コロナ禍で働く人の意識はどう変わるか~3000人意識調査の分析~【江夏幾多郎×倉重公太朗】第2回
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新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの就業者がリモートワークを経験しました。江夏幾多郎さんをはじめとする調査グループが2020年4月と7月に行った調査によると、在宅勤務の有無が就労時間や孤立感、エンゲージメントに与える影響は観察されませんでした。在宅勤務の功罪に見えるものは,実はコロナ前からそれぞれの職場や就労者個人が持っていた強みや弱みなのです。調査結果から、在宅勤務の導入や活用以前に考えるべき、これからの時代に合った会社の在り方や働き方について探ります。
<ポイント>
・若い人、レジリエンス(困難な状況を耐え抜いたり、立ち直ったりする力)が低い人ほど空虚な幸福感を持ちやすい
・コロナ後の対策の有無が、労働市場での企業の評判を左右する
・仕事のあり方や仕事に対する意識の仕方が変わった人は少ない
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■コロナ禍で人々の幸福感がどう変わったか
倉重:これから後追い調査もありますか?
江夏:今のところは考えていませんが、調査結果を出版に向けて取りまとめています。
倉重:それは素晴らしいですね。
江夏:これまで出してきた速報版よりはもう少し体系的な分析を重ねながら、設問に対する回答結果を紹介する概論と、要因間の因果関係を推論する分析編という構成で、なるだけ早く世に出せるように研究者6名でまとめています。
倉重:なるほど。テレワークをしている人は、家族と接する時間が増えるメリットがある一方で、家族に不安感も伝わって来る側面もあるということですか。
江夏:テレワークに従事する人ほど家族と接する時間が増えるという傾向はありませんでしたが、自己啓発により勤しむ傾向はありました。不安感が家族間で伝染するかどうかについては調べていないのですが、回答者本人の不安感については、社会や組織の行末、家族との関係、自分自身と、いくつかの側面で尋ねていて、家族に対する不安はスコアが低めに出ています。
倉重:それはどういうことを意味しますか?
江夏:そこはきちんと検討していませんが、コロナ禍は家族の誰しもが直面している問題ですし、常に共にいる場合には連帯感のようなものが生じやすいのかもしれません。局所的には「コロナ離婚」やDVの増加はあるのでしょうが。自分のことについての不安感が強いという結果には、やや驚かされました。また、4月と7月で、不安感の数値にほとんど変化がないのです。
そうした不安感の状況にもかかわらず、全般的な幸福感については高いのです。4月と7月でほとんど変化もありませんでした。
倉重:コロナ禍にもかかわらず、幸福感が高い理由をお伺いしたいです。
江夏:これはわれわれ調査班の中でも「なぜだろう」とは思っていました。実際ほかのスコア、例えば先ほどの不安感の他、仕事の中での緊張感(平均:3.22)などは割と高く出たりする部分もあるのです。また、仕事における探索的行動(平均:2.76)についてはそれほど高くありません。また、先ほど示したように職場の関係性についても部分的に課題があります。
さらには、心理学の用語で「首尾一貫感覚」といいますが、「仕事に前向きな意味を感じられる」「集中して落ち着いて仕事に取り組めている」といった事柄に関するスコアも、元々それほど低くはないのですが、4月と比べて7月では統計学的に見ても明らかな低下を示していました。
にもかかわらず、幸福感が一貫して高いというのは何なのだろうと、われわれも不思議には思っていたのです。結局個人の内面や状況による裏付けのある幸福感と、裏付けのない、ある種空虚な幸福感の違いかもしれません。古市さんの本ではありませんが、「状況はよくないけれども、そこまでヤバくないし、今日も何とか過ごせたし良かった」というような……。
倉重:「今日も良く働いて、牛丼も安く腹いっぱい食べられるし」ということですね。
江夏:ある種状況任せ、あるいは達観したような幸福感があるのかなと思います。
倉重:今後どうなるかは誰も分かりませんしね。
江夏:首尾一貫の感覚が高くないにもかかわらず、幸福感だけは高い,全体サンプルの4分の1ほどを占める人々にどのような特徴があるのか、今回の調査データに基づいて分析してみました。
そうしたら、若い人、上司からの支援が乏しい人、レジリエンス(困難な状況を耐え抜いたり、立ち直ったりする力)が低い人ほど、空虚な幸福感を持ちやすいことがわかったのです。つまり、落ち着いていない、集中できていない、そういう中にもかかわらず幸福になる確率が高いという傾向が出ていました。
倉重:そうなのですか。では年齢が高い人ではいかがですか?
