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東京オリンピック、プレミア12を前に行われたメキシコとの侍ジャパンシリーズ。その意義について考える

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ENEOS侍ジャパンシリーズ2019

盛況のうちに幕を閉じたENEOS侍ジャパンシリーズ2019

 メキシコ代表を迎え行われた毎春恒例の侍ジャパンシリーズは、1勝1敗で幕を閉じた。今大会の目玉となった清宮(日本ハム)が直前に欠場とあって、観客動員も気になったが、現場、メディア一体となった事前の盛り上げもあり、第1戦が2万8933人、第2戦が2万8622人と大入りと言っていいものだった。

 しかし、一方で、この侍ジャパンの強化試合については、例年否定的な意見も飛び交う。今回も、幸い大事には至らなかったようだが、大山(阪神)が死球により退場するなど、ケガの心配が各球団のファンには付きまとうようだ。シーズン前の大事なこの時期に代表戦など行う意義があるのか、という意見も上がっている。それに便乗するかのように、一部メディアには、侍ジャパンについて否定的な論調をもって臨むものさえある。挙句の果てには、現地の事情も知らずに、メキシコ代表について代表チームという代物ではなかったかのように報じているものもあった。現場でも、一部解説者からは、メキシコチームの練習を見ながら彼らを見下したような発言も聞かれた。しかし、結果が示すとおり、今回のメンバーは、若手主体の侍ジャパンに十分に伍することができるものであり、このことは、メキシコ野球のレベルアップを十分に感じさせたと私は思う。

メキシコのプロ野球事情

 メキシコ球界から見れば、今回のシリーズは非常に有意義なものとなったことは間違いない。

 歴史的な経緯から、この国のトップリーグ、メキシカンリーグは、MLBのマイナー扱いをされている。実際には、MLB傘下のマイナーリーグの統括組織MiLBに加盟し、3Aのランキングが与えられているだけで、各球団は、MLB球団のファームではない。ただし圧倒的なMLBとの経済格差のため、メキシカンリーグの有望株たちは次々と国境を北へ渡り、メキシコ人であれ、アメリカ人であれ、夢破れたものが国境を南に渡る。

 メキシコにおける野球は、人気、知名度の面においてサッカーに大きく引き離されている。それゆえ、夏の全国リーグであるメキシカンリーグも安定性に欠け、選手の給与も低く、チーム数の増減も頻繁にある。昨シーズン末にも2球団の削減が一旦決定されたが、その後覆され、なんとか今年も16球団を維持できたという有様である。そういう状況だから、選手たちは国外により良い条件の行き先を見つければ、シーズン中でも移籍するし、球団も移籍金が入るからとそれを容認する。

「来年はどこでプレーするかわかりませんから」

 第1戦、4打数4安打で勝利に貢献し、試合後の共同記者会見に臨んだオリックスの新助っ人、ジョーイ・メネセスは、この秋開催のプレミア12やそれに続く東京五輪に向けての抱負を聞かれた際、上記のような理由とともに、国際大会のことまで考える余裕はない旨返答していた。この言葉にメキシコ人野球選手の置かれた立場が端的に表れている。人材流出はアメリカ以外のプロ野球リーグが直面している課題である。有望選手がアメリカを目指すのは世界の野球界の潮流ではあるのだが、メキシコはその傾向が顕著であると言えるだろう。

今回の代表監督、ダン・フィロバは名門ティグレスを何度も優勝に導いた
今回の代表監督、ダン・フィロバは名門ティグレスを何度も優勝に導いた

 しかし、今回の代表チームを率いたダン・フィロバ監督(モンクローバ・アセレロスコーチ)は、それを受け入れた上でメキシコ野球の未来に希望を見出している。

「チャンスがある選手は、アメリカへどんどん行っていいと思います。そしてメジャーを目指すべきです。それでもメキシコにはタレントがたくさんいますから大丈夫です。次の国際大会を率いるのが私なのかどうかはまだわかりませんが、次のチームメキシコのメンバー構成はその時の監督の意向を反映したものになるでしょう。でも、私なら今回のメンバーから何人かを選出したいと思います」

