コロナ影響大の地域は食品ロス意識高い?自炊歴と関係も 九州大学研究
九州大学持続可能な社会のための決断科学センター(*1)の錢昆(Kun Qian:せん こん)助教、Firouzeh Javadi(フィルゼ・ジャヴァディ)助教、比良松道一(ひらまつ・みちかず)准教授は、ジャーナル『sustainability』に2020年11月27日付で論文を発表した(*2)。その調査結果によれば、全国47都道府県のうち、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が大きい地域ほど、家庭の食品管理や食品ロスに注意を払う傾向が示唆された。
錢昆(Kun Qian)先生らの研究は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが、家庭の食品ロスに対する人々の考えや行動にどのような変化をもたらしたかをタイムリーに把握するのが目的である。同じ日本国内であっても、パンデミックの状況によって、食品の購入や管理、調理、食品ロスに対する懸念や認識が異なるのではないかという仮説を立てた。
調査はYahoo! JAPANを通し、オンライン上で次のように行われた。
調査日時:2020年7月2日14時〜20時40分
調査対象:全国47都道府県在住の成人(20歳以上)2000名
(20歳未満と海外在住者などを除き、最終的にはn=1959。うち、感染者の多い地域 n=1041, それ以外の地域 n=918)
感染者データ:2020年7月1日時点 厚生労働省統計による
東京都の当時の感染者数 6292人
大阪府 1843人
神奈川県 1508人
北海道 1263人
埼玉県 1146人
千葉県 967人
福岡県 850人
兵庫県 706人
調査の結果、パンデミックの影響度の高い地域(東京都・大阪府・神奈川県・北海道・埼玉県・千葉県・福岡県・北海道)の人々は、そうでない地域の人に比べて、家庭での毎日の食品ロスの量や種類、コストや不足に注意を払い、食品の購入や管理についてより厳密に準備をし、食品の選択などの行動を変えようとする傾向が示唆された。
逆に、新型コロナの影響の少ない地域の住民は、パンデミックが宣言されてからの3ヶ月間で、影響の大きい地域の住民に比べて、過剰な量の食品や、不要な食品を購入していた。
世界各国でCOVID-19が食品管理と食品ロスにプラスの効果をもたらした
論文では、日本以外の国で行われた、コロナ禍での先行研究についても触れている。カタール(*3)やチュニジア(*4)、米国(*5)では、コロナ禍により、家庭の食品管理のスキルと習慣の改善につながっていた。イタリアではロックダウンが食品管理と食品ロスに対し、プラスの効果をもたらした(*6)。論文によれば、食料品を購入する行為は、ストレスや不確実性の感情に対する行動反応で、商品購入を通して消費者が調整力を回復することにつながるというエビデンスがある。
マレーシアで、2020年のCOVID-19による移動制限期間中に行われた調査によれば、食品ロスは、期間中に最大15.1%の減少を示した(*7)。統計解析の結果、地域によっては、統計的に有意な減少を記録した。
第一著者の錢昆(Kun Qian)先生へオンライン取材
この調査を行った、論文のfirst author(第一著者)の錢昆(Kun Qian)先生と、比良松道一先生にご連絡し、メールでコメントをいただいた。また、錢昆(Kun Qian)先生にオンライン取材もさせていただいた。
錢昆(Kun Qian)先生らが属している、九州大学(*8)の「持続可能な社会のための決断科学センター」は、博士号を有しながらも、今起きている社会的な課題を解決できるリーダーを育成するのが使命だそうだ(比良松道一先生著書『18歳からの自炊塾 九州大学 生き方が変わる3ヶ月』家の光協会)。理系・文系の枠を超え、さまざまな専門分野の大学院生と教員で組織したチームが、問題が起こっている現場に赴き、各自の専門的な知恵や技を活かした問題解決の実践にあたる(前掲書より)。
錢昆(Kun Qian)先生によれば、この論文執筆者の3名は、それぞれ専門分野が異なる。比良松先生は作物の品種改良(現在は自炊、食文化)、ジャバディ先生は植物の生態学(現在は食品ロス)、錢昆(Kun Qian)先生は実験心理学や行動免疫システム(現在は、COVID-19や昆虫食など)。
錢昆(Kun Qian)先生は、普段はフィールド調査を行っているが、コロナ禍で、それができなかったため、Yahoo!のクラウドソーシングを活用し、複数回の調査を行っており、2020年5月と7月にも論文がアクセプト(受理)されている(*9,10,11)。今回の調査もその一環だった。
