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国境を超えるサイバー戦のリアル 英ドラマ「Undeclared War(宣戦布告なき戦争)」に震撼

小林恭子ジャーナリスト
「Undeclared War」(チャンネル4のウェブサイトから)

(放送批評懇談会が発行する月刊誌「GALAC」の2022年11月号に掲載された、筆者コラムに補足しました。)

「宣戦布告なき戦争」登場

 「ゼロデイ」「エクスプロイト」「セキュリティホール」。

 一体、何のことなのか。

 昨年初め、米ニューヨーク・タイムズの記者が書いたサイバー戦についての本を手にした筆者は、頭が疑問符で一杯になった。

 それでも何とか読み進んでいくと、サイバー兵器の開発では世界で最先端・最強のはずの米国の技術が米国が敵視する複数の国に模倣され、今度は米国が攻撃対象になっているという恐ろしい事実がわかってきた。

 ニコール・パーロース記者によるノンフィクションは2022年8月、邦訳版が『サイバー戦争 終末のシナリオ(上)(下)』(江口泰子訳、早川書房)として出版された。

 ちなみに「セキュリティホール」とはコンピューターシステムに生じた保安上の弱点や欠陥、脆弱性を指す。「ゼロデイ」とは未発見の脆弱性で、「エクスプロイト」とは脆弱性を攻撃するコードやプログラムを指す。ソフトウェアやコンピューター会社が脆弱性を修正するパッチを出すまでの間、エクスプロイトをサイバー兵器として使えば、コンピューターに不正侵入することも可能になる。

 偶然にも国家間のサイバー戦争の本をめくっていた筆者は、英国の主要放送局チャンネル4がドラマ「Undeclared War(宣戦布告なき戦争)」がまさにこのテーマを扱っていると知り、飛びついた。

 全6話構成で、チャンネル4の無料オンデマンド・サービス「All 4」(原則、英国のみの視聴)で現在も配信中だ。

工具を持った主人公が歩き回る

 ドラマの時代設定は2024年。

 世界の通信を傍受する英政府通信本部(GCHQ)の分析官たちが、総選挙を前にして英国に仕掛けられた敵国からのサイバー攻撃をいかに回避するかを描く。

 2016年の米大統領選でロシアがサイバー上で妨害工作をしたことは良く知られている。ドラマの敵国もロシアで、「外国勢力による選挙妨害」は決して絵空事ではない。ゼロデイやエクスプロイトの活用も含め、ドラマを見ていると現実とフィクションがダブる。そのリアル感が怖くもあり、スリル一杯で楽しくもある。

 第1話の冒頭は、ある遊園地の場面だ。若い女性が何かを探しているようだ。周囲を見回し、工具を使ってマンホールのふたを開け、中に入っていく。まだ探し物は見つからない。女性は金づちを出して壁をトントン叩く。

 筆者は一瞬、ドラマの選択ボタンを間違えたかなと思った。

 実はそうではなかった。サイバー攻撃に対し、GCHQの分析官たちがコンピューター上で対抗していくとき、画面上の数字や記号だけを映していてはつまらないし、第一、専門家でもなければ、何が何だか理解できない。そこで、ドラマでは人が工具を使って空間の中で作業をする姿で表現したのである。

 冒頭の場面はロンドンの大学に通う主人公サーラがGCHQでの見習い職を獲得するために学友と競うコンピューター上の戦いを「遊園地で探し物をするサーラ」として描いたものだった。

 当初は唐突に思えたこの仕掛けは、一旦その意味が分かると、サイバー戦の攻防が分かりやすく頭に入ってきた。

 GCHQで働きだしたサーラは誰も感知できなかったバグを見つけ、「学生に何が分かる?」と彼女を低く見ていた先輩たちの度肝を抜く。

 しかし、それは実は見つかることを予期して、ロシアのある人物が故意に入れたバグだった。

 なぜそんなバグが入れられたのか。そして、GCHQはサイバー攻撃を撃退できるのか。サーラの恋の行方も含め、息を抜けない展開となる。

 サーラ役は2年前に大学を卒業したばかりのハンナ・カリク=ブラウンが演じ、生真面目で数学好きの女性をストレートに体現する。

 脇を固めるのが映画『ミッション・インポッシブル』シリーズの常連サイモン・ペッグで、上司役で味を出す。

 ロシアの軍事機密の専門家でGCHQの大ベテランを演じる名優マーク・ライランス(スティーヴン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』で、アカデミー助演男優賞など)が忘れられない印象を残す。同僚からは「過去の人」とされる彼が、サーラには心を開く。二人の交流が次の重要な展開につながってゆく。

独特な雰囲気を醸すロシア側の話

 若干ネタバレになるが、ドラマはバグを入れたロシアの青年の物語とサーラが住むロンドンの物語とを並行させて描く。

 ロシア側では貧しい市民の生活、それとは反対の富裕層の暮らし、これに情報機関の内情が描かれ、独特の雰囲気を醸している。こちらの物語だけでも一本の映画になりそうなほどだ(なってほしい!)。

 ドラマの原案を生み出し、脚本、監督、制作を担当したのは数々のテレビ・映画賞の受賞でも知られるピーター・コスミンスキー。

 他国にサイバー攻撃されるという「脅威は残念だが、非常にリアルだ」(チャンネル4のプレスリリースより)。「作りごとの幻想」ではなく、「英国の諜報関係者は可能性があるシナリオとして想定している」と述べている。

 ドラマは突然、終わってしまう。次のシーズンが待ち遠しいが、今のところ、実際にシーズン2があるのかどうか、いつリリースされるのかは発表されていない。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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