丸亀製麺の海外進出をサポート、大阪・関西万博の事業も担当。山中哲男さんが体感してきた「相談する力」
丸亀製麺の海外進出をサポートし、大阪・関西万博のプロジェクトも手掛ける事業開発の専門家・山中哲男さん(41)。大企業や自治体や中央省庁などさまざまな業界から依頼を受け、未経験の状態から成功を続け、話題になっています。その根底にある「相談する力」とは。
経験ゼロからの焼鳥居酒屋
高校を卒業して、本当は進学したい大学があったんですが、残念ながら落ちてしまいまして。
浪人することも考えたんですけど、親に相談したところ、働いてほしいということだったので、社員6人ほどの町工場に就職したんです。
地元・加古川は工場の街で、周りも工場に就職していたこともありましたし、特にその方面に進みたいということではなく、高校の先生にも「どこでもいいです」という話をしていた結果の就職でした。
先輩は若くても50代。世代間のギャップもありましたし、強い思いを持って入ったということもなかったので、モチベーションが続かずに工場は辞めることにしたんです。
次の仕事をするにしても、高卒で資格もなく、職歴もない。短期バイトを探して、毎日働きながら次の仕事を探す日々になりました。そんな状況に疲れて、友だちに相談したところ、「それやったら、どこかに勤めるのではなく、自分で稼いだらエエやん」と言われまして。
なんというか、その瞬間、すごく心に刺さったといいますか、言葉が胃の腑にストンと落ちたんです。その友だちは自営でも何でもなく、自分は会社勤めだったんですけど(笑)。
ただ、何かやるといっても、何の経験もない。周りを見ると飲食店をやっている人はいたので、飲食業の経験はゼロだったんですけど、21歳の時に焼鳥居酒屋を始めたんです。
これも「どうしても焼鳥をやるんだ」ということではなく、物件がもともと焼鳥屋さんをされていた居ぬき物件だったんで(笑)。
そんな感じではあったんですけど、なんとなくやっていてもダメだろうということは最初から思ってはいました。
当時、周りにあった飲食店は国道沿いの大きなチェーンのお店が中心で、そういったお店も気楽で良いところもあったのですが、方向性的に「ゆったりできて、ゆっくりしゃべれる空間」があったら、自分がご飯に行く立場としても助かるだろうなと思ったんです。
なので、この「ゆったり」を具現化するためにはどうすればいいのか。それを考えて席の幅や他の席との距離を細かく測って店を作りました。
ただ、それだけで流行るほど甘いものではありません。ここから“相談”の力が出てくるんですけど、人のつながりを手繰り寄せて7人の店長さんを紹介していただいたんです。
なかなか相談という一歩を踏み出したり、向こうに教えを乞うとなると、躊躇したり、たじろいだりする方も多いのかもしれませんけど、相談する中で、相手の方が応援者になってくださる。それをすごく感じたんです。
もちろん、いろいろな方がいらっしゃるのも事実ですけど、やりたいことのために真剣に頑張っている人をむげに扱うということは実はあまりない。
そして、ここからがある種、相談のコツになるのかもしれませんけど“同じ方向を向く”ことが本当に大切だと思っています。
「こうなったらいい」という方向を一緒に向くというか。そこの共有ができれば、先生と生徒みたいな関係ではなく、同志に近くなる。そうなると、こちらのことを応援してくださる存在になっていく。それを強く感じたんです。
振り返ってみると、運がよかったなと思います。何も分からない状態だったからこそ、誰かに相談しないと仕方がなかった。でも、それをしているうちに、少しずつ、相談の先にあるもの。相談の意味。そんな領域を感じていきました。
相談の力
5年ほど飲食店をやりまして、幸い、皆さんのお力をお借りしたこともあり、店は繁盛するようになりました。そうなると、今度はこちらがアドバイスをさせてもらうことも出てきたりして、何かしらやろうとしている人のお手伝いをするやりがい。それを感じるようにもなっていったんです。
