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地元チャリティ・イベントで過ごすクリスマス -ディナーとキャロルを共有のひと時

小林恭子ジャーナリスト
毎年放送される、エリザベス女王のクリスマス・メッセージ(ユーチューブより)

教会に定期的に行くかどうかは別としても、英国人の70パーセント近くが「キリスト教徒」に分類されているという。そんな英国で、クリスマスは家族や親類と一緒に過ごす時期。しかし、独り身だったり、家族が遠くにいて会えない人、クリスマス・ディナーを自分で料理したり、レストランに出かけるほどの体力や財力がない人はどうするのだろう?

そんな人たちのために、この時期になると、英国のあちこちでクリスマス・ディナーが振舞われるチャリティー・イベントが開催されている。

そんなイベントの1つに筆者の家族が昨年参加し、とても充実したときを過ごしたというので、今年は私も出かけてみた。

ディナー・イベントは昼の12時頃から始まる。オーガナイズしたのは地元の教会関係者だ。スポーツクラブなどを運営する慈善団体YMCAの建物のレストラン部分に私が到着したのは11時半ごろ。すでに準備が着々と進んでいた。

テーブルや椅子をたくさんの人が座れるようにアレンジし、クリスマスらしい柄のテーブルクロスをかける。ナイフやフォークの横にナプキンとクリスマスクラッカー。クリスマスクラッカーは紙の筒状のおもちゃで、数人で両端を持ち合い、引っ張り合う。紙が破けると、中からちょっとしたジョークが書かれてある紙と、景品が出てくる。互いにジョークを読みあって遊ぶものだ。

私は持参のエプロンをつけて、置いてあった赤いサンタクロースの帽子をかぶった。家人は「誕生日おめでとう」と書かれた文句が入った帽子をかぶる。帽子はケーキの形をしており、その上にはたくさんのろうそく(タオル製)が突き出ている。突拍子がないが、ちょっと変わっていることこそ、楽しい。

参加者に持たせるお土産のバッグを男性用と女性用に仕分けしたりしているうちに時間が過ぎた。

12時近くになると、次第に人が入ってきた。女性たちがコートをとってあげて、クロークに渡すと、私を含むディナー担当係は座席につれて行き、食前酒のシェリー酒(甘いやつか、ミディアム)か、ソフトドリンク(オレンジかアップル)のどちらがいいかを聞く。

ボランティアの先輩から、食前の飲み物は何杯でも飲めるが、食事になったら、白ワインか赤ワイかを選び、2杯ずつを限度として、それ以上はあげないようにといわれる。「飲みすぎて、収拾がつかなくなった人がいるから」だそうだ。

体中に刺青が入った男性が入ってくる。黒い皮製のチョッキを着ている。(後で知ったけれど、ロックバンドのドラマーだった。)「お飲み物は?」と聞くと、「ソフトドリンクだけ。俺はアルコールは飲まないから」といわれる。

たった一人でやってきた人をうまく他のグループに入れたり、コップが空になっているようだったら、もっと飲みたいかどうかを聞いてみたりしているうちに時間が過ぎた。

ボランティアの人が多すぎるかなあと思っていたら、食事が始まるとそうでもないことが分かってきた。

クリスマスディナーのメインの中身は、ローストターキー、ターキーのスタッフィング、ソーセージのベーコン巻き、揚げたポテトの大きな固まり、にんじんとパースニップのロースト、ブラッセル・スプラウト(見た目がミニ・キャベツ)。これにグレービーをたっぷりかける。

シェフやその助っ人たちがこの数種類の食材を熱いお皿に載せ、ボランティアたちが皿をテーブルに運ぶのだけれど、結構、これが時間がかかる。100人規模の参加者のために盛り付けをするのは3人+シェフ1人なのだ。参加者の中にはベジタリアンの人もいて、特別の組み合わせが必要となる。これにも時間をとられる。

待っているとなかなか、自分の分は来ないもので、いらいらした参加者もあちこちにー。

それでも、最後は全員に配り終わり、材料があまったので、ボランティアの私たちもおすそ分けにあずかった。

イベント会場で出された、クリスマスディナーのメイン。すべてが熱々!
イベント会場で出された、クリスマスディナーのメイン。すべてが熱々!

メインの次のお楽しみ

メインのお皿を配るのに相当の時間がかかったので、後はもうお茶かコーヒーかなと思ったら、違うのである。

みんなが楽しみにしていたのはデザート。フルーツを一杯詰め込んだ「クリスマスプディング」に熱いブランデー入りクリームをたくさんかけたもの(プディングが皿の中で泳いでさえいるように見えた)か、「トライフル」(スポンジ生地、フルーツ、ゼリー、洋酒、カスタードクリームの上に、生クリームを大量に載せる)かを選ぶ。

メインのお皿を片付けながらどちらがいいかをボランティアたちが参加者一人ひとりに聞き、配り終わってもまだあまったので、ボランティアたちにもデザートが回ってきた。私はトライフルを選んだ。味?そこにいて、みんなと食べることがうれしく、楽しいのである。久しぶりに、生クリームをたくさん口に入れた気持ちだった。

