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メルカリのグローバル人事改革【CHRO木下達夫インタビュー】(第2回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
メルカリ本社にて著者撮影

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ミッション・バリューを社内に浸透させるには?

国内最大手のフリマアプリを運営するメルカリには「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」という3つのバリューがあります。会社としても「Go Bold」を体現するために、BtoC向けの新事業「メルカリShops」をスタートしたり、「メルカード」といったクレジットカード事業へ参入したりしています。こういったミッションやバリューをどのように社内に浸透させているのか伺いました。

・採用選考ではカルチャーフィットを重視

・メルカリが「管理職」という言い方をしない理由

・リモートでも新入社員が自走するオンボーディングチェックリスト

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■ミッションを変更した背景

倉重:ミッションを変えられたのも、こういった流れの中ですか。

木下:「世界的なマーケットプレイスをつくる」というところは、今もフリマアプリの事業のミッションとして残っています。一方でメルペイのミッションはマーケットプレイスだけでは語れません。そこで「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」という広義のミッションに変更しました。

倉重:カンパニーごとのミッションもあるということですよね。またメルカリではバリューも浸透していますよね。

木下:バリューは最初からGo Bold、All for One、Be a Proというものがありました。

倉重:社内のいたるところにこの言葉が書かれていますよね。これを浸透させるのは大変だったのではないですか?

木下:浸透は、メルカリほどうまくいっている組織もなかなかないのではないかと思っています。

倉重:ミッション、バリューの浸透という意味では、どういうことをされているのですか。

木下:まず入社する時にそこの共感度を見るのです。例えばGo Boldだったら、Go Boldな経験をその方がどれだけしてきたのか根掘り葉掘り聞きます。その人はGo Boldだと思っているけれども、メルカリの尺度でいった時にGo Boldではないということもあります。

Go Bold、All for One、Be a Proという3つの要素がそろった方は基本的には入社していただいています。面接のスクリーニングのところで、カルチャーフィットは大きな基準になっています。

倉重:採用選考ではカルチャーフィットを最も重視するのですね。

木下:入ってきた時に、期待値を設定しますよね。期待値にわれわれはグレードを使っているのですが、そのグレードごとにどういうGo Boldを求めるのかが言語化されています。

 グレードは1から8まであるのです。例えば「グレード3で入ってきていただいたら、こういうGo Boldバリューを発揮してほしい」という期待値が明確になっていますし、それが評価サイクルの中にも組み込まれています。

 半期ごとに評価をしているのですが、この3つのバリューをまず自分自身で振り返ってもらいます。「自分なりにGo Boldを仕掛けられたと思います。でも、ここはまだ不十分でした。次のクオーターで頑張ります」ということを書いてもらうのです。

 次にピアレビューという自分が一緒に仕事をした同僚たちから「グッド」や「もっと」というフィードバックをもらいます。基本的にバリューに基づいたフィードバックをしてもらうのです。「半年間一緒に働きましたが、バリューで言うと、すごくAll for Oneで、私も助けられました。でも、Be a Proという観点からすると、ここの専門性はもっと高められたほうがいいと思います」ということをお互いに書いてきます。大体6人、多いときには10人です。

 マネージャーの方は本人の自己評価と周りが書いたピアレビューを参照するので、大体この人がどのような仕事をしているかが分かります。

この内容はマネージャーだけではなくて、マネージャーのマネージャーや、私のような部門長、もしくはHRBPも参照できるようになっています。それを基にキャリブレーション・ミーティングをするのです。

倉重:360度評価されているので、納得性は高いはずですよね。

木下:マネージャーにも本人にも3つのバリューを期待どおり満たせたか評価をしてもらいます。

ピアレビューなども踏まえた上で、マネージャーの方はキャリブレーションが終わった後正式に「この方はGo Boldが期待以上だったか」「All for Oneがどうだったか」ということを一個一個書いていくのです。本人とマネージャーの評価にギャップがないということも大事です。

倉重:往々にして双方の評価にはギャップがあるものですすよね。

木下:ギャップがあるので、半年のフィードバックサイクルのタイミングを結構大事にしています。

倉重:それで分かってくれるものですか?

