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持続可能な日本の食料システムと漁業のために 目先の利益か人権か ブランド表示か品質か

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
大漁旗の漁船(写真:イメージマート)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2023年1月4日に配信した『ほころびた食料システムの処方箋(日本)#3 SDGs世界レポート(86)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

国連FAOによると、日本列島が面する太平洋北西部海域は世界でもっとも漁獲量の多い海域であり、2020年には世界の漁獲量の21%に当たる1,945万トンもの魚がこの海域で水揚げされている。また、日本の排他的経済水域(EEZ)は世界で6番目の広さがあり、暖流と寒流が流れ、複雑な海岸線と相まって、世界でも有数の漁場となっている(1)。

しかし、世界の漁業と養殖を合わせた水揚量は1988年から2017年にかけて1億トンから2億トンへと倍増しているのに対し、日本では1984年から2020年にかけて1,282万トンから423万トンへと3分の1に減少している(図1)。

図1:漁業・養殖業の生産量の推移(水産白書、2022)
図1:漁業・養殖業の生産量の推移(水産白書、2022)

異変は日本の海だけではない。日本の食生活にも及んでいる。

食品スーパーではサケやマグロ、ブリなどの魚しか売れないという。アジやサンマのような青魚は小さな骨がたくさんあり、生ごみが出るうえ、腐りやすく臭いがすると消費者に敬遠されている。サケ・マグロ・ブリなら切り身や刺身で食べられるので手間がかからず、生ごみも出ない。

水産白書の「年齢階層別の魚介類の1人1日当たり摂取量の変化」からも、日本人が魚を食べなくなってきていることは明らかだ。図2をみると、特に40〜50代の魚離れが目立つ。

図2:年齢階層別の魚介類の1人1日当たり摂取量の変化(出典:水産白書、2022)
図2:年齢階層別の魚介類の1人1日当たり摂取量の変化(出典:水産白書、2022)

日本人1人当たりの魚介類の消費量は2001年をピークに減少をつづけ、2011年に肉の消費量に逆転を許している(図3)。

図3:食用魚介類の国内消費仕向量及び1人1年当たり消費量の変化(出典:水産白書、2022)
図3:食用魚介類の国内消費仕向量及び1人1年当たり消費量の変化(出典:水産白書、2022)

世界有数の豊な海であったはずの日本の海と日本の食卓に何が起こっているのか。

これまで「ほころびた食料システムの処方箋」に関し、日本の「食料自給率や食料安全保障」、「畜産・酪農・乳業」について特集してきた。今回は「漁業・水産業」について見ていく。

まずは漁業に関する日本の法律について見てみよう。

・漁業法(1949年)

日本における漁業権、漁業の許可、その管理について規定したもの。

・水産基本法(2001年)

「水産物の安定供給の確保」と「水産業の健全な発展」という水産に関する二つの基本理念の実現を図るための基本となる事項を定めたもの。基本計画では、自給率の目標を、2032年度に食用魚介類で94%、魚介類全体で76%、海藻類で72%と設定している。ちなみに2020年度の自給率は、食用魚介類で57%、魚介類全体で55%、海藻類で70%である。

・新漁業法(2020年)

科学的な資源調査と評価に基づく漁業枠(TAC:Total Allowable Catch)の導入など、持続可能な漁業にするための資源の管理方法を規定したもの。現行のTAC魚種は8魚種で漁獲量の6割を占めているが、 2023年度までに23魚種に増やし漁獲量の8割をTAC魚種とすることを目指している。また、資源評価の対象を50種から200種程度に増やす方針となっている。漁船や漁業者ごとに漁獲枠を設ける個別割当制度(IQ:Individual Quota)の導入など管理そのものも厳しくする内容となっている(2)。しかし、水産庁の「TAC魚種拡大に係る検討の進捗状況」からは、新たなTAC魚種の追加が滞っていることがうかがえる(3)。

次に漁業の国際基準についてみてみよう(4)。

・国連海洋法

①沿岸国は、自国の排他的経済水域(EEZ)における生物資源の漁獲可能量(TAC)を決定する。②沿岸国は、自国が入手することができる最良の科学的証拠を考慮して、排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないよう保存・管理措置をとる。その措置は、最大持続生産量(MSY:Maximum Sustainable Yield)の実現とその資源の維持回復ができるものとする。ただし、沿岸漁業社会の経済的ニーズの特別な要請も勘案する。

