凄まじすぎるプーチンの情報戦争 敗れたオバマ トランプは「蜜月」共演
大量ペルソナ・ノン・グラータ
オバマ米政権は12月29日、米大統領選でロシアの情報機関が民主党陣営の電子メールをハッキングして暴露していたとして、在ワシントン・ロシア大使館とサンフランシスコ領事館の外交官35人を国外追放すると発表しました。ニューヨークとメリーランドにあるロシアの保養施設も情報機関に使われていたとして閉鎖しました。
スパイ活動をしていた外交官をウィーン条約に基づき「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外追放するのは珍しいことではありません。利害が対立する接受国の情報を収集していない国はなく、手段が逸脱することも決して少なくないからです。
オバマに対して、ロシアのプーチン大統領は翌30日「ロシアは無責任外交に付き合うつもりはない」「米外交官のすべての子供たちをクレムリンの新年とクリスマス・ツリーに招待する」と述べました。米国の外交官を国外追放せずに、トランプ次期政権で米露関係を改善する考えを強調しました。
ロシア外務省はモスクワやサンクトペテルブルクに駐在する31人の米国外交官を国外追放し、モスクワ近郊の米保養施設などを閉鎖する考えだったとも報じられていますが、プーチンは報復しないことを最終決断したようです。
トランプは「ウラジミール・プーチンの対応は偉大だ。私は常にプーチンが非常にスマートであることを知っている!」とツイートしました。米国の次期大統領が現職大統領の対ロシア対抗措置をこれほど馬鹿にして、ロシアの大統領を称えてみせたのは前代未聞のことです。
在英ロシア大使館は「オバマ大統領が35人の外交官を追放したのは冷戦を彷彿させる。米国民を含むすべての人々がこの救いのない政権の最後を見るのを喜んでいる」とツイートし、アヒルの写真に「LAME」の大文字をあしらい「レームダック(死に体)」とオバマ政権を笑い者にしました。
戦時下の米大統領周辺にはソ連スパイ網が張り巡らされていた
第二次大戦で米国のルーズベルト大統領の周辺にソ連のスパイネットワークが張り巡らされ、ルーズベルトの判断にも大きな影響を与えました。
日本上陸作戦を控え、米軍の犠牲を減らすためソ連の対日参戦を求めていたルーズベルトはヤルタ会談で、千島列島が平和裏に譲渡された歴史を無視して「日本が戦争で奪った領土だ」というスターリンのウソに目をつぶります。このウソが北方領土問題の原点になります。
トランプがプーチンに同調してみせるのは、ロシア情報機関の介入が米大統領選の結果を左右したとなると当選の正当性が損なわれるため、オバマ政権のでっち上げだ、選挙には誰の力も借りずに勝った、自分の実力だと主張したいだけなのでしょうか。
それとも、トランプはルーズベルトと同じようにプーチンのスパイネットワークに絡め取られているのでしょうか。トランプは選挙期間中、ヒラリー・クリントン民主党候補の私用メール問題を追及する際「ロシアが行方の分からないヒラリーの電子メール3万通を発見することを望んでいる」と呼びかけました。
米大統領選では民主党全国委員会(DNC)のサーバーから2万通の電子メールがハッキングされ、告発サイト「ウィキリークス」にリークされました。DNCは2016年3月からネットワークを停止し、サイバーセキュリティー会社クラウドストライクに調査を依頼しました。
その結果、ロシアの情報機関、軍参謀本部情報総局(GRU)が運用するAPT28と、連邦保安局(FSB)が運営するAPT29の活動が確認されました。APT29は16年前半にホワイトハウスや米国務省の機密扱いではないネットワークに侵入したとみられています。
APT攻撃は特定のターゲットに対して持続的にマルウェアを侵入させたり潜伏させたりして情報を盗み取ったりデータを破壊したりすることを言います。踏み台となる第三者のコンピューターを何台も経由しているため追跡は困難とされてきましたが、米国のサイバーセキュリティー会社や司法当局はその能力を飛躍的に向上させています。
29日に発表された米国の国土安全保障省と連邦捜査局(FBI)の合同分析報告書によると、民主党のサーバーにAPT29が侵入したのは15年夏で、米政府関係者を含む1千人以上にマルウェアに感染させるリンクを張ったなりすましメールを送りつけていました。少なくとも1人がマルウェアに感染し、そのルートで大量の電子メールが盗み出されていました。
