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来季でヤクルト8年目のバレンティンが大切にしているモノ

菊田康彦フリーランスライター
バレンティンの故郷キュラソー島で配布された冊子(左)と、その中に掲載されたスパークリングワインの写真
バレンティンの故郷キュラソー島で配布された冊子(左)と、その中に掲載されたスパークリングワインの写真

今季最終戦で別れのあいさつ?

 10月3日、東京ヤクルトスワローズにとって今季最終戦となる読売ジャイアンツ戦(神宮)前のこと。全体練習を終えたウラディミール・バレンティンに近寄ると、珍しく握手を求めてきた。

「7年間ありがとう。今まで良い記事をたくさん書いてくれたな」

 まるで別れのあいさつのような言葉に戸惑っていると、彼はこう続けた。

「もちろんスワローズを愛している。でも、来年は自分を最も高く評価してくれるチームでプレーするつもりだ」

 来日7年目の今シーズン、バレンティンは年俸325万ドル(推定)の単年契約でプレーしていた。契約が今季で切れることから、オフには巨人が獲得に動くとの報道もあった。しかし、11月29日にヤクルトは来季の契約に合意したことを発表。残留が決まったバレンティンは、球団を通じてコメントした。

「来シーズンもこのチームでチームメイトと改めてプレーできることを、たいへんうれしく思っています」

 これは本音だと思う。これまでも、いかにスワローズという球団を愛し、また感謝しているか、どれだけチームメイトやファンに愛着を感じているかを、折に触れて口にしていたからだ。冗談交じりに「あのチームではプレーしたくない」だの、「このチームならプレーしてみたい」だの好き勝手な話をしていたこともあったが、来日8年目のシーズンもヤクルトのユニフォームでプレーするというのは、彼にとってベストな選択のはずだ。

新記録達成祝いのスパークリングワイン

 そのバレンティンには、大切にしているモノがある。あれは2013年のこと。ケガで出遅れながらも、シーズン途中から驚異的なペースで本塁打を量産し始めた頃に、日本記録(当時55本塁打)を更新できるかどうかという話題になり、思わずこんな軽口をたたいてしまった。

「もし新記録を達成したら、何かプレゼントするよ」

 すると、バレンティンはニヤリと笑って応じた。

「本当か? 約束だぞ」

 正直なところ、その時点では記録を塗り替えるとは思ってもいなかった。なにしろ半世紀近くも破られることなく、「聖域」とさえ言われていた大記録である。いかにハイペースでアーチを量産しても、これを抜くというのはちょっと考えられなかったのだ。

 だが、8月に月間プロ野球新の18本塁打を放ち、球団史上でもそれまで誰も届かなかった50本の大台に乗せたバレンティンは、9月11日の広島東洋カープ戦(神宮)でシーズン55号のタイ記録を達成。その後は足踏みもあったが、15日の阪神タイガース戦(神宮)で56号、57号を連発し、ついに記録を塗り替えてしまったのだ。

 こうなると、口約束とはいえ反故にするわけにはいかない。何が良いか頭を悩ませた末、派手好きなバレンティンが喜びそうな金箔入りのスパークリングワインを、記念の文字が刻まれたボトルでプレゼントした。

 一口にスパークリングワインといってもピンからキリまであるだろうが、そこは筆者の財布で賄える程度の品であり、それほど高価なモノではない。それでもクラブハウスに持参すると、たいそう喜んでくれた。ビックリしたのはその年のオフ、バレンティンの故郷であるキュラソー島で行われた祝賀パレードを取材に行った時のことだ。

 現地で配布されていた、バレンティンが表紙の冊子をパラパラとめくっていると、そこに件のスパークリングワインの写真が掲載されているではないか。本人に聞いてみると、「あれはお気に入りの品だからな」と笑う。どうやらバレンティン自身の希望で載せられたらしい。

 翌2014年シーズン、改めてその話になった。その後、どうなったのか尋ねると「まだ開けていない」という。「あれは一生飲むつもりはない。オレのお気に入りだからな」。

 もちろん米国フロリダ州にある彼の自宅には、もっと高価な酒が山のようにあるだろう。単に飲むに値しないというだけのことかもしれないが、贈った側としてはそう言ってくれる気持ちがうれしかった。

さらなる新記録達成の暁には…

 来季のバレンティンは今季よりも25万ドル減となる推定年俸300万ドル(約3億4000万円)に出来高払いがつく単年契約でプレーする。今年のシーズン中には「来年の契約はもう妥協しない」と鼻息を荒くしていたこともあったが、球団関係者によればこの年俸はお互いが歩み寄った結果だという。

 来シーズンから再び指揮を執る小川淳司監督の就任会見で、衣笠剛球団社長兼オーナー代行が「優勝というよりもチーム力の強化、底上げ」と語ったように、今年は球団ワーストの96敗を喫したヤクルトは、まずはチームの再建が急務。今後は若手を積極的に起用するのであれば、個人的にはバレンティンは必要ないのではと思ったこともあった。

 ただし、小川新監督は「チームを立て直さないといけないという思いは非常に強い」と話すと同時に、「やるからには『勝つ』っていうところも大きな目標になる」とも公言している。そのためにはバレンティンは戦力として欠かせない──そういう判断に至ったということだろう。

 2011年の来日時は26歳だったバレンティンも、そろそろ30代半ばに差しかかる。今年は、新記録を樹立した2013年を除いてなかなか越えられなかった「31本」の壁を越え、セ・リーグ2位の32本塁打をマークしたものの、打率.254は規定打席到達年では自己ワースト2位の数字だった。これからはどれだけ真摯に野球に向き合っていけるかが、彼の現役生活を左右していくことになるだろう。

 自身の持つプロ野球記録、シーズン60本塁打のさらなる更新については、しばしば「自分の記録を塗り替えてもしょうがない。誰かに破られたら、その時はまた新記録を狙うよ」と話しているバレンティン。もしも再び新記録を達成する日が訪れた時に、いまだ手つかずだというあのスパークリングワインを開けてくれたなら、これ以上にうれしいことはない。その暁には、もうちょっとだけ高価な酒を喜んで進呈することにしよう。

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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