・SDGs(国連・持続可能な開発目標)

SDGs14は「海の豊かさを守ろう」である。SDGs14のターゲット4は「水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められる最大持続生産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する」とある。その他にも「過剰漁獲につながる補助金を撤廃する」、「海洋法の実施」というターゲットもある。

・EU・HACCP

EUでは、2010年より輸出国の政府が、正当に漁獲したことを示す漁獲証明書(catch certificate)がないと輸入を許可しないことに。

・海のエコラベル認証制度

非営利団体の海洋管理協議会(MSC:Marine Stewardship Council)は、持続可能な漁業で獲られた天然の水産物を認定する制度を設けている。①資源の持続可能性、②漁業が生態系に与える影響、③漁業の管理システムの三原則を評価基準に第3者機関が審査を行い、すべてを満たしていると評価されれば持続可能な漁業として認証され、水産物にMSCの「海のエコラベル」表示を許可される(5,6)。

また、養殖については、水産養殖管理協議会(ASC:Aquaculture Stewardship Council)のASC認証がある。ASC認証基準の原則は、次の7つからなる(5)。

原則1:法令順守

自然環境に対する基準として、

原則2:自然環境・生物多様性への影響の軽減

原則3:天然個体群への影響軽減

原則4:飼料、化学薬品、廃棄物の適切な管理

原則5:養殖魚の健康と病害虫の管理

労働環境や地域社会に関する基準として、

原則6:適正な労働環境の整備

原則7:地域社会との連携、協働

漁業先進国の漁業とは?

漁業先進国では、資源の持続性を考慮した個別割当制度が導入されており、実際に漁獲できる量より大幅にセーブして漁獲を行なっている。漁業・水産業の側にしてみれば、重要なのは「量」ではなく、金額や資源の持続性など「質」である。

たとえばノルウェーでは、1988~90年と2015~17年を比較すると、水揚量は約3割程度の増加であるのに対し、水揚金額は4倍弱に増加しており、水揚量を抑えながら水揚金額を大幅に伸ばすことに成功している。しかも、ノルウェー科学技術研究所(SINTEF)が2016年に行った調査からは、99%の漁業者が仕事に満足しているという結果が出ている(4)。

大手水産会社社員で漁業ジャーナリストでもある片野歩氏は、「北欧・北米・オセアニアなどの漁業先進国は、科学的根拠に基づく水産資源管理をしていることが共通している。日本の水産資源管理は、漁業者による自主管理が主体となっており、日本の水揚量の大幅な減少の原因は、この科学的根拠に基づく水産資源管理制度の不備にある。また日本は乱獲と認めようとしないが、もし(因果関係が)わからないのであれば、FAOの行動規範にあるように、予防的アプローチをすることが必要だ」と指摘している(7)。

日本の漁業・水産業のほころびとは?

ここでは前述の片野歩氏が学習院大学法学部政治学科教授の阪口功氏との共著した『日本の水産資源管理 漁業衰退の真因と復活への道を探る』(慶應義塾大学出版会、2019)を参考に日本の漁業・水産業の問題点を確認してみよう。

(1)漁獲枠(TAC)の問題

日本では、漁獲枠(TAC)が科学的に漁獲していい量よりも高く設定されている。漁業者は獲りたいだけ獲れるかもしれないが、本来保護しなくてはいけない未成魚や産卵魚まで獲り尽くしてしまうことになり、資源はますます枯渇していく。

ノルウェーなどの漁業先進国では、基本的に漁船ごとに個別に漁獲枠が決まっている。そのため漁業者は、豊漁が望めたとしても、魚を獲れるだけ獲ろうとは考えない。水揚げが集中すると魚は安くなり、水揚げ金額は減ってしまうからだ。少しでも魚を高く売るには漁獲量をセーブしたほうがいい。そうすれば水揚げ金額は上がり、水産資源は保護されるという好循環が生まれる。

漁業先進国の漁獲量は科学的根拠に基づいて決められている。その漁獲量を守らないと水産物資源が減ってしまうだけでなく、漁業が持続可能ではないと見なされて、MSCのエコラベル認証を失ってしまう可能性がある。そうなると市場が小さくなり、魚はさらに安くなってしまう。