そんな中、お世話になっている方にハワイ旅行に誘っていただいたんです。特に仕事が絡んだ内容というわけではなく、本当に単なる海外旅行だったんですけど、僕にとっては初めての海外でもあったので喜んでついて行ったんです。
そこでたまたまハワイで飲食店をされている経営者の方々のお話を聞くことになりまして。当時から日本人はものすごくたくさんハワイに来ているし、お金も使うし、さぞかしハワイで店を出したら儲かるんだろうな。そう思って尋ねると、皆さん一様に首を横に振っている。
もちろんたくさんの方が来て、売り上げが上がる土壌はあるけれど、お店を作ったり、準備したりすることにものすごくお金がかかると。ジャパニーズプライスというのか、言葉が悪くなってしまいますが、日本からお店を出す人はカモられている。そういう現実もあることを教わったんです。
せっかく日本で頑張って、海外にもお店を出そうと思っている中で、そういったことによりチャンスが奪われる。これは果たして良いことなのか。
料理がおいしくない。お店の雰囲気が悪い。そういった理由でお店がダメになるのは仕方がない。ただ、最初からお店を出すまでのシステムの中にぼったくり的なことがあるのであれば、そこはなくしたほうがいいんじゃないか。
その思いが心の奥底から湧き上がってきて、日本に帰ってまた2週間後にハワイに戻って、ハワイでお店を出そうとする飲食業をサポートする会社を登記してきました。
単に遊びで行ったはずのハワイ旅行だったんですけど(笑)、期せずして大きなテーマに出くわすことになったんです。
ただ、これも最初の焼鳥居酒屋と一緒で、ハワイでそんなことやるなんて、何の知識もない中でのことでした。そもそも英語も全然話せない(笑)。
「こんなことではいけない」という思いはあるけれど、ハワイの知識も何もない。ほぼ全てにおいて来られるお客さまのほうが知識が多い。そんな中からのスタートではあったんですけど、ここでも相談の力を使って、なんとかやっているうちに知識が追いついてきて、30歳前にはこの会社が軌道に乗ってきました。
ただ、ここで母親が倒れまして。もともと体調は良くなかったんですけど、24時間介護が必要な状況になり、余命半年とも言われてしまったんです。
せっかくハワイの事業も流れに乗ってきたところだったんですけど、戻らないと一生後悔すると思い、そちらは譲渡して母の看病に専念することにしました。
日本に帰って、父と一緒に母の看病をする日々が続いて、母を看取ることになるんですけど、事業も譲渡していたので、気づけば無職になっていました。
さぁ、これからどうするのか。またゼロからのスタートだったんですけど、これまでのことを振り返ってみると、どうやら自分はゼロから事業を形にしていくのが得意のようだ。そして、その事業によって助かる人がこれだけいる。そういったイメージが湧く事業に対しては力を発揮できる。
そんなことを考え、また、ありがたい話、声をかけてくださる方々もいらっしゃった。何かやろうという思いはあるんだけど、どうやったらいいのか分からない。そういった方に寄り添いながら構想を事業にする仕事をするようになって、今に至るという流れなんです。
本当に何もないところからやってきた自分だからこそ、ありがたいばかりのご縁に感謝するとともに、相談の力を強く、強く感じてもいます。
…気づいたら、ずいぶん偉そうなことをアレコレと申し訳ありません(笑)。でも、相談が持つ力。そこは間違いなくあると思いますし、自分が相談するだけではなく、誰かから相談されることを積み重ねていければと思っています。
(撮影・中西正男)
■山中哲男(やまなか・てつお)
1982年7月17日生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、工場勤務を経て飲食業未経験で焼鳥店をオープン。相談する力を生かし人気店に。25歳でハワイにてコンサル事業を立ち上げ、丸亀製麺の海外1号店などを支援。2008年、株式会社トイトマを創業する。ヒューマンライフコードやバルニバービやダイブなど5社の社外取締役も務める。著書に「相談する力」。また大阪・関西万博でのさまざまなプロジェクトにも取り組んでいる。