APT28は16年春、同じようになりすましメールを送り付け、パスワードを変更するよう呼びかけてパスワードを盗み出し、電子メールなどにアクセスしていました。ロシアの軍民情報機関は米大統領選が終わって数日たってからも同じようにサイバー攻撃を仕掛けていました。
プーチンの情報戦争
今回のオバマによる露外交官35人の国外追放は、米大統領選という民主主義のインフラを破壊したプーチンへの怒りを現したものですが、米露両国の対立をさらに先鋭化させます。しかしプーチンのインフォーメーション・ウォーフェア(情報戦争)は一段と磨きがかかっています。
米国防大学は情報戦争の7形態を次のように分類しています。
(1)指揮統制戦争
(2)情報基盤戦争
(3)電子戦争
(4)ハッカー戦争
(5)心理戦争
(6)経済情報戦争
(7)サイバー戦争
プーチンは大統領に返り咲いた12年からハッカー戦争やサイバー戦争の能力を向上させるため、資金と人材を大量に投入したと言われています。プーチンのインフォーメーション・ウォーフェアを振り返っておきましょう。
自分にとって都合の悪い情報を告発する人物は手段を選ばず消してしまうのがプーチンのやり口です。
2006年
プーチンを批判していた元FSB職員リトビネンコ氏が亡命先のロンドンで放射性物質ポロニウム210を使って暗殺される。ロシアの国家関与が指摘される。
2007年
ソ連時代の像を首都タリンから移動させることを決定したエストニアに対してサイバー攻撃。親クレムリン青年組織ナーシの中心人物が犯行を認める。
2008年
リトアニア議会がナチスやソ連のシンボルを公の場に掲げるのを禁止することを可決すると、リトアニアの政府機関や民間企業の約300サイトがサイバー攻撃を受ける。
ジョージア(旧グルジア)紛争が勃発。親ロシア派ハッカーがトビリシの政府、インターネット・インフラをサイバー攻撃。サンクトペテルブルクを拠点にする犯罪組織RBNが浮上。
2014年
ウクライナ・クリミアに緑色の軍服を着た部隊が姿を現すと同時にウクライナ独立通信社、国家安全保障・国防会議、クリミア最高会議、クリミア独立住民投票のウエブサイトがDDoS攻撃を受ける。
こうしたDDoS攻撃より大規模にソーシャルネットワークやソーシャルメディアを通じた反ウクライナのニセ情報が拡散される。
クリミア併合とウクライナ危機でロシアを非難した欧州連合(EU)議会、欧州委員会をサイバー攻撃。
2015年
米国防総省の統合参謀本部の機密扱いでない電子メールシステムがサイバー攻撃を受け、4千人が影響を受ける。10万人以上の確定申告情報が盗まれる。米国務省の機密扱いでない電子メールシステムも約1年間にわたってハッカーに狙われる。
ウクライナ上空で地対空ミサイルによって撃墜されたマレーシア航空の事件の調査報告書を発表したオランダ安全委員会がサイバー攻撃を受ける。APT28が浮かび上がる。
2016年
米大統領選で民主党のサーバーに侵入し、大量の電子メールを暴露。
戦争と平和の境目なくなる
ロシアは国家と非国家主体、戦争と平和の一線を意図的に分かりにくくしています。そしてジョージアやウクライナの紛争ではインフォーメーション・ウォーフェアと実際の軍事作戦を組み合わせて行っています(ハイブリッド・ウォー)。
トランプをはじめ次期政権中枢を親ロシア派が占めています。これは果たして偶然でしょうか。西洋に対するプーチンのインフォーメーション・ウォーフェアはすでに始まっています。プーチンは戦時大統領です。ハッカー戦争やサイバー戦争だけでなく、トランプやその側近、米国民も取り込む心理戦争をプーチンは仕掛けています。欧州も例外ではありません。
英国のEU離脱決定を主導した英国独立党(UKIP)のファラージ元党首はプーチンへの尊敬を何度も口にし、17年4~5月の仏大統領選で決選投票への進出が確実視される極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首もプーチン信者です。
資金援助やハッキング、告発サイト「ウィキリークス」などとの連携を通じて、プーチンは親ロシアの世論を国内外で作り上げようとしています。プーチンは欧米諸国の制裁を解除してもらうためトランプ次期政権を取り込もうとしています。オランダ、ドイツの総選挙、フランスの大統領選と選挙が相次ぐ17年、EUを解体に追い込むためあらゆる手段を取ってくるはずです。
ロシアと北方領土の共同経済活動を進めることで合意している安倍政権はすでにプーチンの手中に落ちていると言えるのかもしれません。新年が暗黒の年にならないことを祈らずにはいられません。
(おわり)