今回の調査結果として、パンデミックの影響の大きい地域の方が、消費者の意識や行動が変化したことについて、これが一時的なものであるのか、持続的なものであるかについては、追跡調査で継続的に結果を見ていくことも視野に入れているという。
調査時期は、緊急事態宣言が解除された2020年7月だったため、ちょうどコロナ対策の激しい時期と、人々の意識がゆるんだ時期との、いわば端境期に行われている。錢昆(Kun Qian)先生は、緊急事態宣言の直後にも別の調査を実施しているが、本調査に関しては、それより時期がずれていたので、もう少し早めの時期であれば、もう少し違い(統計的に有意な差)がはっきり出た可能性もある。
たとえば下記、論文中のグラフだと、左から2番目の「Food Preparation(食材の準備)」で、パンデミックの影響が大の地域(棒グラフで濃い方)と、影響が少ない地域(棒グラフで色の薄い方)との差が、t検定により、有意水準1%(p<0.01)で差(**)が見られている。
ここでいうp(p値=p-value)とは、probability(確率のこと)。つまり、この差が誤差(偶然で生じた差)である確率が1%未満ということをあらわしている。言い換えると、得られた結果が偶然に起こる確率(判断を誤る確率)が1%未満(p<0.01)である、偶然とは考えにくい(=有意である)ということを意味している。
一方、左端の「Food waste situation(食品ロスの状況)」や右端「Influence of COVID-19(COVID-19の影響)」、右から2番目「Excessive food purchase(過剰な食品購入)」などでも、p<0.05で統計的に有意な差(*)が見られる。しかし、p<0.01に比べたら、有意水準(significance level)が5%なので、p<0.01の方がより顕著な差と言える。
COVID-19のロックダウン中に調理行動の促進が観られた
この研究をやろうと最初に提案したのは、論文のSecond author(第二著者)になっているジャバディ先生だったそうだ。そして仮説の設定や質問用紙の作成などを行ったのが錢昆(Kun Qian)先生。そして、そこに「自炊」の要素を盛り込んだのが比良松先生だったという。比良松先生にもメールでお話を伺った。
今回の調査では、対象者が「普段、自炊をしているかどうか」が影響するのではないかと比良松先生らは考えた。そして、調査結果を解析したところ、COVID-19のロックダウン中に調理行動の促進が観察され、普段から自炊をしている人ほど食品ロスや食料廃棄に対する意識は高いということが示唆された。比良松先生の新著『18歳からの自炊塾 九州大学 生き方が変わる3ヶ月』を読むと、自炊体験によって食品管理の技や、食品ロスを出さないで食材を活用しようとする意識が高まることが伝わってくる。
しかし、一方、自炊する人ほど食品を過剰に購入したり衝動買いをしたりする行動に出る傾向も見られた。比良松先生は、『自炊をする人は「料理に必要な食材がないと困る」という意識が強いため、それが行動に反映されているのではないか』と考えている。
実際、自炊をする児童が増えると学校給食の残渣が減るという見解があるそうだ。子どもたち自身が弁当を作る「弁当の日」(*12)の提唱者、竹下和男氏によれば、児童が弁当作りに取り組んだ学校では、以前よりも学校給食の残食が減る傾向にあり、論文でも紹介(*13)されている。竹下和男氏は、香川県綾南町立(現:綾川町立)滝宮小学校の校長時代、PTA総会で5年生と6年生が自分で弁当を作る「弁当の日」を提唱し、平成13年(2001年)度から2年間実施した。
錢昆(Kun Qian)先生によれば、自炊慣れしている人や高齢者は、食料の管理に気をつけて、食品ロスも出さない傾向にあったが、コロナ禍により、外出や外食ができなくなり、初めて自炊を始めたような、いわば「新米自炊者」は、必要以上に食材を買ってしまったり、パニック買いや買い溜めしてしまう傾向にあったそうだ。
女性の方が食材の管理能力が高く、高齢者ほど家庭の食品ロスに対する意識が明確で関心が高い傾向
実験によれば、女性の方が、食事に関する問題を察知し、管理する意識や能力が高いことがわかった。コロナ禍のチュニジアで、女性は男性より食べ残しが少ない傾向にあったという調査結果もあり、これを裏付けるものとなった。女性は家庭で頻繁に食事の準備をしており、料理する人は、家庭での食品ロスについて、より明確な理解と高い関心を示し、COVID-19により、料理の準備や調理行動に対する評価が高くなった。