木下:人によりますが、行動を修正しようという働きかけがきちんとなされる仕組みにはなっていると思います。日々のやり取りはSlackがベースです。バリューの浸透を助けているツールの一つにSlackのスタンプがあります。Go BoldやAll for One、Be a Proのスタンプがあって日常のやりとりでバリュースタンプが頻繁に使われています。

倉重:独自のスタンプがあるのですね。

木下:あとメルチップというピアボーナスの仕組みを使っています。このピアボーナスは基本的にはバリューを発揮した時に送るものです。自分が一緒に仕事をしている同僚がバリューを体現している行動していると思ったら送ります。

例えば「助けてくれてありがとう、非常にAll for Oneでした」「今日のプレゼンはすごく内容が濃くて、深く考えられていて、大変にBe a Proだと思いました」「厳しい突っ込みが非常にGo Boldです」ということをお互いに言ってチップを送り合うのです。

 1回のチップでよく使われるのは39です。毎週400ポイントのチップが手元にあって、39だと10人ぐらいに配れます。メルチップの利用率は常に高いレベルを維持しています。

 運営のUniposさんには「最初に導入した時はわっとみんな使うけれどもモメンタムを持ち続けるのは難しい。メルカリさんはなぜみんな続けられるのですか」と聞かれました。それはお互いに褒め合う、認め合うというバリューが浸透しているからです。人事に言われたからしているわけではありません。

オリエンテーションで「これを使ってください」ということは伝えますが、やはり自分がもらったらうれしいので、お返しをしようと思う好循環があるのです。

倉重:チップを送りあうことが日常業務に浸透しているということですね。

木下:バリューを意識するきっかけとして、頻繁に使われています。その上で、公式な場でいうと「バリューアワード」も、半年に1回、事業部によっては3カ月に1回個人アワードを出しています。個人的に一番難しいと思うのがGo Boldアワードです。

倉重:一番大胆な人が選ばれるのですか?

木下:Go Boldアワードが面白いところは、失敗してもいいということです。成果があまり出なくてプロジェクトはキャンセルになったとしても、挑戦したことにより大きな学びを得られたということが重要です。

 成果でアワードを出すのではなく、バリューの発揮度でアワードを出すことにこだわっています。「誰が一番All for Oneバリューを体現していたか。誰が一番Be a Proだったか」ということを意識しています。

倉重:カルチャーがいい意味で浸透していますね。中途入社の人もかなりいると思いますけれども、人材開発という意味では入社したら3カ月間のオンボーディングをすると記事に書いてありました。どのような役職でも3カ月間するのですか?

木下:どのような役職の方でも3カ月をオンボーディング期間と設定しています。オンボーディングは厳密には入社前から始まっています。

 メルカリは「会社とメンバー社員が大事にする共通の価値観」をまとめたカルチャードックというドキュメントを公表しています。面接を受ける方に社内のカルチャーを知ってほしいというのと、入社後のイメージを膨らませてほしいという理由で公開しています。

倉重:面接の時点できちんとカルチャーについて理解しているということですね。

木下:そうです。メンターの方は入社する前から、内定者と話をしたり、チームのみんなと一緒にご飯を食べに行ったりします。その人の都合によりますが、重要なオフサイトミーティングには入社前から来てもらうこともあるのです。

倉重:オンボーディングはどのように行うのですか?

木下:リモートワークになってからは、「オンボーディングチェックリスト」というものを標準化して自走できるようにしました。「3カ月でこのチェックリストをコンプリートしてください」というふうにゲーム感覚にしています。

倉重:チェックリストはどのような項目なのですか?

