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“タイムカプセル”に紛れ込んでいたコルトレーンの“幻の音源”を読み解いてみる

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

2018年6月29日は、ジャズにとって“新たな伝説”が刻まれる日になりました。

というのも、55年ものあいだ“秘められて”いた音源がこの日、全世界で同時にリリースされるからです。

『ザ・ロスト・アルバム』、その音源の主はジョン・コルトレーン。

1950年代から60年代というジャズ黄金期が、彼なくしては存在し得なかったと言っても過言ではない、異次元のサウンドを生み出したレジェンドです。

なんたって、それほどのレジェントが遺していた、これまでまったく所在が不明だと言われてきた音源が、まとまって日の目を見ることになるのですから、そりゃもうジャズ界は大騒ぎです。

ボクももちろん、レジェンドの未発表音源の出現という“お祭り騒ぎ”に加担して、“失われた55年”を取り戻すべく大いに盛り上げたい、と言いたいところなのですが…。

一歩引いて考えてみるまでもなく、このリリースには謎が多いことに気づいている人も、少なくないのではないでしょうか。

フェイクニュースが取りざたされる昨今、いままで発表されることなくしまわれたままだった音源が、いきなり「出てきました」となれば、「ほんまかいな?」となるほうが自然なんじゃないでしょうか。

いや、そんなフェイクを全世界規模でやるはずないやんというのは、重々承知していますが、ここではあえて“お祭り騒ぎ”に正面から加担せず、斜めからこの“奇跡の発掘”を検証してみようと思うのです。

♪ コルトレーンおよび“幻の音源”についての事実確認

ジョン・コルトレーン(1962年)(c)Chuck Stewart Photography, LLC
ジョン・コルトレーン(1962年)(c)Chuck Stewart Photography, LLC

検証の前に、「コルトレーンってなに?」という人がいると話が進まなくなっちゃうので、軽く紹介しておきましょう。

ジョン・コルトレーンは、1926年生まれのアフリカ系アメリカ人のサックス奏者。

1950年代半ばに、飛ぶ鳥を落とす勢いで世界の注目を浴びていたマイルス・デイヴィスのバンドに抜擢され、次代を担う人材のひとりとして認識されるようになります。

1960年に自身のバンドを組んで事実上の“独立”を果たすと、次々と斬新なコンセプトによる作品を発表。

時代は、フリー・フォームなジャズへの傾倒やロックの台頭が著しくなるなかで、独自の宇宙観や精神性を加味したサウンドを確立していきました。

しかし、1967年に40歳という若さでその生涯を閉じ、ジャズ発展の道筋も一緒にあの世へ持ち去ってしまったのです。

♪ “幻の音源”の立ち位置と“幻の”になった理由

では、コルトレーンのこの“奇跡の発掘”、なにがどう“奇跡”なのかを共有しておきたいと思います。

まず、収録日は1963年3月6日。場所は、ニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオ。

実は、“奇跡”とされる要素ひとつが、このレコーディングのタイミングでした。

というのも、この日は、コルトレーンの残した作品群のなかでも常にベスト10入りするほど人気の高い『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』の収録前日だったのです。

『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』は、コルトレーンが当時レギュラーで活動していたクァルテット(4人編成)に男性ヴォーカリストを迎え、テンポのゆったりとしたスタンダード曲を選んで構成した、ポピュラリティの高い内容でした。

60年代前半のコルトレーンは、“不動”と呼ばれるほど欠くことのできない関係性を築いていたリズムセクション(ピアノ、ベース、ドラムス)を得て、前述の音楽観を具現するために、練習とライブを重ねていました。

1963年のこの時期も、コルトレーンは自分のクァルテットでニューヨークのライブハウス“バードランド”に出演、その合間を縫ってのレコーディングという状況だったのです。

コルトレーンが契約していたレーベル“インパルス”は、先進的な彼の活動を(ほかのレコード会社よりもかなり)理解していましたが、世間に注目されているミュージシャンである優位性を利用しながら彼のサポートを考えるという経営的なバランスを取ろうとしていたことが伺えます。

その表われが、同時期に当時の正式リリースとなった『バラード』、『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』、そして『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』といったラインナップ。

つまり、この時期のレーベルの経営判断は、先鋭的なコルトレーンの音楽性を認めながらも、ポピュラリティの高い企画でアルバムの売り上げを確保しながら、コルトレーンの音楽の行方と時流を読もう、という戦略だったのだろうと推測できるわけです。

こうして、1963年時点で先進的すぎるがゆえに“リリース保留”となった3月6日のスタジオ・セッションは、コルトレーンのインプロヴァイザーとしての評価が高まったタイミングをはかり、出番を待つかたちで、倉庫に眠ることになったのだと考えられるのです。

