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「大切な人を失った時、人はその悲しみとどう生きるのか」映画『さまよえ記憶」にこめた祈り

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
撮影風景  写真提供:ギグリーボックス

朝ドラ「エール」とコロナ禍を期に自主映画に挑む

 大河ドラマ「どうする家康」、朝ドラ「エール」、よるドラ「恋せぬふたり」(いずれもNHK)などの演出を手掛ける野口雄大さんが「さまよえ記憶」で映画監督デビューした。

写真提供:ギグリーボックス
写真提供:ギグリーボックス

 テーマは「大切な人を失った時、人はその悲しみとどう生きるのか」というもの。野口さん自身の、大切な人を失った気持ちをもとに、脚本を書き、監督し、プロデュースも自分でやっている。

ドラマ制作の仕事をしながら、自身の作品を作ることに突き動かされたわけは? 

映画を撮ったことでドラマ作りの方法論は変わったか? 

誰もの心にある喪失感をどうしたらいいのか……

 様々なお話を伺った。

「さまよえ記憶」は、“大切な記憶”と“ほしい情報”を交換する情報質屋(竹原芳子)と出会った主人公(永夏子)が預けた記憶にまつわる短編映画。主人公が記憶と引き換えに欲している情報とは何かーー。

「さまよえ記憶」より 写真提供:ギグリーボックス
「さまよえ記憶」より 写真提供:ギグリーボックス

世界中に面白い作品が配信されているなかで

  野口さんは日本大学芸術学部放送学科で映像制作を学び、これまでフジテレビやNHKなどのドラマを作っていた。キャリアを積んだ30代後半、映像の学校に通い、学び直しを行い、自主制作的に映画を撮りはじめたきっかけは、コロナ禍だった。

「朝ドラ『エール』(20年)に参加していたのですが、コロナ禍の緊急事態宣言が出たのは、僕の担当週を撮影し編集していたときで。撮影休止になり、志村けんさんも亡くなって……そのときのことはいまでも強烈に覚えています。再開したときのための準備は進行しつつも、撮影自体が1〜2ヶ月止まってしまった。ふいにできた時間に僕は、文化庁が主催する『短編映画製作等を通じた若手映画作家人材育成』(「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」)に応募しようと脚本を書き始めました」

 その作品が審査を通過、そこではじめてインデペンデントの制作のワークショップを経験し、刺激を受けた野口さんは、映画を作ろうと、デジタルハリウッド大学の大学院に入学、映像制作の仕事をしながら夜は学校に通った。「さまよえ記憶」は学校の卒業制作作品として制作し、それが若手映像クリエイターの登竜門” SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の短編映画部門にノミネートされて、クラウドファンディングを募り、劇場公開にも至った。

「昨夏、有給休暇をとって4日間で撮影し、現在、宣伝活動は仕事の合間を縫って行っています。仕事をしながら、自主制作のようなことをしたのは、面白いドラマが世界中に配信されている今、ドラマや映画を作り続けるためには、ひとつのところにとどまってそこでの作り方を学ぶのみならず、自ら動いて新しいことを獲得していく必要性を感じたからです。ndjcやデジハリでの活動や、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で出会った人たちにはとても刺激を受けています」

 失いたくない大切な記憶や人生の選択など、誰しも思い当たる普遍的な問いかけのある作品で、30分ながら密度が濃く、味わい深い。永、竹原のほか、モロ師岡が参加し、彼らの人を思う表情に抒情が滲む。

「さまよえ記憶」より  写真提供:ギグリーボックス
「さまよえ記憶」より  写真提供:ギグリーボックス

パーソナルな題材は途中で折れない

 初監督作を作るにあたり、パーソナルなことを題材にしようと考えたという野口さん。そのわけはーー。

「デジハリの教員であり、この映画の共同プロデュースをやってくださっている落合賢さんに『パーソナルなもののほうがより強度が高く、途中で折れない』と助言されたんです。確かに、はじめて映画を撮るにあたり、自分が最も描きたいものをやりたかったし、それが、働きながら、プライベートの時間を使って映画を撮るという大変な活動のモチベーションにもなると思いました」

 野口さんが題材に選んだパーソナルな出来事は、17年前に友人を亡くした記憶だった。

「20歳のとき、友人がある日、突然亡くなりました。毎年、彼の家にお線香をあげに行くと、仏壇の前にじょじょに石が置かれていきました。友人のお母さんは、息子がなぜ亡くなってしまったのか、手がかりをずっと探し続けているんです。石は、息子の悲しみや苦しみが溜まっていることを表しているのかなという気がして……。僕自身も17年間、友人の死を抱えてきたので、それを源にして、脚本を書きました」

 野口さんのパーソナルな記憶をもとに作った映画は、観た人たちに様々な思いを想起させている。

「先日、池袋シネマ・ロサさんで、舞台挨拶つきの公開があったとき、いろんな人の感想を聞くことができました。十人十色の記憶があり、解釈があって、そういう映画を作りたかったので嬉しかったです。そして一人一人の感想の熱量がとても高く、それぞれが自身の大切な記憶と結びつけ、その記憶について語る姿に驚きました」