木下: 1、2、3日目、1週間以内、2週間以内、1カ月以内、3カ月以内という時間軸でやってほしいことのリストがかなり長く項目として網羅されています。

作った目的としては、オンボーディングはマネージャーやメンター次第で体験が結構ばらつくということです。手厚いサポートをしてもらった新入社員はすごくいい体験になったけれども、そうではないという人も出てきます。

倉重:属人的になってしまうのですね。

木下:属人的になっているのはよくないと考えて仕組みを導入しました。あと、基本的には自走してほしいのです。われわれはBe a Proというバリューを持っているので、新しく入ってきた方に受け身でいてほしくありません。

 自走してほしいけれども、地図がなければ難しい。オンボーディングチェックリストはある意味地図のようなものです。どのような項目で、これは誰に聞けばいいのかが全部入っています。

 わざわざマネージャーやメンターに聞かなくても、「これは人事の誰々さんに聞けばいい」ということが全部書いてあるのです。それを自分なりにチェックすれば、「1週間目だったらこの辺のタスクが終わっていないといけない」ということがわかります。

マネージャーやメンターが手取り足取り教えるのではなく、入ってきた人がそれを見ながら、自走してもらうのです。ゲーム感覚でコンプリートすれば3カ月後には必要なことが漏れなく完了している想定です。マネージャーに教えてもらうのではなく、「これをやりたいので協力してください」とせっつくようなイメージです。

倉重:これは自社で作られたのですよね。すごいです。1on1の工夫もされているんですよね。

木下:パフォーマンスとバリューを最大化する場所と自分の時間を社員が主体的に選ぶことができるYOUR CHOICEという制度を導入しており、多くの社員がリモートワークをしているのですが、コミュニケーションのインフラとして1 on 1が機能しています。

 元々コロナ前から1 on 1の文化は定着していて、マネージャーとメンバーの間で大体週次や2週間に1回のペースで会っています。

倉重:結構な頻度ですね。コーチングは人に対する投資であると考えられているのですね。

木下:それもありますし、シンクロ度合いがあります。「1 on 1は業務確認で終わってはいけない」とよく言われますが、私は業務確認の要素もあるべきだと思います。特に新入社員は迷子になってしまうかもしれないので。

 「良かれ」と思ってしていたことが、チームやマネージャーの期待値に合っていなかったら無駄になってしまいます。早め早めに確認してもらうためにも、1 on 1は1週間に1回ぐらいのペースでしたほうがいいと思っています。週次でしていたら、次に会うまでの1週間でどんどん自走してもらえます。マネージャーも安心できるし、本人も正しい方向に向かっているという自信が持てます。

 先ほどのバリューでいうと、最初はどのぐらいリスクを取っていいか分かりませんし、「こういうアイデアがあるけれども誰に持っていったらいいのか」「どういう資料を用意したらいいのか」ということがわかりません。マネージャーにはそこでガイド役や後押ししたりする役割を期待しています。

倉重:対話が下手なマネージャーは説教して終わってしまうことがありますけれども、その真逆ですね。

木下:自走してもらうために必要なフィードバックを適宜するという位置付けです。

倉重:コーチングの研修などもされていますか?

木下:ニーズが高いので最近は増やしています。

倉重:マネージャーには必須スキルですよね。御社ではマネージャーのことを「管理職」とは言わないのですよね?

木下:メルカリでは「管理職」という言い方は絶対にしません。マネージャーの役割は、チームの成果を最大化することです。チームの成果を最大化するためには、一人ひとりのメンバーから力を引き出す必要があります。マネージャーはスーパーファシリテーターのような位置付けだと思います。

 みんなが「この方向に向かって頑張ろう」と思わなかったら、ばらばらに動いてチームの成果が出ません。意見を集約してチームのビジョンに落とし込むところも期待しています。マネージャーの育成は今でもすごく課題があって、まだ発展途上にあると思っています。

 360度評価もしているのですが、気付きを与える目的で「マネージメント・ディスカバリー・サーベイ」と言っています。最初から完璧なマネージャーなど誰もいません。だから、自分なりのマネジメントスタイルを発見するというジャーニーです。

倉重:確かにマネージャー自身のジャーニーも大事ですからね。

木下:メルカリで初めてマネージャーをする人も多いです。今までマネジメント経験がないことから「自分はちょっと」という方が結構いらっしゃるのです。そこでマネージャーは「役割」と位置付けて、一度その役割を経験してみて、その後でまたメンバーに戻りたいという意志があればデメリットなく戻れるとしています。

倉重:登用プロセスはどうしているのですか?

