オークスを制したスターズオンアースをめぐる兄弟や同期の人間ドラマとは?
弟を襲った不運
5月22日の東京競馬場。
「弟と会話をした」というのが調教師の高柳瑞樹。現在46歳の彼の2つ下の弟が同じく調教師の高柳大輔だった。
「前日に大輔のテーオーケインズが平安Sを勝っていましたからね。『大した馬だね』って祝福をして、後は親戚の話なんかをしていました」
兄弟は共にこのメインの優駿牝馬、通称オークス(GⅠ)に管理馬を送り込んでいた。
瑞樹のスターズオンアースは単勝6・5倍の3番人気。1冠目の桜花賞(GⅠ)を制した馬は、当然、有力視されていた。
「装鞍所もパドックもいつもと変わらず、落ち着いていました」
ただ、18頭立ての大外18番という枠には「選べないので仕方ないが、決して有利ではないと思っていました」と語る。
そんな思いを胸にスタートを待ち、検量室でテレビ観戦をしようとしていた瑞樹の耳は、思わぬ言葉を拾った。
「『放馬している』と聞こえたので、誰か確認したら大輔の馬でした」
見ると、弟の管理馬であるサウンドビバーチェがカラ馬で走っていた。
「大輔はスタンドにいたと思うのですが、呼ばれて検量室まで降りて来ました。JRAの職員と話をしていたけど、何も助けてあげられないので離れて見ていました」
やがて正式に除外の報が入った。
「オークスですからね。馬にとっても一生に1度の晴れ舞台だし、同じ立場の身としても無念さは伝わってくるので、他人事とは思えず、残念でなりませんでした」
勝利を冷静に見届けられた理由
そんなアクシデントの末に迎えたオークスだが、いざゲートが開くと桜の女王は想像していた以上の強さを披露した。新たなパートナーであるC・ルメールを背に、好位を追走すると、直線では力強く伸びてみせた。
「最初の1コーナーまでのポジション取りは“さすがルメール!!”と思えるモノでした。1600メートルだと少し鈍い感じがあったけど、2400に距離が延びたのと馬も更に良くなっていたのか、終始、反応が良かったです。直線で武史の馬(ナミュール)が内から良い脚で伸びてきたけど、それさえ抑えられれば、前にいるもう1頭(スタニングローズ)は捉えられるだろうと思って見ていました」
そんな見立て通りの結果となった。ナミュールの差しを封じ、スタニングローズを捉えたスターズオンアースは、2分23秒9の好タイムで2冠女王に昇華した。
「もっと浮足立つかと思ったけど、ゴールの瞬間は思った以上に冷静に見られました」
それは桜花賞を制した時も同じだったと言うので、その理由を伺うと、改めて口を開いた。
「知識や技術的にはもちろんもっと上を目指さなければいけないのですが、現状でのやる事はやって臨めたのが大きいと思います。どこかに悔いある状態だったら違う感覚で見ていたのではないでしょうか……」
2、3着馬の調教師とのエピソード
脱鞍所の1着の枠場のところで、新たな2冠馬を待つ高柳に、声をかけてきた男がいた。
「『おめでとう』と言っていただきました」
調教師の高野友和だった。高野は、2着のスタニングローズと3着のナミュールの指揮官。「その後、グータッチされたようなされていないような……」と話す高柳に対し、高野に確認すると言った。
「悔しいから『おめでとう!!』ってひと声かけただけでした」
そんな2人は、共に2010年に調教師免許を取得した同期。学生時代の学年も同期となる仲だった。高柳は言う。
「東西別々だった事もあり、調教師になるまで接点はありませんでした。同期で受かったので、研修などが一緒になるうちに気が合い、話すようになりました」
高野も首肯して言う。
「高柳先生は人間的に素晴らしいので、すぐに意気投合するようになりました」
技術調教師時代には2人でドバイワールドカップ開催を観に行き、ホテルでは同じ部屋に泊まった。干支がひと回りして、まさか樫の女王を懸けて戦う事になるとは、当時は2人共、思ってもいなかっただろう。
秋華賞(GⅠ)では3冠を懸けてターフに戻る事になるであろうスターズオンアースと高柳。果たして高野が待ったをかけるのか、それとも弟の大輔がこの悔しさを晴らすドラマを演出するのか。楽しみに、秋を待とう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)