江夏:幸福感と首尾一貫感覚が同時に存在する確率が高くなります。
根拠のない幸福感をより抱きがちなのは若年層でした。上司からの支援が乏しかったり、レジリエンスが低かったりする人にとって、今の仕事状況は決して楽なものではありません。だからこそ仕事の中では慌て気味になったりうろたえたりしがちなのですが、雇用情勢の悪化や生活基盤の揺らぎを「対岸の火事」と捉える人がまだ多いのかな、と思います。
例えば正社員の場合、「これからはジョブ型だ」とか、「場合によっては解雇や降格もあり得る」みたいなことを言われてはいますが、実感値としては持ちにくい部分があるので
しょう。
倉重:失業者は増えていると言っていますが、確かに正社員の雇用に関しては、手を付けている会社はまだまだ少ないですからね。
江夏:給与が安定的に増えているわけではないですし、いつまでもワークストレスは減らないので、「どんどん仕事が降って来る」という意味でのしんどさはあるのでしょう。ただ、目先としては大変でも、全体としては、「日々、とりあえずしのげている」というような……。
倉重:「何とかなるだろう」という楽観視ですね。
江夏:「ニュー・ノーマル」の中で、前よりも働き方の選択肢が増えた人もいますが、それが幸せなことだとは限りません。また、逆に、変わらない働き方に不満や不安を持つ人もいるでしょう。インターネット調査の結果なので過度な一般化は慎むべきですが、少なくとも今の時点では、過去からの大転換にしんどさを感じる人が多数派というわけでもなさそうです。
倉重:なるほど。これが来年以降、希望になるか、絶望になるかというところですね。
江夏:本当にそうです。そういう意味では、会社側も働かせ方、社員の裁量や職場のあり方をどう考えるか、場合によってはジョブ型を入れてしまっていいのか、入れるとしたらどんな形にするのかというところまで、本当はきちんと考えないといけないのでしょう。対処療法ばかりにならないかと心配ではあります。
倉重:本当ですね。目の前のことに対処するので精いっぱいだという企業は多いですから。
■リモートワークが働く人に与える影響
江夏:対処療法と根本的な治療ということで言えば、最近リモートワークが良いとか悪いということがよく言われています。私たちの調査結果からは、リモートワークの日数そのものは、就労時間、あるいは働く人の心理や行動に対する明確な影響が観察されませんでした。
倉重:関係ないのですか。
江夏:私たちの調査では、就労時間や働く人の心理や行動は、リモートワークの実態も含む様々な要因によって形作られるという想定を取りました。いろいろな影響を加味した結果、就労時間、孤立感、仕事エンゲージメント、仕事の中での変化の創出といった要因は、リモートワーク実態以外の要因に大きく影響されることがわかりました。
倉重:そうですね。テレワークだからエンゲージメントが下がるというわけではないような気がします。
江夏:ほかの影響も考慮に入れたら、テレワーク自体は善玉でもないし悪玉でもないという話です。
倉重:手段でしかないわけですから。
江夏:特定の人々、あるいは特定の時期において、リモートワークに伴う弊害は当然生じるでしょう。しかし、メリットとデメリットの比較検討は行うべきですし、利用者の慣れや工夫、0か1かではない程よい活用のあり方の探索結果を待ってもよいように思われます。
そして、就労環境や就労者の心理や行動にとってむしろ大事なのは、職務の特性です。例えば仕事の面での裁量性がある。仕事上の役割や成果の基準が上司などからきちんと伝えられて明確に理解できている。こういったことが、コロナ禍での就労環境の質の向上につながります。そして、これらの職場マネジメントの多くが、コロナ禍の前からしばしば問題視されてきました。
倉重:それはコロナに関係なく、元から存在した日本型雇用の問題点ですね。