片山氏たちは言及していないが、『令和3年度 水産白書』の「魚介類をよく購入する理由及びあまり購入しない理由」によると、日本には「魚介類の価格が高いから」あまり購入しない人が42.1%いる(図4)。

図4:魚介類をよく購入する理由及びあまり購入しない理由(出典:水産白書、2022)
図4:魚介類をよく購入する理由及びあまり購入しない理由(出典:水産白書、2022)

日本が漁業先進国なみに持続可能な漁業・水産業にしようとすれば、魚介類の価格は上がる。そのときに日本人の魚離れがさらに進んでしまうリスクは気に留めておく必要があるだろう。もっとも、ウクライナ危機による物価高を経て、牛肉などの価格高騰や全体的な物価高への慣れなど、消費者の意識が変わってきている可能性もある。

魚介類をよく購入する理由の1位に「健康に配慮したから」があげられているように、魚を食べることで摂取できる「オメガ3脂肪酸」や「魚肉たんぱく質」など、健康にいいということや魚のおいしい食べ方を周知していくべきなのかもしれない。

また、このまま魚介類の消費量が減っていけば、水産資源が回復するのではないかという意見もあろうが、ウシやブタなどの肉と魚介類のカーボンフットプリントを考えれば、この先、持続可能な漁業・水産業がますます必要とされることに疑念の余地はない。牛肉は天然魚の20倍、養殖魚の12倍のカーボンフットプリントなのだ(図5)。

図5:食品ごとのカーボンフットプリント(出典:Our World in Data)
図5:食品ごとのカーボンフットプリント(出典:Our World in Data)

注)「カーボンフットプリント」とは、原料調達から消費まで、製品のライフサイクル全体で排出された温室効果ガスを二酸化炭素に換算したもの。

(2)混獲の問題

日本では、漁の対象となる魚種以外の魚が網にかかってしまう「混獲」はやむを得ないという捉え方が一般的だ。ノルウェーのように高緯度の国では魚種が少なく管理できるかもしれないが、日本のように中緯度の国では魚種が多く、漁獲枠のような管理は難しいというのが主な理由だ。

しかし、同じ緯度の漁場を持つ米国も魚種は500種と多く、漁獲量が80%に達する魚種数は日本と同じ16種である。FAOによると、漁獲魚種上位25種が総漁獲量に占める割合は、日本(89.7%)、米国(88.7%)とほぼ同じであり、魚種の多さは「混獲」していい理由にはならない。

逆にいえば、漁獲魚種上位25種の漁獲枠(TAC)を設定すれば、日本は水産資源の9割近くを管理できることになる。

(3)海上投棄の問題

明治学院大学経済学部の神門善久教授は、「あまり知名度のない魚は、どんなにおいしいものでも市場で買い手がつかない可能性がある。つまり、水揚げ後の費用が賄いきれない危険性があるとして、知名度のない魚は洋上で投棄されてしまうのだ。日本沿岸の水産資源が減少して危機的状況にある一方で、このような資源の浪費が行われている」と指摘している(8)。

一方、漁業先進国のノルウェーでは、1987年のマダラの海上投棄禁止を手はじめに、現在では全面投棄禁止となっている。日本でも、漁業先進国のように投棄を禁止し、漁獲したものは漏れなく漁業枠(TAC)で管理するようになれば、あまりのわずらわしさから、漁業者が未成魚のいる漁場を避けたり、漁具を工夫したりして、大きくて価値がある魚だけをねらうように、意識は変わるのではないだろうか。

未利用魚の活用

「未利用魚」とは、サイズが規格外だったり、まとまった数がそろわなかったり、一般にあまり知られていなかったり、あまり流通していない魚のことを指す。こうした魚は市場に出回っても、なかなか買い手がつかないために低価格で取り引きされるか、手間を省くために海上投棄されることが多い。

FAO(国際連合食糧農業機関)が2020年に出した報告書によると、世界の大半の地域では全漁獲量の約30~35%が廃棄されている。日本でも約100万トンもの魚が廃棄されている可能性がある(9)。

これまで捨てられていた「未利用魚」を食べることは、食品ロスを減らすことにつながる。日本でも漁業者から「未利用魚」を直接購入できるサイトがあり、コロナ禍の巣ごもり需要やウクライナ危機による物価高騰で一気に消費者の心をつかんだ。