この研究では、食品ロスに関する考えや行動が、社会人口統計学的特徴によってどう異なるかについても調査した。その結果、高齢者ほど、家庭内の食品ロスに対する認識が明確で関心が高いことが示唆された。
年末年始に向けて食料供給者への「BtoB」「BtoC」バランスへの注意喚起
錢昆(Kun Qian)先生に、この調査研究を通して最も伝えたいことを伺ったところ、年末年始に向けて、食品事業者が、家庭向け・事業者向けの供給量のバランスをとり、食品ロスをなくすことを心がけてもらう、ということだった。
コロナ禍は、第三波が来ており、これがちょうど2020年の年末から2021年の年始にかけての時期と重なってくる。
年末年始、全国の家庭では、家で食事をとる時期が増える。2020年の年末は、コロナ禍ということもあり、外出が減り、ますます家での食料買い溜め傾向が強まる可能性がある。特に都心部では、食料供給やサプライチェーンを圧迫する可能性がある。
一方、外食産業の短時間化や外出制限により、業務用(事業系)は、減少する傾向が考えられる。
そこで、食料を供給する立場にある事業者は、業務用(BtoB)を減らし、家庭用(BtoC)に廻し、サプライチェーン全体のバランスを考える備えが必要ではないか、とのこと。
錢昆(Kun Qian)先生自身、15年前に留学生として中国・山東省の青島(チンタオ)から来日後、7年間、私費留学生だったため、4年間ほどサンドウィッチ製造工場で働いていたことがあったそうだ。日本は「倹約の国」だと聞いていたのに、その裏では大量の食品ロスが発生していることを、まさに製造工場で目の当たりにしたという。出張したフィンランドや母国の中国では、果物も、見栄えがよくないものも店頭に出しているが、「日本は、おもて向きは見栄えのいいものを出すが、その陰で、そうでないものが捨てられている」と感じたそうだ。
中国でも昨今、「光盤運動(食べ残し撲滅運動)」が謳われている(*14, 15)。これは「無駄を減らそう」ということと、世界的な価値観(たとえばSDGsなど)と調和をとっていこうということが考えられるそうだ。改めて、食品ロスというのは世界的な喫緊の課題であると強く考えさせられた(*16, 17, 18)。たとえ食品ロスを排出せずとも、食品産業それ自体が温室効果ガスの発生源になっており、今のままのペースを保てばパリ協定の目標は達成できないことが、2020年11月6日付の『サイエンス』掲載論文でも指摘されている(*19)。
錢昆(Kun Qian)先生は、今回の結果から、日本の中でも、都市部と地方都市との違い、多様性が見られると語っている。一方、アンケート調査は自己申告なので、実際に廃棄された食品の量より少ない量を申告する傾向があるため、研究結果には限界があることも指摘している。また、Yahoo! JAPANでのオンライン調査のため、対象者はYahoo!のユーザーに限定された(平均的なYahoo! JAPANのユーザー層は40代男性)。とはいえ、コロナ禍でタイムリーに行った実験データが少ない日本の中では貴重なものだと考える。今後、さらなる研究が期待される。
参考情報:
*2Influence of the COVID-19 Pandemic on Household Food Waste Behavior in Japan
*3Impact of COVID-19 on Food Behavior and Consumption in Qatar
*4COVID-19 virus outbreak lockdown: What impacts on household food wastage?
*5The Impact of COVID‐19 on Consumer Food Waste
*9 2020年7月16日付 九州大学 新型コロナウイルス感染症流行下の心理的不安・予防行動と性格の関連性を解明 感染対策や心理的ケア対策の立案の重要な判断材料になる可能性
*12映画『弁当の日』関連書籍
*13Sustainable food systems -a health perspective
*14見せてもらおうか、中国の食品ロス「光盤運動2.0」とやらを! 残すのがマナーの国で何が?(36)
*15中国「実質ゼロ」 習氏が最近始めた国民運動、実は達成に向けての一環か?
*16イタリア計2,244名の購買行動と食品ロス調査 コロナ禍でどう変わった?SDGs世界レポ(30)
*17コロナ禍の世界各国で売り切れた食品は? コロナの時代の食品ロス(イギリス編)SDGs世界レポ(44)