 答えを限定しないで広がりのあるものにするために野口さんは、映画の終盤のセリフをひとつ、カットした。

「モロ師岡さんのセリフを撮影の日まで考えあぐね、結果的に空白にしました。僕が日頃、携わっているテレビドラマではたぶんあまりやらないことです。なぜなら、台詞で説明する必要があるからです。生活の片手間にテレビを見ているかたも多いので、わかりやすさを心がけなくてはならないとこれまで意識してやってきました。ですが、映画にはその必要がありません。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の懇親会で、中野量太監督に『映画を信じて』と言われました。おそらく監督は、自分の表現をおそれずにもっと出していいとおっしゃりたかったのかなと思います。映画は劇場で観客が作品に集中できるからこそ、伝わらないかもしれない表現も思い切ってやってみることができる。僕は、それを聞いて、課題をもらったなと感じたと同時に、テレビドラマでだってそれをやっていいのではないかとも思いました」

 野口さんの思いきった選択によって、映画の結末は、観た人、それぞれに問いかける、余韻のあるものになった。

「センシティブな内容でもあり、似たような喪失体験を味わっているかたが映画を観たらどう思われるかと心配でもあったのですが、過去のことで苦しんでいるかたで、映画のような選択肢があってもいいのではないかと言われている気がして救われたと言ってくださったかたもいました」

「さまよえ記憶」より  写真提供:ギグリーボックス
「さまよえ記憶」より  写真提供:ギグリーボックス

亡くなった友人の生きた証を作りたくて

 デリケートな内容だからこそ、劇中の登場人物の姿に嘘のないものであってほしい。たとえ撮影はわずか4日間のフィクションの関係でも、長く一緒に生活してきた空気感や、忘れられない記憶のかけがえのなさ、そういうものを表現したいと野口さんは考えた。

「脚本作りに俳優の皆さんの意見を取り入れました。クランクインの前に永夏子さん、モロ師岡さんの二人でエチュードをやってもらって、そこから生まれた場面を脚本に追加しました。また、これはとても悩んだのですが、主人公の息子役を僕の息子に演じてもらいました。いい記憶は美化されていき、美しい過去は、今という時間を締め付けるものになっていく。そういうことを言葉で説明せずに体感してもらうために、母と子の自然な表情を映したい。それには僕の実子しかいないだろうと考えたんです。演技経験もないので、リスクはありましたが……」

 川で遊んでいる少年の笑顔は、傍らでお父さん(野口さん)が一緒に遊んでくれているところから生まれたものだった。

「ちょっとドキュメンタリーのような感じになっています。また休日には、永夏子さんに息子と一緒に遊んでもらい、息子との関係を築いてもらいました。そんな贅沢な時間を役者と過ごせたことも、とても大きかったです」

 野口さんの妻や両親も映画を手伝っている。「家内制手工業のようなものです」と照れ笑いした。「さまよえ記憶」は野口さん家族の、22年の夏のかけがえのない記憶にもなったようだ。

 悲しい記憶も、今を生きる楽しい記憶も、抱えながら人間は生きていく。

「亡くなった友人の生きた証を作りたくて、僕のこれまでをすべて投入しました。映画を観たあとに、それぞれの大切な記憶を思い浮かべてくれるような作品ができたとしたら、それは亡くなった友人のおかげです。だからひとりでも多くのかたに観てほしい、と強く思っています」

〜取材を終えて

 取材日の前日の「どうする家康」はちょうど野口さんが演出した回だった。戦場の激しさを水たまりの揺れで見せたのがよかったと感想を述べたら、どうしても画が限られるスタジオ撮影で何か違う表現をしたいと考えたのだと言う。ほかに、台詞をあえてカットして、俳優の動作で表現したシーンも作ったそうで、映画の経験が生きているように感じた。これから映画は全国を巡回していく。海外でも公開し、どんな反応があるか知りたいとも野口さんは言う。今年は仕事が忙しいため大学院を休学中だが、来年からまた通いたいと語る野口さん。たくさんの経験を積んで面白い映画やドラマを作ってほしい。

profile

のぐち・ゆうた◯映像作家。日本大学芸術学部放送学科卒業。2008年よりドラマ制作を開始し、数多くの作品を手がける。連続テレビ小説「エール」のオープニング映像・本編を演出。よるドラ「恋せぬふたり」は第40回向田邦子賞、第59回ギャラクシー賞「特別賞」、第77回文化庁芸術祭賞「優秀賞」を受賞。文化庁VIPO主催「ndjc若手映画作家育成プロジェクト2020」のワークショップに選出され、映画制作を開始。映画監督の落合賢氏の元で映像制作を学び、今作が初監督映画作品となる。長編企画も進行中。

野口雄大さん  写真提供;ギグリーボックス
野口雄大さん  写真提供;ギグリーボックス

「さまよえ記憶」

脚本、監督、プロデューサー:野口雄大

出演:永夏子、モロ師岡、竹原芳子、野口聡太ほか

8月4日(金) 東京:シネマロサ

8月11日(金) 大阪:シネリーブル梅田 兵庫:kino cinéma神戸国際 愛知:ミッドランドスクエアシネマ

8月18日(金) 千葉:京成ローザ⑩

8月25日(金) 北海道:サツゲキ  京都:アップリンク京都

10月6日(金) 長野:長野千石劇場

10月20日(金) 栃木:小山シネマロブレ

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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