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ベネズエラのネット検閲、日本のジャーナリズムの危機

八田真行駿河台大学経済経営学部教授
(写真:ロイター/アフロ)

世界各国がどのように、あるいはどの程度インターネットの検閲を行っているかを調査しているプロジェクトがある。2012年に始まったOONI(Open Observatory of Network Interference)がそれだ。ちなみに、OONIはThe Tor Projectの一部である。

オープンと名乗ることから分かるように、OONIはOONI Probeというオープンソースのテストスイートを開発していて、これを調査対象の国にいる協力者が実行して調査を行っている。これにより、DNSタンパリング等によるウェブサイト・ブロッキングや、Facebook MessengerやWhatsApp、Telegramといったインスタント・メッセンジャーのブロック、Torのようなプライバシー強化ツールのブロックなど、様々なネット検閲の存在を検知することが出来る。

ところで、政情が混乱を極める(とされる)南米の国ベネズエラだが、最近OONIのレポートが出た。なかなか興味深い内容なので、かいつまんで紹介したい。

何が興味深いかというと、ベネズエラはネット検閲と言われて思いつくようなことをすべて施行しているのである。中国などわずかな例外を除き、ここまで徹底的にやっている国は珍しい。

こうなったのはそこまで古い話ではない。2017年の年末、「ヘイトに反対し、平和的な共存と寛容を目指す法律」と称するいわゆる反ヘイト法が制定され、ヘイトや不寛容を煽ると政府が認定したメディアやサイトを政府がブロックしたり、免許を取り上げたりすることが出来るようになった。問題は、ここでいうヘイトやら不寛容やらの定義が曖昧で、政権側が完全掌握する裁判所の判断に任されている点である。また、ラジオ、テレビ、電子メディアにおける社会的責任に関する法律と称するものでは、メディアが政権の正統性に疑問を呈したり、社会不安を煽ることが禁じられ(これらもまた非常に曖昧だ)、実際翌年1月には政権を批判した新聞の編集者が取り調べられるという事態も発生した。ようは萎縮効果を狙っているわけだ。これからも分かるように、検閲は大体ヘイトスピーチ規制だの社会的責任だのといった美名の下で始まるのである。

なお、OONI以外でも、国連の人権高等弁務官事務所(OHCHR)が、ベネズエラにおけるネット検閲やジャーナリストに対する逮捕や攻撃に関して非難声明を出している。

最近では、独裁者として国際的に批判を浴びているマドゥロ氏と反対派で国会議長のグアイド氏が両方大統領を名乗るという異常事態になっているが、例によってというべきか、Wikipediaでどちらが大統領か編集合戦が起こり、結局一時的にWikipediaへのアクセスがブロックされた。 さらに、政府への抗議行動があるたびに、画像や動画の投稿先であるYouTubeやTwitter、Instagramがブロックされている。

ベネズエラには4つの大手ISPがあるが、国営で最大のCANTVが(おそらく政権の指示を受けて)最も活発にブロッキングを行っているようで、DNSタンパリングや、最近韓国が導入したことで話題となったSNIブロッキングもやっているらしい。OONI Probeでブロックが検出されたサイトは、主に政府に批判的なメディア(コロンビアのEl Tiempoのように、他国にあるものも含まれる)だが、他に目を引くのはデモ等抗議活動の現場で用いられるスマホ用のトランシーバー的なアプリ(Zello)や外貨両替サイトをブロックしていることで、特に後者は経済不安からくる外貨流出の懸念を反映しているのであろう。また、Torも(最近なぜか止めたようだが)ブロックしていたようだ。これは全くの推測だが、最近こうしたブロッキングのノウハウがいくつかの独裁的国家で「共有」されているふしがあり、Torのブロックも、こうした一環で持ち込まれたのかもしれない。

ところで、最近ベネズエラ情勢に関する有識者の緊急声明というのが発表された。呼びかけ人の中には、ジャーナリスト、あるいはジャーナリズムに関わる人々が多くいるようだ。

ベネズエラは前大統領のチャベス以来、反米左翼で鳴らして米国から睨まれてきた国ではある。様々な圧力や謀略もあったかもしれない。なので、チャベスからマドゥロという社会主義路線自体の是非はひとまず措くとしよう。

しかし、ベネズエラの現政権が自らの意思で強力なネット検閲をやっているのは明らかであって、ジャーナリストと名乗る人たちが、ベネズエラ国内で果敢に検閲と戦っている人々がいるというのに、目をつぶっているのは全く解せないことだ。右翼だろうが左翼だろうが、検閲でジャーナリズムを抑圧する政権にまともなものがあるわけがない。

先日日本でもサイトブロッキングの是非が問題となったが、体を張って戦ったのは法曹や技術関係の人間、あるいは漫画家などクリエイターが多く(もちろん敏感なジャーナリストはいたが)、全体としてジャーナリズム界やリベラル方面の動きが極めて鈍かったことも気になっている。インターネットの分裂が進み、日本でも中国ライクな統制を導入する誘惑が強まるであろう今後、ジャーナリスト、あるいは左翼の多くがネット検閲の危険に極めて鈍感なのは、日本の重大な問題だと私は思うのである。

駿河台大学経済経営学部教授

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)理事。Open Knowledge Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

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