江夏:さらには働く人の特性、特に良質な職務経験の中で培われる心のありようや能力、さらには人脈も、長時間労働の抑止や仕事上の心理や行動と強く結びついていました。社内外に人脈がある。仕事能力が社内外で認められている。目的意識を持って仕事に取り組めている。しんどい状況でもへこたれずに済んでいる。そういう個人特性が、リモートワークの日数などよりも、就労時間の短さや仕事上の前向きな心理、行動を引き起こしていました。そういう意味では、今日本企業がやらなければならないことは、「さあ、コロナだ。リモートをどうする」以前の話として、そもそも十分にやれてこなかった従業員を伸ばすための機会提供や、業務内容の整備のようなところなのでしょう。
倉重:もともと「日本企業で働く人のエンゲージメントのスコアはものすごく低い」と、よく言われますね。こういったものが顕在化しているだけだという感じですか。
江夏:そうです。有能な上司とダメな上司の差がはっきりしたなんて話もありますが、結局、コロナ禍の中で積年の課題がますます目立ってきたということです。
倉重:確かに感じるようになったというところはあるかもしれません。いろいろな人を見ていると、テレワークで多少時間もできたことで、「何のために働くんだっけ」と考えるようになった人が結構多いのではないかと思っています。「何で俺は今こんな会社で働いているんだ」みたいな感覚を持ってしまう側面があるかもしれませんね。
江夏:ですので、未来のことは分かりませんが、働く側からしたらこういう時期に転職するのはなかなかのリスクでしょう。会社も火事場対応で忙しいと思います。ただ、コロナがなくなるなり、慣れるなりして会社が落ち着いた時に改めて振り返ってみて、長年の組織問題が全然解決されていない、絶好の対応機会だったのにそれを全然やっていないというところと、コロナを機にこれまで放置していたことをリモートワークなどと一緒に取り組んだ会社との違いが、労働市場での評判や人気という形で如実に出て来るのではないかとは思います。
倉重:それは良いご指摘ですね。「アフターコロナはどうする」というセミナーや書籍がたくさん出ていますが、そういう話ではなくて、企業がもともと持っていた課題は何なのか洗い出し、それを変える絶好の機会じゃないですかという話ですね。
江夏:そうです。分析結果が出ているのは、もともと組織課題と言われていたことが、この時期でもやはり組織課題だということです。
倉重:なるほど。そのコロナの表面的な対応だけで終わらせないで、根本的なところまで変える企業が強いという話ですね。
江夏:はい。
倉重:非常に本質を突いたご指摘、ありがとうございます。
■アフターコロナでも、人は簡単には変われない
倉重:仮に多くの人がコロナを気にせずにある程度外出し、飲み食いし、イベントをできるようになったとしても、働き方は特に変わらないという指摘はありましたか。
江夏:今のところ、そこまで変わっていないし、変わりたいと思っている人もそれほど多くはないというところです。
倉重:変わりたい人も少ないのは、意外です。
江夏:たぶん今とは違う働き方が分からないのだと思います。リモートワークの希望日数に関しても、割と実際の日数と一致していました。リモートをしていない人の中では「希望日数ゼロ」が多いです。部分リモートワーカーの多数が部分リモートワークを希望します。
倉重:そうか。やっていないことは分からないわけですね。
江夏:そうです。今までのルーティンと違うところに来たときに、「あ、これはいい」と思える人は実はそれほど多くありません。
倉重:変化対応力がそれほど高くないということですか。
江夏:まだ数カ月では分からないという人もいるのだろうと思います。半年や1年ずっと続けていたら、慣れる人ももちろん多いかもしれませんが、これまでのコロナへの対応のあり方は1週間単位でどんどん変わってきたり、いっとき入れていたリモートワークを撤廃するなど、真逆になったりしました。あとは、住まいも含めた生活環境はなかなか変えられません。
倉重:そうですね。
江夏:働く人の状況や内面についてきめ細かい情報が取れなかった4月と7月の比較だけで「これからこうなる」というのは、なかなか言いづらいです。ここは調査をやっている側としてはもどかしいですね。これからの状況がどうなり、そこに人々がどう向き合うのかというのは。
倉重:確かにコロナとの戦いというのは、たぶん野球でいうところの2回の表ぐらいですものね。