ところが、この音源にアンラッキーが重なってしまいます。

まず、同じ1963年の7月に出演したニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでの熱演が、彼の死後まもなく(1969年)リリースされます。

このアルバムは“不動”のコルトレーン・クァルテットを象徴するような(ドラムスはエルヴィン・ジョーンズではなくロイ・ヘインズですが)熱狂のライヴと晩年の2テナーによるコルトレーン・バンドを“抱き合わせ”た、追悼色の濃い内容でした。

結果的に、彼の代表曲「インプレッションズ」を印象づける名演とされるテイクが収録され、このアルバムはコルトレーン・ライブラリーの定番として認識されるようになります。

この1963年の代表的テイクが公になったことで、同時期の別テイクのプライオリティが下がったことは想像に難くありません。

追い打ちをかけるように、レーベルの親会社がジャズの売れ行きが落ち込んだ1980年代、経費削減のため倉庫の断捨離を断行。リリース予定のないマスター音源を廃棄するという暴挙に出てしまいます。

そう、その被害をまともに受けたのが、今回のこの音源であり、ゆえにもう聴くことが叶わない“幻の”ものであると考えられてきたのです。

ところが、天はジャズ・ファンを見放しませんでした。

マスター(=オリジナル)こそ破棄されたものの、コピーが存在していて、その所在が明らかになったのです。

55年もの時間かかかってしまったのは“聖者”になっているはずのコルトレーンの差配にしてはいささか納得しかねる部分もあるのですが、いずれにしろ欠けたままのピースのひとつが発見され、そこになにが描かれていたのかを確認する機会を、2018年にジャズを耳にすることのできる我々が得られたことだけは事実なのです。

♪ 『ザ・ロスト・アルバム』の現在価値を査定すると…

ジョン・コルトレーン・カルテット(1962年)(c)Jim Marshall Photography LLC
ジョン・コルトレーン・カルテット(1962年)(c)Jim Marshall Photography LLC

ないと思われていたものがあったというだけで、一般的には“価値がある”と評価されます。

しかし、対象が芸術となれば、それに加えて内容的な評価をしないわけにはいきません。

果たして、コルトレーンの1963年3月6日の音源は、彼の業績として追記すべきほどの内容だったのかということを検証しなければならないわけです。

結論からいえば、“1963年”というクァルテットの成長期に“スタジオ録音”というシーンを記録した貴重な歴史資料であるのはもちろん、コルトレーン・クァルテットの代表的演奏となったニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのライヴ・ヴァージョンを予感させる濃い構築性がすでにこの時点で見えていたことを示す“証拠”となることも、この音源の価値を上げる要素と言えるでしょう。

なによりもこの時期に、コルトレーンがポピュラリティーの高い企画にも積極的に取り組みながら、同時並行的に未来を予見させるインプロヴィゼーショナルなパフォーマンスをアウトプットできる状態にあったことが、この『ザ・ロスト・アルバム』で明らかになったわけです。

近年、ホモサピエンスとピテカントロプスなどの従来の関係性を覆すようなエヴィデンスが発表されているようですか、このコルトレーンの未発表音源の発掘は、サル的な哺乳類が現在のヒトに進化するための“なにか”を証明する以上に、“ジャズ”が“ジャズ以降のもの”になるための“なにか”を知るためのヒントを与えてくれるもの、と言っても過言ではありません。

おそらくは当時のポピュラリティ・レヴェルを満たせなかったために“置き去り”にされたというのが、この“幻の”を説明する正解なのかもしれませんが、55年を経て巡り合うことができたボクたちは、現代のジャズの尺度でこの音源に対峙することを“幸運”と呼ぶことができるはず。

どのようにこじつけようとしても、恐らくコルトレーンの関知しないところで“幻の”と化してしまったことは事実として受け止めるとして、ボクらはそれを彼が期せずして埋めてしまった“タイムカプセル”だと思うことができる、というわけなのです。

だから、そのフタが開けられたいま、新たな“コルトレーン伝説”の始まりを、一緒に味わってみませんか?

参照:UNIVERSAL JAZZ/ジョン・コルトレーン『ザ・ロスト・アルバム』公式サイト

以下は、レーベルからのインフォメーションです。

■ジョン・コルトレーン『ザ・ロスト・アルバム』DSD試聴会

開催日時:2018年6月28日(木) 18時半開場 / 19時スタート (20時終了予定)

場所:サウンドクリエイト ラウンジ (中央区銀座2-3-5 三木ビル5階)

応募方法:TwitterでUNIVERSAL JAZZ(https://twitter.com/universal_jazz)をフォローして、このツイート(https://twitter.com/UNIVERSAL_JAZZ/status/1008620230073913344)をRTするだけ

応募締切:6月21日(木)23:59

当選人数:30名

応募方法等の詳細はこちら

https://www.universal-music.co.jp/john-coltrane/news/2018-06-18-event/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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