木下:マネージャーの役割に求めているものを言語化したドキュメントがあるので、それと照らし合わせて決めます。社内の推薦書があって、承認される仕組みになっているのです。

倉重:全てのマネージャーポストに定義があるのですか?

木下:ジェネリックでも「マネージャーはこういうもの」「ディレクターはこういうもの」「VPクラスはこういうもの」など言語化されています。

■メルカリの報酬制度の考え方

倉重:報酬制度についてもお伺いしたいのですが、先ほどグレードのお話がありました。

一つひとつのジョブにつけるというよりはグレードで考える感じですか?

木下:「グレード」「ジョブタイプ」という言い方をします。エンジニアはいくつかに分かれていますけれども、HRならHRのジョブタイプという感じになっています。グレードとジョブタイプでサラリーレンジを設計して、レンジ毎に昇給カーブがあります。2年前に現在の制度に移行しました。

倉重:それまでは違ったのですか。

木下:それまではサラリーレンジの設定などはありませんでした。組織が小規模で、日本人同士でしたら、ある程度人材市場の相場観も共通認識を持ちやすかったのですが、海外から採用された社員にとっては日本の人材市場の相場が分からないので「これは日本の人材市場で競争力のあるものです」というロジックが必要でした。一定の仕組みを入れたほうが説明コストは下がると思い、グローバルスタンダードに準拠したものに替えたのです。

倉重:インドやアメリカの法人とはどのように整合性をとっているのですか?

木下:実はメルカリUSが先にそういうモデルを使っていて、日本に逆輸入してきたという位置づけです。あえて制度化していなかったのは初期のこだわりでもありますが、外国籍の人が一定増えてきた段階で、仕組み化しないと弊害がありました。

倉重:インドやアメリカなどで採用して日本に来てもらったりもしているのですか?

木下:来てもらいますし、その時は日本の報酬水準に合わせて処遇を決定しています。メルカリUSに日本から転籍したメンバーも数十人いるのですが、全員現地雇用に切り替えています。当然、現地雇用に切り替えたら現地の報酬水準に準拠しますし、帰国する時には日本の水準でもう一回再査定します。

倉重:実質グローバルマーケットでもいいエンジニアさんは取り合いではないですか?

木下:そうなのです。ロジカルな評価と、公平な報酬があるところはきちんと示す必要があります。

倉重:国際競争力という意味ではどうですか。円安だときつくないですか。

木下:円安はきついです。ただ、日本の魅力というのは私達が思う以上にあります。メルカリが採用ターゲットにしているエンジニアたちは30歳前後で比較的若いので、日本のアニメやゲームなどのカルチャー、日本食が好きということが結構あるのです。「日本という国で一定期間暮らしてみたい」と興味を持っていただける方は今でもいらっしゃいます。

倉重:そういう採用訴求もあるのですね。

木下:もちろん複数の国からオファーをもらう人方もいます。例えばカナダなどは結構積極的に海外の人材を採用しています。カナダやシンガポールなどと比べてしまうと、日本の給与水準が一番安いのです。

倉重:通貨の問題ですよね。

木下:そうです。でも、物価は安いですし、不動産もクオリティが高いです。日本に来たことがある人にはわかるのですが、そうではない人だと結構つらいですよね。

倉重:非金銭報酬の部分での強みは日本にまだあるのだから、日本企業はもっと利用したほうがいいということですね。

(つづく)

対談協力:木下 達夫(きのした たつお)

メルカリ 執行役員CHRO

P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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