NHK「クローズアップ現代」では、「価値のなかったものに価値がついて、救世主です。0円のものに対して、千円でも何百円でも価値がつくんで、それはもう全部プラスです」という漁業者の声が紹介されていた(10)。

また、2022年12月7日付の朝日新聞でも、秋田の水産会社が2022年から産直通販サイトで、タイやカレイ、ホッケ、ノドグロ、カナガシラなど10種類ほどの未利用魚の中から、数種類を選んで2キロほど詰めて2千円(送料別)で販売したところ、消費者から「新鮮なたくさんのお魚が入っていて大満足」「こんなにたくさん入って2千円は本当にありがたい」とよろこばれたことが紹介されている(11)。

料理人が自信を持って出せる養殖魚、未利用魚

外食産業では、魚を提供するときに「天然の○○です」と言うことはあるが、「養殖の○○です」と言うことはない。ただ「○○です」とだけ伝えるのが現状である。天然ものの魚の水揚量が減少する昨今、「天然もの」という看板をおろしたとき、はたして客の満足は得られるのだろうか。そんな悩みを抱えた料理人たちが、自信を持って出せる養殖魚、未利用魚を活用することで環境を守れる仕組みをつくろうと動き出した。料理人が生産物の受け皿や発信源として加わることで、養殖業や水産業に新しい価値観を生み出すことができるのではないかと考えた(12)。

まず取り組んだのがアイゴの養殖だ。アイゴは本州や四国、九州に広く生息する魚だが、水揚げして時間がたつと少し臭みが出てくるため、「未利用魚」になっている。ただし、内臓を早く取り除くなど適切な処理をすれば、刺し身は白身魚の中でも独特のうまみや食感があり美味だという。まさに料理人ならではの知恵である。

エサに地元の八百屋から出る野菜くずを利用することで、「未利用魚」の有効活用だけでなく、食品ロス削減にもつながる(13)。

魚の不可食部分の活用

魚の不可食部分には、頭、内臓、血液、皮などがあり、魚種によっては重量の30〜70%を占めるという。スコットランドのスターリング大学の調査によると、水産物の加工工場では1,200万トンの副産物が廃棄されているという(14)。

しかし、こうした副産物は魚粉や魚油の原料として活用できる。世界では、魚粉の30%、魚油の51%はこうした副産物からつくられている。水産資源の有効活用のためには、まだまだできることがあるということだ。

(4)食品偽装とトレーサビリティ

日本では、絶滅危惧種のニホンウナギや太平洋クロマグロが大量に販売され、消費されている。絶滅危惧種に指定されても商取引に法的な拘束力がないためだ。

日本で消費されるウナギの大半は、漁獲した天然稚魚を池で育てる養殖だ。ウナギの稚魚であるシラスウナギの漁は各都道府県の許可制となっている。漁獲量の報告が義務化されているが、密漁が後を絶たない。養殖池によっては、「報告済み」「無報告」「輸入」の稚魚が混入したまま育てられ、それらが「国産」ウナギとして市場に出ている可能性もある。

そんな裏事情を、高知新聞が5年かけて取材し、『追跡・白いダイヤ〜高知の現場から〜』(高知新聞社、2022年)にまとめた。100人以上の証言を基にしており、2021年度新聞協会賞や第69回菊池寛賞を受賞している。

この本で中央大学法学部の海部健三教授は、日本を含めた東アジアのニホンウナギの資源管理について「本気で資源管理をしようとしているのか、疑われても致し方ない状況」だと指摘している。欧州では、ニホンウナギが問題になるより前にヨーロッパウナギの資源が問題になった。中国に大量に輸出され、資源レベルが1970年代の1〜2%にまで減ってしまったのだ。このときEUは2007年に資源管理のために法律をつくったが、基準を「漁獲していい量」ではなく「どれだけ生き残らせるか」にした。その結果、資源を回復させることができた。一方、日本・中国・台湾・韓国は、2015年に「養殖池に入れるシラスウナギの量を2014年比で2割減らす」という目標を立てているが、法的拘束力もないのが現状である。