江夏:たぶんそうです。まだこれからラッキーセブンが起こる可能性もあります。例えばワクチンが開発されました。ウイルスとの共存に慣れました。「これでもう2019年まで戻れるね」みたいな可能性もあり得るわけです。
倉重:確かにそうですね。
江夏:「単なる回帰でいいのか」と個人的に思うところはありますが、そこで、「戻ってもいいですよ。あるいはこの新しい変化の兆しを徹底してみますか?」という選択肢が出たときに、判断材料となるものを示せたらいいなとは思っています。
倉重:そうですね。「この状態があと2年続いた後にまた皆考えてみよう」ということなら、また全然違う話になりそうですね。
江夏:今までは有無を言わさずのところがありました。例えば緊急事態宣言が出たので、「ではリモートにしましょう」とか、あるいは緩和されたので、会社の人事権や使用者の権利として、「ではもう戻そうか」というところがありました。ただ、経営者にも十分な判断材料があったのかというと、ないと思います。就労者のほうも「会社が言うのだから」ということで適応していったのでしょう。だから労使双方とも、選べる状態にありませんでした。
倉重:無理やりそうせざるを得なかったという状況でした。
江夏:落ち着いて選べるような状態になった時に、うちの会社的には、あるいは私個人的にはどちらに行くのが合理的かというところを考えるための材料を用意しておきたいと思ってはいます。
倉重:そうですね。そういう時に、働く人としては、今までどおりがいいのか、それともリモートワークのほうに行きたいのか、会社としてはそういうメニューを用意できるのかという感じですね。
江夏:そうです。
倉重:このコロナによって仕事に対する意識の仕方が変わった人は少ないということですか。
江夏:そうですね。結果としてはそこまでは出ていないということですね。
例えば、7月の調査では、「仕事外の生活をこれまで以上に充実させたい」という質問に該当する人が圧倒的に多かったのです。コロナの中で、人生全般について見直すことが少なくなかったのでしょう。ただ、充実のための具体的な方法については、必ずしも深掘りされなかったようです。「仕事外の生活を充実させるために必要なことの考えが、半年で変化した」という質問について、該当する人とそうでない人が拮抗しています。
江夏:おそらく、「こういうことをしたい」という願望をもともと持っていたけれども、実行までは至っていなかったことが、コロナを機に実行に向けて背中を押されているのではないでしょうか。
倉重:そうか。例えば毎日飲んだりしていて、趣味を突き詰めることはあまりしていなかったけれども「やってみようか」と思ったり。
江夏:何となく大事だとは思っていたのです。ただ、「いよいよやるか」という気分になっている人が多いのではないでしょうか。
倉重:私も在宅勤務になってから、格闘ゲームのストリートファイターVなど、以前から「やろう」と思っていたことを始めています。
江夏:昔していたことを、あらためて極めてみようと思ったりしますよね。
倉重:「時間をどう使おうか」ということは考えるようになりましたね。
江夏:そういう意味では、仕事や生活の主導権を自分で保とうと思えば保てる状況が、前よりは増えていると思うのです。
倉重:なるほど、そうですね。自分でコントロールする範囲が増えていると。
江夏:そうです。ただ「自分でコントロールする」「できそう」「したい」「どうしたらいいのかわからない」というところで、まだ模索中の方が多いのかなと思います。
倉重:そこは何となく皆、漠然とした不安感になっているのではないかと思います。「コントロールできる範囲が増えている」と意識するだけでも違うかもしれません。
江夏:そうですね。リモートワークについては、企業による従業員の包括的な監視や統制の手段という見方もあります。労使双方で実際にどういうアクションが生まれるのかというところは、これからも観察が必要になります。
(つづく)
対談協力:江夏 幾多郎(えなつ いくたろう)
神戸大学経済経営研究所准教授
1979年生まれ。一橋大学商学部卒業,同大学にて博士(商学)取得。名古屋大学大学院経済学研究科を経て2019年より現職。専門は人的資源管理論,雇用システム論。主著に『人事評価における「曖昧」と「納得」(NHK出版)など。