MLB支配からの脱却を図るメキシカンリーグ

この侍ジャパンシリーズと時を同じくして、メキシカンリーグは、MLBと史上初めて正式な協約を結んだ。これにより、選手の移籍に関して、メジャー契約なら契約金の15%相当額を、マイナー契約の場合では35%をメキシカンリーグ球団が得るようになった。このことは、ある意味、メキシカンリーグの「独立宣言」であり、この国のトップリーグが、ウィンターリーグのようにアメリカプロ野球を補完するためにあるものではなく、日本のNPBをはじめとする東アジアのプロリーグと同様、MLBと対等なパートーナーであることを示したともとれる。

 そういう中、行われた今回の日本遠征は、オリックスで今年からプレーするメネセス以外は全員メキシカンリーグ所属の選手という構成で行い、野球連盟とメキシカンリーグのトップがともに帯同するというまさに「オールメキシコ」で臨んできた。4年前のプレミア12では、両者の折り合いがつかず、メキシカンリーグ側が選手派遣を拒否、いたしかたなく、メキシコ系アメリカ人マイナーリーガー主体のチームを送り込んだのを思うと、隔世の感がある。

 ちなみに、その時、第1回プレミア12ではメキシコは日本と銅メダルを争った。この時は、NPBの精鋭を集めた侍ジャパンにチームメキシコは1対11と惨敗した。しかし、その後の両国代表の対戦を見ると、プレミアの翌年、2016年の強化シリーズでは、1勝1敗、そして、その年の秋から始まったプロの若手が臨むU23ワールドカップにおいては、昨年の第2回大会で、メキシコは、オープニングラウンドでは敗れたものの、決勝では2対1で日本を下し見事優勝を果たしている。この若き代表チームのメンバーの多くは、ルーキークラスとA級のリーグ戦を行うアカデミーと、冬季に実施されていた若手主体のウィンターリーグというメキシカンリーグの育成システムによりプロ野球選手としての手ほどきを受けた者たちだった。

 メキシコの野球レベルは確実に上がっている。今回の侍ジャパンシリーズを振りかえっての四半世紀にわたりメキシコ野球を見てきた私の率直な感想である。今回の経験は、チーム・メキシコならびに参加全選手、そしてメキシコ野球界のレガシーになったことだろう。

侍ジャパンシリーズの意義

京セラドームの開会式の様子
京セラドームの開会式の様子

 グローバル化の中、各スポーツ競技は、その裾野を拡大している一方、競技間の競争にもさらされている。野球もしかりで、世界的な普及、ファン拡大の必要に迫られている。しかし、世界のトップリーグであるMLBは、自らが取り仕切るWBC以外の国際大会については関心を持たず、自らの直接的なマーケット拡大につながらない国外リーグとの連携にもなかなか取り組もうとしていないのが実情である。

 そういう中、日本のトッププロリーグであるNPBが、かじ取り役となって様々な国の野球リーグとつながりをもち、代表戦を行う意義は決して小さくない。

「日本のファンの野球愛を感じた」

 これは、第2戦を終えての、メキシコの5番バッター、ルイス・フアレスが共同会見で残した言葉である。NPB発の野球を通した世界とのつながりの強化を私はこの言葉から感じた。今後、メキシコ人選手の目がメジャーだけでなく、日本にさらに向くことは間違いないだろう。また、今シーズンを前に3人の日本人選手がメキシカンリーグの球団と契約を結んだが、このような動きも加速化されていくだろう。

 侍ジャパンは、次の強化試合としてプレミア12直前のカナダ戦を予定している。アメリカの陰に隠れがちなこの国の野球に日本のファンが接する貴重な機会となるだろう。

(写真すべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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