その後はコーヒーか紅茶。デザートの皿を片付けながら、どちらがいいかを聞いてゆく。

同時に、ほかのボランティアの数人がトレイにオーブンから出したばかりのほかほかのミンス・パイを載せて、配ってゆく。表面がパリッとして、中は熱々の甘いミンスパイと温かい飲み物は本当に相性がいい。

2時間ほど立ちっぱなしだった私は、足がそろそろ疲れてきたなあと思っていたが、休んではいられない。今度は歌である。

近くの教会から聖歌隊の何人かがやってきた。そこで一列に並んで、クリスマスキャロルを次から次へと歌う。参加者全員にも歌詞カードが配られている。お腹は一杯なので、ちょっとした運動に大きな声を出すのは気持ちいい。キャロルのメロディーをなぜかほとんど知っていることに自分自身が驚くが、もともと、余り知らなくても一緒に歌えてしまう。

「今日のディナーどうだった?最高?」ボランティアのリーダー、モラグさんが参加者たちに声をかける。参加者たちは「おー!」と歓声で応えた。

「そうか、よかったね」とモラグさん。「あと少しで、3時だね。それまで歓談していてくださいね」。

それぞれがおしゃべりに興じる中、運営スタッフは大きなスクリーンを準備。今日の最大のイベントがこれから始まるのだ。

そう、それはエリザベス女王のクリスマス・メッセージ。もともとはラジオで始まったのだが、いまやテレビを通じて、女王が毎年その年を振り返り、国民に短い演説を行う。一言一言に耳を傾け、来年、生きる糧とするのである。毎年、午後3時に始まる。

会場内に設置されたスクリーンにはエリザベス女王の姿が。
会場内に設置されたスクリーンにはエリザベス女王の姿が。
スクリーンを注視する参加者たち
スクリーンを注視する参加者たち

ー女王の声

さて、3時直前となった。会場が暗くなる。「しー、静かに」と言う声があちこちで聞こえ、全員が沈黙する。見ているのはBBCが放送する女王のスピーチの画面だ。

100年前の「1914年、第1次大戦が勃発しました。当時、多くの人が戦争はクリスマスまでに終わると思っていました。でも、残念ながら、塹壕戦のための塹壕が掘られ、欧州の戦争の道が決定されていきました」

「100年前の今日、驚くべきことが起きました。誰からの指令もないままに、銃撃が止み、ドイツ軍と英軍の兵士がノーマンズランドで会ったのです。写真が撮影され、贈り物が交換されました。クリスマスの休戦でした」。(「ノーマンズランド」とは 対峙する軍隊のどちらの支配下にも属さない、国境に設けられた地域。)

女王は和解の重要性について話してゆき、最後はこんな風にスピーチを終えた。「あの1914年の寒いクリスマス・イブに、ドイツ軍の大部分が『清しこの夜』を歌っていました」

「このキャロルは今でもとても愛されています。クリスマス休戦の遺産です。まったくそんなことはないだろうと思える場所にも、望みが見つかることを思い出させてくれます」。(書き取った英文の文章はこちらに。

ため息のような声が参加者から漏れた。

ディナー・イベントが終りに近づいた。椅子から立ち上がり、ボランティアに助けられて、ドアに向かう参加者たち。「本当にありがとう」「助けてくれて、ありがとう」。ボランティアたちに頭を下げる参加者があちこちでいた。

私はドアの近くで、小さく切ってナプキンに包んだクリスマスケーキ(フルーツケーキにマジパン=アーモンドをすりつぶした粉に砂糖を混ぜて練ったもの=をかぶせ、さらにアイシングをしたもの)を渡す係りだ。

一人ひとりに「メリークリスマス」といいながらケーキを渡す。ちょっと間が途切れると、年配のボランティアのなかの何人かが「我慢できない」という感じでやってきて、「私も欲しい」と言う。一つ渡すと「マジパンが大好きなのよ。もう1つ、欲しい」と言う人や、「妻の分にもう一つ、欲しい」と言う人も。その場で食べだす人もいて、クリスマスケーキの魔力はすごいと思った。とっても甘くて歯が痛くなりそうなのだが、昔からの味なのだろう。

最後の参加者が会場からいなくなった後、ボランティア同士でテーブルや椅子を元の位置に戻し、床をはく。ごみを集めて、まとめる。

ほとんど仕事が終わりかけたころ、プレゼントがたくさんあまっていることが分かり、ボランティアたちはそれぞれ1つずつ、プレゼントを持ち帰った。

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私も1つもらい、家で中をあけてみた。ジャムなどのジャーが2つ、手作りのカレンダーが2つ、チョコレート・バー、オレンジが入っていた。東京でチャリティーバザーなどに参加したことがあったが、そのときにも手作りのものがよく売られている。今回のイベントの手作りカレンダーを見ていたら、かつてのバザーの様子を思い出した。

イベントの運営費用はジャム製品を販売しているメーカーなどが出し、地元の2つのスーパーが食材を無料で提供した。

来年も、もしここにいたら、また来てみようと思った。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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