いつまでやってるの? 日本版「心理的安全性」の闇
「心理的安全性が高いチームを目指します!」
多くの企業で、こんな掛け声を耳にする。しかし本当にそれでいいのだろうか。正直なところ、「いつまで心理的安全性を意識し続けるんだんだろう?」と思うときがある。心理的安全性という言葉が一人歩きし、誤解を生んでいるような気がしてならない。
そもそも心理的安全性とは、自分の意見や考えを自由に言える環境のことだ。しかし、それは何でもかんでも言っていいということではない。知識や経験に基づいた意見を言えることが大前提だ。
また、日本では「心理的安全性」を
「上司から厳しいことを言われない雰囲気」
「リラックスして働ける職場」
と勘違いしている人も多い。こんな風に考えていたら、むしろ仕事の生産性は下がってしまう。緊張感がなくなり、俗に言う「ゆるブラック」企業になってしまうだろう。
今回は、日本版「心理的安全性」3つの特徴と問題点、本当の意味での心理的安全性について考えていく。とくに経営者やマネジャーの方々に、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
■日本版「心理的安全性」とは何か?
日本版「心理的安全性」はおおよそ次のように解釈されている。その特徴は、以下の3つである。
(1)厳しい指導や叱責がない
(2)リラックスした雰囲気がある
(3)何を言っても怒られない
一つ一つ詳しく解説していこう。
(1)厳しい指導や叱責がない
まず日本版「心理的安全性」で最もわかりやすい特徴は、厳しい指導が少ないことだ。このような組織は「心理的安全性が高い」と思われる。成果が出なくても追及されないし、成長が物足りなくてもキツイ指導をされることもない。常に上司から声をかけられ、柔らかい態度で接してくれる。そんな組織だ。
(2)リラックスした雰囲気がある
次の特徴は、オフィスの雰囲気が和やかでアットホーム。リラックスできる職場環境が整っていることだ。仕事中の私語も許容されたり、服装や髪型などにも厳しい規則がない。束縛されることなく、自由度が高い。そんな職場だ。
(3)何を言っても怒られない
続いての特徴は、上司や会社に何を言っても怒られない。受けとめてもらえることだ。上司の意見に反対しても叱責されない。仕事の進め方について異なる提案をしても傾聴してもらえる。そんな職場だ。
一見、よい職場環境に思えるだろう。もちろん悪くはない。しかし前述した通り、本来の心理的安全性とは、建設的な意見を言い合える環境のことだ。そのため必ず「健全な衝突」が発生する。何が正解か分からない時代であるため、問題解決するための「問い」に対して、上司やベテラン社員だけでなく、若い人も積極的に発言できる場が必要で、そういった組織が心理的安全性が高い、と言われるのだ。
波風が立たないようにすること(=事なかれ)を繰り返していると「健全な衝突」など起こらない。生産性は上がるどころか下がるに決まっているのだ。
■日本版「心理的安全性」が失敗する3つの理由
単にリラックスできる職場を作ろうとする日本版「心理的安全性」では、なぜ失敗するのか。その理由は3つある。
(1)緊張感の欠如
緊張感の欠如は、日本版「心理的安全性」の大きな問題点だ。人は適度な緊張感があったほうがパフォーマンスが最大化するものだ。これを「ヤーキーズ・ドットソンの法則」と呼ぶ。緊張感はありすぎても、なさすぎてもダメなのだ。
このバランスを正しく保とうとするのが組織リーダーの役割である。
心理的安全性を重視するあまり、締め切りを守らない社員や、仕事の質が低い社員に対しても注意をしなくなった会社がある。その結果、組織全体の仕事の質が落ち、会社の業績も悪化してしまったのだ。
(2)上司の負担増加
日本版「心理的安全性」がもたらす最も深刻な問題は、コレだ。上司の負担増加である。
緊張感がなくなり部下の成長が鈍化すると、上司の負担は激増する。ティーチングしたほうが早いのに、コーチング的なアプローチを選ぶと、相手に気付かせ、やる気を誘発するように働きかけなければならない。プロのコーチならともかく、トレーニングを受けていない上司がこのような指導を選べば、
「自分がやったほうが早い」
「あとは私がやるよ」
と言って、部下の仕事を巻き取ることになっていく。なぜなら時代の変化は激しく、部下の成長を待っていられないからだ。会社側も成果を求めてくるわけだから、足元の数字を作るためには、上司自身が動かなければならなくなる。
ある商社の営業部長は、部下からの些細な相談や愚痴もすべて聞くようにしていた。その結果、自分の仕事に手が回らなくなり、残業時間が大幅に増えてしまったという。その結果、会社から叱責され、メンタル不調を訴えるようになった。
(3)責任感の低下
責任感の低下も、日本版「心理的安全性」がもたらす重大な問題だ。
成果を出せない。期待通りに成長していない。それでも部下に厳しく言えない環境では、部下自身が自分の仕事に責任を持たなくなる危険性がある。
「そこまでムリする必要はない」
「自分がやらなくても誰かがカバーしてくれる」
このような甘えが無意識のうちに生まれ、結果として、顧客満足度の悪化や業績低迷につながるのだ。
■「心理的安全性」は不可欠なものではない
日本版「心理的安全性」の闇から抜け出すには、本来の意味を正しく理解することが大切だ。単に「何を言っても大丈夫」な環境ではなく、まず前提として知識や経験を身につけよう。
たとえば医療現場で、まだ知識や経験が足りないスタッフが、ベテランの看護師や医師になんでもかんでも問題提起してもいいのだろうか?
「まずはしっかり勉強してから言ってね」
と一蹴されることもあるだろう。まず最低限の実力を身につけること。十分なパフォーマンスを出せるようになることが前提だ。そのうえで建設的な意見を言い合える環境を作ることだ。
最後に、心理的安全性は万能薬ではないと伝えたい。現代の組織に不可欠な手段でもないのだ。組織の状況によっては別のアプローチが適している場合もある。常に柔軟な考え方を持ち、組織の現状を正しく分析しよう。その都度、組織に合った方法を見つけていくことが大切だ。流行に振り回されてはいけない。
<参考記事>