2022年1月にはTBS『報道特集』が、熊本県の業者が中国産のアサリを熊本県産と偽って販売していることをスクープし、大きな社会問題となった。報道のあと、それまでスーパーにたくさん並んでいた熊本県産のアサリが一斉に消えたのは記憶に新しい。

ところが、2022年10月には三重県の3つの業者が中国や韓国から輸入したアサリを、三重県産や熊本県産と偽装して販売していたことが発覚し(15)、また、2022年12月にも山口県と福岡県の業者が北朝鮮から密輸したシジミを国産と偽装して販売していたことが発覚している(16)。

明治学院大学の神門善久教授は、「偽装表示を引き起こすのは生産者ないし流通業者であって、消費者に直接の責任があるわけではない。しかし、そもそも、個々の魚介のよし悪しよりもブランドなどのイメージに消費者が左右されてしまうからこそ、偽装表示をしようとする動機が強まるという側面もある。もしかすると、消費者はブランドが表記された魚を食べることが目的化していて(つまり味などの品質には注意が向かっていなくて)、表示が偽りだとしても気にしていないのかもしれない。そういう節操がないブランド信仰が続くのであれば、偽装表示は絶えそうにない」と手厳しい(8)。

こうした日本における水産物のトレーサビリティの欠如や消費者意識は、別の問題の温床になっている可能性がある。

知られざるシーフード産業の闇

あなたの買った魚は奴隷が捕ったものかもしれない。

奴隷労働5年、7年、12年…

今日も東南アジアの海で「海の奴隷」が私たちの食卓に並ぶ魚を捕っている。

まさか、と思うかもしれない。しかし、2022年に公開されたドキュメンタリー映画『ゴーストフリート 知られざるシーフード産業の闇』を観ると、21世紀のいま、実際に起こっていることなのだということがよくわかる。

映画は、2017年にノーベル平和賞にノミネートされたタイの人権活動家パティマ・タンプチャヤクル氏が、タイの漁船からインドネシアの離島に逃げた「海の奴隷」たちを探し出し、保護する様子を追ったものだ。

タイは世界有数の水産大国である。マクドナルドのフィレオフィッシュも、日本で売られているツナ缶や冷凍シーフード、キャットフード缶詰の多くもタイで加工されている。しかし、そのタイには、人身売買業者にだまされるなどして漁船で奴隷労働者として働かされている「海の奴隷」が数万人存在するといわれている(17)。

世界のIUU漁業による漁獲量は1,100~2,600万トン、金額に換算して約1兆1,459億円~2兆6,928億円に上ると推定されている。「IUU漁業」とは、「Illegal(違法)、Unreported(無報告)かつUnregulated(無規制)」に行なわれている漁業のこと(18)。

日本が水産物を輸入する上位9カ国で評価した調査によると、2015年に輸入した天然水産物215万トンの24~36%、金額にして1,800~2,700億円がIUU漁業によるものと推定されている。

日本は、タイにとって二番目に大きな水産物輸出の市場であり、安価な水産物の裏で犠牲になっている「海の奴隷」問題と無関係ではない。人権侵害の疑いのある漁船で漁獲された水産物が海上で別の運搬船に転載され日本の港で水揚げされていることを指摘する環境保護団体もある。

漁船は自動識別システム(AIS)、追跡ビーコンを使用しており、世界の海運地図上で位置を確認することができるようになっている。IUU漁業は、こうした追跡装置を解除された状態で行われることが多い。

そこでカリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究者たちは、2017年から2019年の間に世界のどの海上で追跡装置が解除されていることが多いか調べることで、IUU漁業が行われている可能性のある場所を特定した(19)。

調査によると、漁船の追跡装置が解除は、西アフリカ、アルゼンチン沿岸、北西太平洋などの排他的経済水域(EEZ)の海上境界、特に係争中の境界付近が多かったという。研究者たちは、こうした境界付近の海上でIUU漁業を行う漁船と運搬船への積み替えが行われている可能性があるとみている。

ただし、AISシステムは国際法で義務づけられているわけではなく、解除すること自体は違法ではない。競合他社や海賊から位置を隠すために解除する場合もあるからだ。

日本では、IUU漁業対策として、輸入される魚介類が適法に漁獲されたものであることを示す証明書の添付を義務付ける「水産流通適正化法」が2022年12月に施行された(20)。

