肺蘇生法です。溺れていた時間が5分を超えると脳に神経学的後遺症を残るリスクが高くなるため、迅速な対応が必要です[9]。

これまでの研究から、溺れた後の生存率や神経学的予後の改善にもっとも有効なのはその場での適切な心肺蘇生法(バイスタンダーCPR)の実施であることが分かっています[10]。

 この心肺蘇生法はあらかじめトレーニングしておくことで、スムーズに行うことができます。これは消防署などが行う救命講習会で身につけることができますが、今はコロナ渦でなかなか参加も難しい状況です。消防庁では応急手当の基本知識が学べる「一般市民向け応急手当WEB講習」を用意しており、PCやスマホなどでアクセス可能です。お子様の万が一に対応できるよう、視聴されておくことをお勧めします。

6.水難事故の予防のために知っておくべき知識を整理

 6つ目は水の事故を予防するために身につけておくべき知識や能力です。

具体的には河川の危険な流れの知識、岩や植生など外からは見えにくい危険があることを知っておくこと、河川や海の状況は天気に大きく左右されることから、必ず天気予報を確認すること等です。また、水難救助行動中の約15%で二次災害が発生(多くは死亡・行方不明)することが知られていることから[8]、溺れている人を発見した時はやみくもに飛び込まず、浮くものやロープを投げるなどの対応方法も知っておくことが大切です。

 これらの知識は公益財団法人である河川財団の「水辺の安全ハンドブック」に分かりやすくまとまっていますので、参考にされるとよいでしょう。

河川財団 水辺の安全ハンドブック

 最後に、溺れているときには大げさに水面を叩いたり助けを求めるように声を出すわけではありません。溺れるときは静かです。子どもが遊ぶときは音を立てるものと考え、水の中で静かなときは、溺れている可能性も念頭に対応いただければと思います。

 今回の記事が少しでも水の事故の防止に役立つことを願っています。

<参考文献>

1.警察庁. 令和3年における水難の概況. 2022.

2.厚生労働省. 人口動態統計(1986-2020):不慮の事故の種類別にみた年齢死亡数.

3.CDC. WISQARS,Fatal Injury Data.

4.消費者庁.消費者白書2018,第1部第2章:【特集】子どもの事故防止に向けて.

5.Mackay JM, Samuel E, Green A. Hidden Hazards: An Exploration of Open Water Drowning and Risks for Children.2018.

6.Safekids Worldwide. Exploring Misconceptions that Lead to Drowning. 2016.

7.Denny, Sarah A, et al. Pediatrics, 2019. 143(5).

8.河川財団. No More 水難事故. 2022.

9.野上恵嗣, et al. 小児溺水の予後不良因子の検討. 小児科臨床, 2002. 55(7): 1517-1523.

10.Tobin JM, et al. Resuscitation, 2017. 115: 39-43.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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