目先の利益や利権か、それとも将来にわたる水産資源の持続性や人権か。どちらを選択するのかと私たち一人ひとりが絶えず問われている。さて、日本はどちらに進んで行くのだろう。

参考資料

・片野歩・阪口功著『日本の水産資源管理 漁業衰退の真因と復活への道を探る』(慶應義塾大学出版会、2019/2/15)

・神門善久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

・秋道智彌・角南篤編著『日本人が魚を食べ続けるために』(西日本出版社、2019/2/23)

・橋本高明著『最後の砦 漁業取締りの流儀』(文芸社、2019/6/15)

・佐藤洋一郎・石川智士・黒倉寿編集『海の食料資源の科学 持続可能な発展にむけて』(勉誠出版、2019/10/25)

・アマンダ・リトル著、加藤万里子訳『サステナブル・フード革命』(インターシフト、2021/12/20)

・高知新聞取材班編著『追跡 白いダイヤ〜高知の現場から〜』(高知新聞社、2022/9/20)

・井出留美著『食べものが足りない! 食料危機問題がわかる本』(旬報社、2022/1/10)

1)「令和3年度 水産白書」(水産庁、2022/6/3)

https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r01_h/index.html

2)TAC魚種拡大に向けたスケジュール(水産庁、日付不明)

https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/attach/pdf/index-72.pdf

3)「TAC魚種拡大に係る検討の進捗状況」(水産庁、2022/11/21)

https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_kouiki/setouti/attach/pdf/index-111.pdf

4)片野歩・阪口功著『日本の水産資源管理 漁業衰退の真因と復活への道を探る』(慶應義塾大学出版会、2019/2/15)

5)秋道智彌・角南篤編著『日本人が魚を食べ続けるために』(西日本出版社、2019/2/23)

6)井出留美著『食べものが足りない! 食料危機問題がわかる本』(旬報社、2022/1/10)

7)「魚が獲れない日本」と豊漁ノルウェーの決定的な差! 「大漁」を目指さない合理的理由(Yahoo!ニュース、2022/10/22)

https://news.yahoo.co.jp/articles/d4a5ac14670b2fc90e2e7ada8260ed0708f3912c

8)神門善久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

9)未利用魚とは 行き場のない魚をサブスクで有効活用(NHKクローズアップ現代、2022/7/4)

https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0019/topic077.html

10)“もったいない魚”未利用魚で食卓を豊かに!安くてうまい簡単レシピも!(NHKクローズアップ現代、2022/7/4)

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4682/

11)大将、このネタ何? 捨てていた「未利用魚」人気、通販では予約待ち(朝日新聞、2022/12/7)

https://digital.asahi.com/articles/ASQD341V6QC6ULUC001.html

12)料理人の立場から思うこと(RelationFish株式会社、更新日不明)

https://www.relationfish.com

13)「未利用魚」アイゴを養殖(日本経済新聞、2022/10/24)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65381060T21C22A0CT0000/

14)If world leaders want to manage global food crisis, they must waste less fish. Here's why(The Print、2022/10/8)

https://theprint.in/world/if-world-leaders-want-to-manage-global-food-crisis-they-must-waste-less-fish-heres-why/1159338/

15)【速報】三重県内の3業者がアサリの産地偽装「中国産」や「韓国産」などを「三重県産」や「熊本県産」として販売(Yahoo!ニュース、2022/10/28)

https://news.yahoo.co.jp/articles/d1bd38b655957c73a19b2c5902cc8b33c4ea0114

16)北朝鮮シジミなのに「国内産」 不正輸入し販売の疑い、山口の商社など捜索(朝日新聞、2022/12/22)

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15508889.html

17)映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』 公式サイト/ 解説

https://unitedpeople.jp/ghost/kaisetsu

18)映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』 公式サイト/ IUU漁業(特別協力WWFジャパン)

https://unitedpeople.jp/ghost/exp

19)At least 6% of global fishing ‘probably illegal’ as ships turn off tracking devices(The Guardian、2022/11/2)

https://www.theguardian.com/environment/2022/nov/02/at-least-6-percent-global-fishing-likely-as-ships-turn-off-tracking-devices-study?CMP=twt_a-environment_b-gdneco

20)特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産庁、日付不明)

https://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/tekiseika.html

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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